「がらんどうって埋められるものかって?」
「ああ。なんとなくだが……蒼と接するたびにこう、彼女の胸から色々と抜け落ちているように見えている気がしてだな……」
深夜、ストームボーダーにてナポレオンはイチゴ味のアイスを食べていた両儀式に出会った。男は静かに彼女の前に座り、意を決したかのように話を持ち掛けたところぶっきらぼうに式は口を開いた。溶けそうで溶けないアイスをほおばりながらも合間合間に彼の相談事に耳を傾けては返事をする。伽藍洞の部屋の中に二人の声が静かに響き渡っていた。
「埋めようとすれば埋められるものかもしれないが――きっと構造的に伽藍洞になってしまうのもあるかもしれない。そいつはおそらく、不具合でそうなったのかもしくは元々そういうつくりなのだろう」
「なら――穴を塞ぐことができれば蒼はきっと、きちんと心を埋めることができるかもしれないってことか」
「そいつは塞ぐもの次第だな。まあ不可能がないというお前ならできるだろうね」
要件はそれだけか、と式は立ち上がり空っぽのアイスの容器を携えてゴミ箱へと向かって歩き出す。
しかし――ナポレオンは声を上げて彼女を呼び止めた。
「なぁ、元々伽藍洞の作りになっている人間っていると思うか? 両儀式」
「さぁどうだか。ああそういえば――この前王妃様がなんか言ってたぜ。がらんどうな伯爵を知っている、と」
もしかしたらきっと彼がそうだろうな、と彼女はアイスの抜け殻をゴミ箱に投下する。乾いた音が箱の中で反響し、からからと音を立てて底へと沈んだ。
「がらんどうな伯爵、か……」
「その様子だとお前も心当たりがあるようだな。皇帝」
「今は皇帝じゃない。ただの男として――って、まぁ心当たりがあるのは事実さ。なんとなく……そんな感じの男なら若い時に出会ったような記憶が、ある」
「そうか、で――そいつの印象は」
「――同じだ。本当に虚ろで、伽藍の洞のような男だったさ」
ナポレオンは立ち上がり、静かに眠る世界を壊さぬように食堂を後にする。それを見届けた両儀式は夜と朝の境目を待つようにふらふらとボーダー内の徘徊を始めた。
◆
空が白むころ、私は三つの石を携えて召喚室へと歩んでいく。本来のマスターから託されたものを大事に大事に抱えながら重い扉を開けて、電源スイッチを入れた。力強く光る青白い光は眠気を奪い、半開きの眼は徐々に開いていった。
本来のマスターから伝え聞いた記憶。現代の東京と思しき場所にてあるサーヴァントと出会ったらしい。稀代の詐欺師、裏切りを重ねた異星の使徒。あろうことか本来のマスターの中に巣食っていたらしく、疑いを重ねながらも心のどこかで彼を信じていた隙を突かれて一時は生命の危機に陥ったもなんとか今は殻となっている復讐者(アヴェンジャー)たちと力を合わせてなんとかどうにかした、とのことだ。
夢から醒めた後で、かつ精神的にも疲労しているようだったので詳しい話は改めて後で聞く……として、私はその詐欺師がなぜか気になってしまった。がらんのどうで、信じられそうで信じてはいけない初老の男とマスターは言う。慕情というものは沸いておらず、自己防衛からくる興味なのだろう。
召喚室の電源がいきわたる。サークル内に輝く石たちを全部、投げ入れた。
金色の光が球体となって、回りだす。
誰が来るかは不明瞭。収束してはじけた光の後に浮かぶは悪魔のような仮面をつけたクラスカード。
――もしや、とはやる気持ちを抑えて目を見開く。光は次第に弱まっていき――ただ、なんとなく目をつむった。
「あ――」
人の気配がする。別のぬくもりがあるような、そんな感じが近くにある。ゆっくりと瞼を上げてみる。視界の端には、輝く銀糸がちらついていた。
「あ、あなたは――!」
糸を視線でたどる。その根元にあったのは――黒いボディスーツにフォーマルなベストを身にまとった大男が、ひざまずいている姿だった。男は徐に目を開く。大きな翠と紅の瞳がこちらを向いた。
「サーヴァント、プリテンダー、――アレッサンドロ・ディ・カリオストロと申します」
私の寄る辺ない手を取られ、カリオストロと名乗ったサーヴァントは騎士がするように私の手を――彼の口元に持っていった。
