彼女はよく働き、思考する女だった。ダ・ヴィンチの要請があればすぐ飛んでいき機材トラブルを直し、英霊間でのトラブルがあれば必死に説得してなんとか矛を収めさせる。カルデアのメートルの手が届かない範囲をカバーするように動いている所謂潤滑油のような女だった。少なくともこの場では必要とされていた。そして彼女は少なくとも誰かのために動くことが出来る女でもあった。
だがそれはあくまで表向きの話だろう。彼女の内面は、例えるなら相対する二つのものがかき混ぜられているように思えた。
救いを求める声と救われてはならないという二律背反で構成されていて、なおかつ光は必要ないといわんばかりの表情と声。それはまるですぐに壊れてもおかしくないくらい歪んでいた。それでいて、何か遠く、過去を思うような顔。食事を一緒にすることがあろうとも笑顔をオレに見せることは非常に少なくて、昔からメートルを知ってる輝く兜のヘクトールに聞いてみたが「まあ、オジサンは何にも知らないなぁ」というばかり。それならばとオレは直接彼女に歩み寄って、プロポーズの了承を取り付けたうえで彼女を救うことにした。
◆◆◆
「やあ、メートル」
「……ナポレオンさん」
夜、オレは偶然誰もいないキッチンにて自分のメートルと出くわした。彼女の手にはお気に入りのものであろうシリコン製のカップ。机の上にはティーバックの紅茶がいくつか広げられている。
「眠れないのかい?」
「……まあ、そんな感じです」
彼女は慣れた手つきでティーバッグをカップに入れてお湯を注いだ。少ししたらいい香りがキッチンに広がっていく。
「基本的に安らかに眠れる、なんてことはあまり出来ないんですよね」
だからこうして夜を過ごしているわけです、と彼女はそれがあたりまえであるかのようにいう。その有様がどこか哀れで見過ごせない。
「……眠い時は眠れ、と言いたいところだが……眠れたくても眠れないのか、その言い分だと」
「はい。それで夜更かしして体壊したことが何回かあるんです」
「……それはとても、災難だな」
「ええ、とても災難です」
へへ、と彼女は顔を綻ばせる。それが初めてオレが見た彼女の笑顔だった。まるで暗い部分を必死に隠したばかりのような笑顔。何かを隠すための仮面のようだった。
「まあ、もしよければオレが寝るまでオマエさんのベッドのわきにいるが……どうする?」
そういってオレはそっと彼女の傍らに立つ。彼女はちらりと見た後で、ふむと考え込むそぶりを見せた。
「添い寝、ですか」
「あーいや、流石に一緒に寝るというやつではないぞ? アンタが眠れるようにベッドサイドで手伝うだけだ。嫌なら断ってもいいんだぜ」
あ、と彼女は言葉を漏らす。ずずと紅茶を半分くらい飲んだ後彼女は再びオレの方を見た。
「……本当に、いいんですか?」
信じられないと言いたげな顔。笑顔はないが、その声色からはわなわなと震えるような感じがした。
「ああ、メートルがそれでいいのなら」
「では……その」
メートルは一気に紅茶を飲み干して、うんと首を縦に振った。そして右手を恐る恐るオレの方へ突き出す。相変わらず赤い令呪が目に飛び込んだ。だがその文様は他のメートルとは違っていて、まるで首吊りを思わせるような文様だった。
「……寝るまで一緒に、いてください」
「ウィ、マドモアゼル」
そしてオレは彼女の手をとって部屋へと向かった。彼女の部屋にはたくさん本があって、まるで小規模な本の城のようだった。
「結構本を読むんだな」
「本、一番落ち着くんです」
彼女はそう言いながら丸みのある体を布の海に投じた。掛け布団を首まであげてオレの方へと目線を向ける。
「……なんか、自分でいうのもなんですが恥ずかしいですね、これ」
「恥ずかしい? まあそうかもしれんがそう望んだのはオマエさん自身だ」
つつ、と彼女の頬を撫でてやる。彼女は黙ったままオレの手に頬ずりをした。
「……暖かいですね、貴方の体」
はあ、と息をついて名残惜しそうにオレの手から離れた。
「蒼を温めるために、体が暖かいんだろうなあ」
「……本当に?」
「本当だ」
そして彼女はそれに満足したのか気になって、ぷつんと糸が切れたかのように彼女は眠りにおちた。今、或るのは暗い部屋と空間のみ。
「道は、ちと長いな」
オレはそのまま彼女の眠りを見守ることにした。そっと頬を撫でて、口づけを落とす。影の中で眠る彼女を見ながらこれからどうやって理解していくかを考え始めた。
「大丈夫、きちんと救うからな。その憂いから、傷から、呪いから」
さて、彼女が目覚めたら次は何を話そうか。オレは部屋の中にある小説を手に取って読みながら考え始めた。どういったものを好むのか、単純にオレが知りたいだけであったが小説自体はかなり楽しめるものばかりだった。
「ああ、これは……」
ぱらぱらと時間が過ぎていき、本はどんどんページを進んでいく。
「下手すりゃオレが、この本にはまっちまうなこれ……」
本の間から彼女の様子をうかがってみる。何も知らないかのように彼女はぐっすりと、眠っていた。
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