深夜のサニー号にて、私は厨房の主の目をかいくぐり聖域へとたどり着いた。普段サンジさんが船員たちに向けての食事をふるまうために立っている場所に私はいる。食事は長旅において文字通りの生命線となるため勝手に食料を拝借して何かするということはしてはいけない。そもそも鍵付き冷蔵庫があるため盗もうとしても盗むということはできないのであるが。
ともかく私はキッチンのドアに手をかける。先ほどまでサンジさんが仕込みをしていた仕事場には、人の気配が感じられない。私はランタンを手にしたまま音をたてないようにドアをそっと開けた。
「ここが、彼の仕事場の一つ」
ドアの向こう側には綺麗に掃除されたキッチンがあった。ほのかな光でもよくわかる。汚れ一つない白いお皿に綺麗なグラス、そしてよく手入れされている調理器具。こうしてじっくりキッチンを見るのは初めてだ。
「すごい……」
思わず感嘆の声を漏らす。まるで、本当にサンジさんがこの場所を大切にしていることが感じられた。綺麗に清潔で、それでいていつでも調理可能できるといわんばかりに器具の類が整理整頓されている。先ほどまで仕込み作業をしていたということが信じられないくらいだ。キッチンのどこにも触れないようにぐるりと回る。先ほどまでの調理作業が嘘のようだ。まるでこの場所自体が静まり返っているようだ。
「このキッチンさん、とても幸せそうだなぁ」
「だろう? スィーナヤちゃん」
「!?」
背後から聞きなれた声がした。慌てて振り返るとそこにはドアにもたれかかってこっちを見ているサンジさんがいた。私を責めるような目はしておらず、相も変わらず優しい視線を私に向けていた。それが逆にどこか居心地が悪くて、すぐにその場から消えてしまいたい。顔があつくなる、どう、いえばいいのか、わからない。考えるひますら、ないようだ。
「あ、す、すみません勝手に入ってしまって! すぐに出ますので! 大丈夫です食料泥棒なんてことはしてませんから!」
「あー……別に責めてるわけじゃないんだ。というかうん、泥棒してないのはわかるさ大丈夫だ」
とりあえず泥棒はしてないとランタン持って手を万歳するかのように上げてみる。コックさんはうんうん頷きながら柔らかい声色で宥めるように彼自身の両手をどうどうとするような感じで上下させていた。
「それで……どうしてここにやってきたんだい? もしかしてお腹が空いたのかい?」
「いえ……」
「そっかぁ、じゃあ……眠れなくなったとか?」
「……はい、眠れないのでこう、折角だからこうサンジさんのもう一つの仕事場といいますか……見てみたくなりまして……」
「そうかそうか、嬉しいねぇ……スィーナヤちゃんもしかしてこういう場所とか見るの好きかい?」
「は、はい! 私、その、サンジさんが……いや、サンジさんもですがサンジさんの作る料理が、その……好きで……その過程とか気になりまして……」
好き、私がそういった途端彼の目が変わった。鼻の下はだらしなく伸び、目は文字通りのハートになる。真剣に質問していた低い声とはうってかわり―――完全に浮かれ切ったような声に切り替わった。
「スィーナヤちゅわーーん! 嬉しいよ……! このおれのことも食事も好きと言ってくれてさぁ……!」
彼の眉毛のようにぐるぐるとその場を回り、この世すべてに色がついたようにはしゃぎだす。この船ではいつもの光景であるのかもしれないが、どうあがいてもいつもの光景には程遠い。ぐるぐる、くるくる。見ているこっちの目が回りそうだ。
「あ……、そ、その……」
そして、ぴたりと足を止めサンジさんは適当な場所に私を座らせる。
「スィーナヤちゃん、折角だから少しだけ待ってくれるかい?」
「いいですけど、なぜですか?」
「ちょっとした飲み物を作るから」
「え、あの、いいんですか?」
「いいさ、いいんだ、レディのためだ」
じゃあ、待っててくれと言って彼はネクタイを締めて携帯灰皿にたばこをしまう。そして手際よく彼は冷蔵庫のカギを開けて材料を取り出してコトコトと鍋で煮詰めていった。
すらりとした背丈と足。それを覆う黒い服。袖から見える筋の通った手。材料の様子を真剣に見つめる青い目。ずっと隠れてみていた彼の調理光景が今、目の前にある。
「……」
どれだけ簡単な方法であろうとも、どれだけ複雑な技巧を使おうとも彼は目の前に「食べ物」があるのなら等しく真剣に調理する。まるでそれは獅子が獲物を目の前にしたとき――兎でも象でも全力で捕える――のようだった。
「ほら、出来ましたよレディ。特性の蜂蜜ホットミルクです」
そうこう考えているうちに彼の料理は完成した。目の前にはサンジさんが恭しく私に可愛らしいマグに注がれた蜂蜜ホットミルクを差し出している。
「ありがとう、ございます。ではいただきます」
火傷しないように気を付けながらマグカップを取り、中の飲み物を少しだけ冷ましてから一口飲んだ。ほのかな甘さとまろやかな牛乳が私の体の芯に注がれたような気がした。舌を火傷しちゃ元も子もないので少しずつ、ちまちまと口に含み喉に通す。
「美味しい……ありがとうございます」
「お褒めにあずかり光栄です。ところで……スィーナヤちゃんは料理とかするのかい? ほら過程が気になるとか言ってたしさぁ」
「ああ、それはですね……お菓子作りといいますか、それを日頃の糧にしていた時があったのでその名残です」
その後、私は夜通し前にいた島……というか場所の話をした。日々の糧にすべくお菓子作り等をしていたという話だが彼はその話に食いついて、「今度おれにそのお菓子を作ってくれ、スィーナヤちゃんが作ってたそのレシピ知りたいから」といつになく真剣な顔で頼まれたのでまたいつかの日にお菓子作りするという約束をしたのはまた別の話。
「ところで、スィーナヤちゃんはお菓子作りする上で必ずすることってあるのかい?」
「お菓子に色を付けることですね。あと白い服を着ないことです。色々と白は目立つので……汚れが」
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