「ああ、どうか――よしなに。女王陛下」
右手に、彼の薄い唇が当てられる。
ちゅ、という音とともに彼の唇は離れていくがなぜかその感触は絡みついて離れない。ただ、文化の違いとかそういったものに私が慣れていないだけだろう。
ただ――なんとなく、先ほどに騎士のような行為が、どこかうつろでそうすればいいというものにすぎないとしたら。そうである場合は元からそうだったと自分の認識を書き換えるまでだ。そもそも騎士が忠実ということ自体思い込みに等しいものである。
「よろしく――お願いします、カリオストロ伯爵さん」
「御意にて、女王陛下」
静かな声で、男は恭しく返事をする。蛇のように低く這う声が鼓膜を震わせて、これ以上ここにいてはいけないと脳が早鐘を打つ。首飾り事件に関与して、絵から会いたい人を出現させて地獄を見せたりして、欧州各地で詐欺行為をした稀代の悪人。決して深入りしてはいけない。
奇妙な感覚を払うように右手を振りほどく。きょとんと彼の補色は私をただ風景の一つとしてとらえるように注視しているが気にしてはいけない。
「ああ、申し訳ありません女王陛下。もしかして――だめ、でしたか?」
「いえ、いいえ……そういうわけでは、ありません。問題は、ありません。こっちに問題があるだけです」
「それではその問題を――」
「自分でどうにかしますので、大丈夫です」
さあ、一通りカルデア内を案内しますからと無理やり空気を切り替える。召喚されたばかりの彼はただ意味ありげにほほ笑んで首を縦に振るだけだった。
◇
「数多の英雄が集い、世界を元に戻すために戦うとはいやはやなんとも……興味深い」
隣から彼の声が聞こえてくる。鼓膜を震わせるたびに背筋がぞくりとする。しかし今は本来のマスターの手が離せないから私が彼に対してこのボーダー内を案内しなければならない。いつも通り、普段通り、何も悟られないようにして設備や立ち入り禁止区域などを彼に教える。
「まあ、はい。もしかしたら貴方の知り合いもいるかもしれませんよ」
「それなれば後程彼ら彼女らにご挨拶に伺わねば。ところで一つ質問ですが……貴女に思い人は」
「……」
す、と黒革の手袋が私の手に触れてこようとしてきたのですんでのところでかわす。
どこか柔いところを突かれたような感じがして、一気に触れられようとした手をジャケットの中に突っ込んだ。
「世の中には、言葉一つで大惨事になる事例があるようですよ。伯爵さん」
「これはこれは申し訳ございません、女王陛下。なにせ、左手に跡があったのでもしやと思いまして……」
「噛み癖由来です。お気になさらず」
ああ、なんて――うざったい。初対面でそんなことを聞いてくるなんて。
それならば猶更、開示するわけにはいかない。私の好きな人のことなんて。
ただそれらを表に出してはいけないので冷静に、押さえつけて案内を続ける。穏やかに彼は私に色々話しかけてくるが話の内容自体、あまり頭に入ってこなかった。
そして私たちは或る意味重要な部屋の前へとたどり着く。重厚なドアの前に立ち止まり、彼に向き直る。
「一応、ここが記録室ですね。記録には記録専門の職員さんがいらっしゃいますがその人を通してどの記録が見たいか申請して許可がおりたら閲覧ができるようにはなります」
「なるほど、確かに記録は大事ですからね……。秘密の情報が詰まっています故」
「ですから勝手にみることはできません」
「大丈夫ですとも、決して、勝手に、みませんとも」
「本当にですか?」
「ええ、本当に」
――絶対に、嘘だこれは。目がそういっている。目で言わずとも彼の名がそういっている。
だが……優しく肩に触れる手が、声がこれは真であると告げている、そんなはずはない。
「ですが――私はこの通り新しくこちらにやってきた身。故に、色々と知らなければなりません。きっとしばらくここにはお世話になることでしょう」
「ルールは、守ってくださいね?」
「ええ、必ず」
記録室を去ろうとした途端、遠くから本来のマスターの声が聞こえてくる。私の名前を呼んでいる。何かトラブルでもあったのだろうか?
