きっとその日は、たとえどんなことがあろうとも忘れることはないだろう。そのきらめきが私の胸から途絶えようとも、あの澄んだ空気の中出会ったあの瞬間のことを。
◆◆◆
石を抱えて私は召喚サークルへと歩んでいく。使用許可が下りた石は三つのみ。何でももうすぐ北欧異聞帯へと到達するだろうから今のうちに縁を結んでおけとダ・ヴィンチちゃんが云ってたっけ。マスターであるオレンジの髪の毛の少女の予備として私はこのボーダーの中にいるけれど、あくまで私は少女が道半ばにして果てた時すぐ異聞帯攻略に取り掛かれるように毎秒準備完了していなければならない。これは人理修復に取り掛かった頃から続いており、そしていざという時サーヴァントと連携をとることが出来るように私もまたオレンジ髪の少女と同じようにサーヴァントとの交流をとっている。とはいえきちんと契約しているのは今のところ光り輝く兜の守護者だけである上に基本私はマスターではないので一カルデア職員としてであるが。その守護者は今では私のよき相談相手である、ということはあらかじめ言っておく。
ともかく、私は僅かな石を持って小規模な召喚サークルへと到達する。マシュに話は通っていたようですぐに準備はすんだ。
「しかし、これで貴方が召喚するのは二度目ですね。四条さん」
「キリエライトさん、まあそうなるのですかね。今のうちにもう一人召喚して置いた方がいいと上は言いますがこう、なんというのか私に務まるのか少し不安です。そもそも召喚成功するのかすら怪しいですし」
「大丈夫です。四条さん一度成功したじゃないですか」
「あれは……いやなんでもない」
虹色に輝く石を抱きしめて祈る。私はぼんやりと青白く光るサークルを見つめていた。あの中に石を投げ入れれば新たな縁ができるとかいうらしい。そういったことを考えながら私はぽん、と意志を投げ入れた。
「―――あれは!」
マシュが感嘆の声をあげる。見ると普段は青白い光の玉が虹色に輝いて、回転しだした。ぎゅんぎゅん、ぐるんぐるんと縁を紡がんといわんばかりに回っている。光は最大、そして羽も散らして、音も響いて回る。
―――途端、その光は私の脳裏を支配した。フラッシュを焚いたかのようにひゅん、と光は私の視界を奪った。
「っ!」
眼鏡と裸眼の隙間から思わず手を差し込む。メガネのレンズを穢さないように。
「四条さん!」
マシュの声がする。その声で私は今少々まずい状態にあるということを認識した。
「―――」
光が私の目を射した感覚が強く残る。虹色、縁が結ばれたのかもしれないという証にして契約の話。ほんの少しだけ期待をして瞼をゆっくり開けてみる。
「大丈夫、大丈夫ですよキリエライトさん」
マシュを安心させるべく自分の状態を簡潔に述べた後、サークルがあったであろう場所に眼を向けた。
「―――誰?」
しんとした空気、ほんの少しばかり期待をして一気に瞼を開いた―――が、そこにはサーヴァントどころか人影すらなかった。
「おかしい、ですね……?」
「キリエライトさん、こういうことって前にありましたか?」
「いえ、なかったはずですが……」
きっと魔術的な何か―――技術とかパスとか―――がおかしくなって、石三つがどこかに吸い取られてしまったのだろう。そう私はその場で解釈して一種の思考回路を遮断させた。
「多分、何かこうあったんだろうけど……大丈夫。私の方でどうにかしてみるよ」
「……わかりました」
とりあえず大急ぎで私はマシュと別れる。そして手持ちの端末で資料を漁って検索してみるも何もわからなかった。マスターに話を聞いてみようとしたが大事な大事な異聞帯切除の前だ。そして魔術に関しては素人であるのなら猶更聞かない方がいいと判断して結局わからないまま放置することにしたのだった。
◆◆◆
その晩、夢を見た。届きそうで届かない星に手を伸ばす夢。その星は虹色にきらめいていて、それでいてただ綺麗でずっと眺めていたいほどだった。それを見るたびにどこか胸の奥が熱くなって、無気力な体が自然と動いていくような感覚になる。また、再び手を伸ばす。するとどこからか低い声が聞こえてきた。
「■■■■■■」
おそらくはマスターを別の言語に言い換えた言葉。それが男の声で、心地いいくらい低い声で聞こえてくる。
「貴方は―――」
誰? と問いかけようとした時だった。虹色の星がきらめいた。
「アンシャンテ、お嬢さん。オレは―――」
真名部分にノイズが入っていて聞こえない。ただ、とりあえずフランスと縁がある男だということだけは分かった。その声は星から発せられていることに気づいたのはそのあとだった。