「あ、申し訳ありませんがいったん離れます! その、終わったらすぐ戻りますので!」
ダッシュで彼から離れ、マスターの元へとむかう。何事もないようにと祈りながら私はマスターの元へと走っていった。
◆
「――なるほど、なるほど。これは実に興味深い」
彼自ら記録の閲覧許可を取り付けた後、彼女に教えられたばかりの知識を早速行使して伯爵は電子パッドを何事もなく操作しありとあらゆる記録を目に焼き付ける。人理修復から亜種特異点。そして――異聞帯へ。ただ眉すら微動だにせず彼は淡々と画面上でページを繰るがある地点に到達した途端彼の眼は細められた。
「ふむ……北欧異聞帯、ですか」
淡々と、流れるように液晶を操作し続ける。しかし――彼はくつくつと喉を鳴らした後で頭を抱える。そして板を傍らに置いた途端、頭を抱えだした。
「まったく……彼女に一度話を聞かねば……!」
報告書から意図的に省かれている現地同行員の記録。確かにそこにいたはずの人間視点の記述は非常に少ないことに彼は気づいた。そして――その同行員こそ、彼を呼んだ彼女自身。ただあったことのみ報告書には書かれているが不自然すぎるほど、記録が少ない。
「感情が邪魔をしたか、それとも肥大した激情を察知して意図的に切断したか――!」
男は弧月のごとく口をゆがませる。虚空に拍手をした後で我に返り立ち上がった。
「挨拶も兼ねて、彼にも話を聞いたほうがいいでしょう……ああ、なんて――愉快なことか!」
電源を落とし、元の位置へと電子パッドを戻す。何事もなかったかのように彼は記録室を後にした。
◇
すべてが寝静まった夜。結局彼女は彼の元へと戻ってこなかった。要件が長引いてそのまま寝落ちて自室へと運ばれたからである。
カリオストロは足音を立てずに彼女の部屋へと忍び寄る。すう、と自らを霊体化させてドアの境を超えて――静かに寝息を立てる彼女の元へ。霊体化を解き、銀の髪が彼女にかからないように気を付けながらも視線を寝台の主へと向けた。
「――ああ、なんて、やすらかで――虚しい顔か」
「それはお前自身のことをいっているのか? ムッシュ・カリオストロ」
むんず、と強い力が彼の手首にかかる。血色のいい左手はくすんだ右手を掴んでいる。
カリオストロはゆっくりと手の主に顔を向けた。
青い瞳に赤褐色の短い髪。意志の強さを示すような口もと。
――赤く燃える焔を体現したかのような男が、伯爵の手を掴んでいた。
「おや、お久しぶりですね。ナポレオン・ボナパルト皇帝陛下。貴方が彼女の護衛をしていらしているとは……」
「御託はいい。そして皇帝ナポレオンは過去の人物だ、ムッシュ。用事があるっていうのならオレが彼女に伝えるが」
凄むようにナポレオンは銀髪の男に告げる。腕をつかんでいる彼の手の甲に血管が浮き出てくるもカリオストロはそれを感じさせないような顔で手の主へと視線を向けた。
「そうですか、そうですか……ですが彼女にだけ伝えてこその内容故、後程日を改めるとどうかそちらに横たわる彼女にお伝えください。このカリオストロ伯爵、聞きたいことがある……と」
「内容によるな。それは」
「そうですか……それは残念」
静かに伯爵は男の手を振り払う。解放された手は静かに彼の背中へとしまった。
「要件はそれだけか、カリオストロ伯爵」
皇帝は、目線を女に向けながらも侵入者への警戒を解かずにいる。
「ええ――それだけですよ、皇帝陛下。彼女によろしくとお伝えください」
そういってカリオストロ伯爵は静かに部屋を去る。残されたナポレオンは傍らに眠る彼女の額へ静かに口づけをおとした。
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