その光は、私の元へと歩み寄ってくる。かつかつと、どうどうとやってくる。
「まあ、なんだ。恐らくいつか必ず出会うだろうからちと早めに挨拶を……と思ったがまだ見えてない、らしいな。あんたには」
そう男が言い終わった後、しゅうと光が弱くなる。それよりも早めのあいさつ、必ず出会う男という言葉が気になって私は思わず眼を見開いた。
「……どういう、こと? まったくわからない。そもそもなんで勝手に、私の夢の中に、知らない人がいるの―――?」
ぽつりと呟くように吐いた言葉。それを拾ったのか男はその体をこちらに向けて、近づけていく。光は弱くなり男の容姿も判明していく。まるで男の体は、見た目は本で見かけたような―――軍人だった。
「それはだな、■■■■■■」
男は私と相対するように立つ。思わず私はしゃがみ込み、ただ彼を見上げていた。
「あんたはオレと、縁が結ばれたんだ。あの召喚は、その前払いのようなものだな」
光は消え、男の容姿が明確になった。燃えるような赤く短い髪、特徴的なもみあげと顎鬚、晴れた空のような青い瞳、屈強な体を包んでいる綺麗な軍服、そして右手には身の丈を超えるほどのきらびやかな砲身。ああ、と思わず私は嘆息した。そしてほんの少しだけ時間が止まったようにも感じた。
「前払い……?」
「まあ、なんだ。だからその、昼間調べていたことは心配するなってことだ!」
ハハハと大声で笑う様にあっけをとられるも、すぐ彼がしゃがんできて手を差し出したことにちょっと我に返る。私は彼の手をとって、ゆっくりと立ち上がった。
「ああ、つまり―――昼間の召喚で先に縁は結ばれたけどまだその時じゃないということ?」
「まあそういうことだ」
そう私を安心させるように彼は言う。その時、ふと彼と目があった。私の暗い瞳と彼の青い瞳がかち合う。吸い込まれそうなくらい綺麗で、逞しくて、脳裏で電気が弾けて―――溶けそうなくらい声が心地いい。
「……貴方、貴方は、いったい」
思わず、私は疑問を口にした。ひゅうと男は口笛を吹いたのちにんまりと口角をあげた。
「アンタをいずれ救い、婚約者となる男だ」
正気だろうか。私は思わず手を払いのけてしまう。
「婚約者……? 何を言ってるのですか?」
「いずれ、わかるかもしれんが今のうちに言っておきたくてな……ただ一つだけ言わせてくれ。多分オレはずっとアンタのことを知っていた。そして一目ぼれした。それだけだ」
彼の言葉はまるで難しい小説を読んでいるようだった。救い、婚約者、ずっと見ていた。全てがすべて、繋がることはないが嘘は多分言っていない。それは人の心に少し疎い私でもわかることで、この状況でなければ多分彼に縋りついていたのかもしれない。
「……どうして、どうして私なんかを」
祈るようにして私は言う。その続きを言おうとしたけれど何故かふわりと足の感覚がなくなってしまった。
「おっと、そろそろアンタは目覚めの時間か」
優しい声で、現実を告げる。嘘でしょう、私はまだ、まだ貴方のことを知らないのに。真名も、クラスも、何も知らないのに。
「ねえ……ねえ! どうか、せめて貴方の―――」
「それは、出会った時のお楽しみにしようぜ? マドモアゼル」
不敵な笑みを浮かべて男はいう。そして彼に瞼を閉じられて、再び闇へと落ちていく。
「でも、これだけは言わせてくれ。その夜のような瞳とふっくらとした唇。ああ、オレは――」
クリームのような優しい言葉。意識を手放す直前に聞いた言葉はあまりにも時期尚早であって、何故このタイミングなのか分からない。
「いや、今はいいか。必ずオレはアンタのことを迎えにいく。それまでどうか、生きてくれ」
そして彼は、私に呪いをかけて現実への目覚めへと送り出した。
◆◆◆
シャドウ・ボーダーが北欧異聞帯に到達したのはその目覚めの後だった。そこで夢に出てきた彼と出会った。でも決して思いは届くはずもなく、彼は或る女への思いを寄せていた。初めて醜い感情を覚えた。シャドウ・ボーダーに彼が入るということもあったけどまともな会話はあまり出来るはずもなく、ただ或る女へを思い、最終的に燃え尽きた。彼の思いが全てを解決するための要素であったことは理解すれども、心は拒否していた。そして、その嫉妬という感情を抱えたまま私は死んだように業務に向き合った。
◆◆◆
「どうして」
北欧異聞帯攻略後、我々はノウム・カルデアにたどり着いた。元のカルデアというわけではないがベースキャンプが出来るのはいいことだ。私は一睡して眼が覚めた後、嘆息しつつ新しい拠点を探索する。新しい場所に道しるべはなくあてもなくふらりふらりと幽霊のように漂って適当な部屋へと入った。部屋の片隅にうずくまっていると、突然びりりと右手の甲が痛んだので見てみると赤い令呪が少しだけ、光った。
「そういえば」
なぜか、あの日見た夢のことを思い出した。先払いの契約。あの時弾けた火花は北欧の記憶を通じてずっと燃え続けるような焔になってしまった。あの光を追い続けていたい、抱かれていたい、縋っていたい。しかしいくら待とうともそれが現れることはなかった。ずっと、私はあの焔に焦がれ続けている。
「どうして、私じゃないの」
あの背中が恋しい、あの腕が言葉が声が全てすべて心地よくて閉じ込めてしまおうかとすら考えたが、すぐに自分自身醜い顔と心になってると気づいて考えるのはやめた。
「ああ」
ふと、地面を見てみる。余程私は疲れていたのかこの部屋は唯の部屋ではなかったらしい。あの時見た青白い光が線とか珠とかになって一つの空間を構築していた。
「ここ、召喚部屋だったんだ」
ゆっくりと漂っている青白い光。私はそれを水族館の水槽で漂ってるクラゲを眺めるようにして見ていた。
「ここでいきなり、あの時の男が……そんなわけないか」
ぽつり、と私はふと何気なく言葉を漏らす。
「こんなに罪深い私を、助けてくれる人なんているわけないよなぁ」
その言葉に応じるかのように、光は変わった。
その青白い光は、あの時見た虹の光へと変わる。ぎゅいんぎゅいんと運命の輪は回り光は膨張し、ぱぁんと羽と共に弾けた。その眩しさに目がくらみ、思わず目を閉じた。
「―――」
しんと朝特有の澄んだ空気が支配する。ゆっくりと私は目を開けた。北欧前夜の召喚事変が頭によぎり何も誰もいなければと僅かに願った。
「―――は」
ほんの少しだけ息を吐く。まずは地面に眼を向けた。そこには、召喚陣から一歩踏み出したであろう足が移っていた。黒く磨き上げられたブーツが包んでいたのは逞しい足。そのブーツにはひどく見覚えがあって、私が一目ぼれしてしまった男のブーツそっくりだった。
もしや、と思い私はあわてて顔をあげる。
そこにいたのは、男だった。あの時夢の中で出会った焔のような男で、北欧にて焦がれてしまった男がいた。
「問おう! アンタがオレの―――メートルか?」
あの夢と同じように私は彼を見上げている。メートルか否かを問うた男の顔は自信に満ち溢れていて、背後に太陽が照らして逆光になっていてもおかしくないくらいだった。
「メートル……私が、メートル?」
「そうだ……っても、多分夢の中で出会ったよな?」
会えてよかった、といわんばかりに彼は私と目線を合わせるように跪く。少しだけ私の顔を見た後、ああ、ああ! と一人でうんうん唸って私の右手を握りしめた。
「やっぱりだ。やっとやっと出会えたな、マドモアゼル」
そう言って彼は私の令呪に口づけを落とす。その光景すら信じられなくて思わず拒絶したくなったがその口づけが優しくて払いのけることをためらってしまった。
「出会った……?」
「ああ、この日をずっと待っていたぜ」
ストレートに愛を言う貴方、その言葉と行動に嘘偽りはないことを知っていたが、それでも一度抱いてしまった泥はそう簡単に離れてくれない。それでも、こんな醜い私でいいのなら―――貴方が救ってくれるのなら、私は多分貴方に縋りついてしまうのでしょう。
「改めて、よろしく頼むぜ? メートル」
瞬間、私の右手と彼の心臓が結びついたような感じがした。正式な契約がなされたのだろう。私はこれから、この偉丈夫と一緒に歩んでいく。
「よろしくお願いします、貴方」
「ああ、貴方とかはよしてくれ。少し隔たりを感じちまう……いや、ここは違うな、改めて挨拶をした方がいいな」
手は離れ、男は改めて召喚陣の中に立つ。すうと息をのむ音がした。そして男は堂々と、まるで騎士が戦いに挑む前のようにして自分の名乗りをあげた。
「オレはアーチャー、ナポレオン。可能性の男、虹を放つ男。勝利をもたらすためにやってきた人理の英雄だ!」
右手には大砲、左手を突き出して男は大声で名乗った。まるでそれは―――赫奕とした焔のようで、物語にてお姫様を救うためにやってきた騎士様のようだった。いや、そのお姫様が実は最終局面で黒化して立ちはだかろうとしてもそこから救い出す位の力はあるのだろう、とぼんやり思ってしまった。
「では……よろしくお願いします。ナポレオンさん」
「ウィ、メートル」
きっとその日は、たとえどんなことがあろうとも忘れることはないだろう。そのきらめきが私の胸から途絶えようとも、あの澄んだ空気の中出会ったあの瞬間のことを。
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