人の心

 陶磁器を思わせる白い肌にごつごつとした男の指が食い込んでくる。声を殺そうと女は唇を噛んだが男はそうさせまいと触れるか触れないかの間でその肌をなぞった。
「今はオレたちしかいないからどれだけ啼いても構わんよ、千代」
「んっ……」
 天蓋付きの寝台にてあらゆる装飾品を全て地面に落とされ、一糸まとわぬ姿でシーツの海に浮かべられた千代という女は青い目を持った伊達男に覆い被せられて自分の体を触られている。男の華麗な軍服は同じく床に星のごとく散乱していた。指はつなぎ目のない女の体を歩んでいき、あえて敏感な突起を避けては柔い感触を楽しんでいる。
「なかない、わたしはなきませんから……」
「……大丈夫だ、オレしか聞いていないしその甘ったるいなきごえすら愛しくてたまらんのだよ、オレは」
 そういって男は女の肌に口づけを落とす。腹、太もも、胸の谷間、唇。女の目は潤み、ふるふるとした唇を噛む力は緩んでいく。
「みないで……みないでよ……」
 懇願にも似た言葉に無機質さはなく、女はその細くて白い腕で顔を覆い隠そうとするが男の腕によってそれは阻まれる。押さえつけられるようにしてベッドに広げられ、反論する唇は再びその男の口づけを持って塞がれた。
「ん……あ、うぁ…」
 ぷつり、と唇は離れていき、男の目には淡い頬を持った女の全体像が映されていく。関節、首、腕に関節の継ぎ目はなく昼間彼女が主張している「人形」ではなく彼女もまた「人間」であることを示していた。人としてではなく人形として認識するよう懇願した理由、心を切り離そうとしたきっかけ、モノのように扱ってほしいといったこと、そのすべてが男の脳裏をかすめていく。
「たすけて、こわれそう、わたしが、こころもっているなんてしりたくない、とりもどしたくないの。きずつきたくないの」
 まるで壊れたように夜を思わせる女の目から涙が溢れ出す。男はそれをすくい取るようにして舐め取った。
「おねがい、おねがいだから。こたえて。わたしはこわれてるの? あーちゃー、あなたにこいしたときからわたしはこわれちゃったの?」
 殻が剥がれ落ち、むき出しになった言葉が女の口からこぼれ落ちる。男はただ、なだめるようにしていった。
「壊れていないさ、メートル。ものに命が宿るなんてよくあることだろう? それに辛いことをいうが千代はれっきとした人間だ。脈もあるし、なにより血が流れている」
「わかってる。だから聖杯が……あれば人形に……」
「そうだ、千代はそう願った。そう、オマエさんは願った。だがオレは聞いちまったんだ」
 そっと覆いかぶさる姿勢から彼女の傍らに寝転がり、彼女をそっと抱き寄せる。泣き顔を隠すようにして彼女を自身の胸元へと埋めさせた。
「誰か助けて、お願いだから助けてくださいってな」
 男が召喚されたてのころ、男は一度だけ彼女の外見を褒めたことがある。それを聞いた女はそれに怒り、彼と争い聖杯戦争開戦前にあわや互いに自滅の危機を迎えた。それにより男は決して女の外見を褒めるようなことは言わないと誓約させられたのである。絶対拘束力のないものであるが既に彼女の怒りを身を以て体感している、そして――彼女の聖杯にかける願いを聞いた時に「感情を切り離す」きっかけとなった出来事を聞かされた故に誓いはたしかに履行されている。
「でも、言えなかった。いいや、言っても無駄だと悟ったから一人で叫ぶしかなかったんだろうよ」
「……だから、何も感じなければいいと思ったんです。人形になれば何も感じなくてすむと思ったんです。どれだけ心無いことを言われようとも、感じていなければ何もないですから。いくら叫んでもひとりぼっちなら叫んでいないことになりますから。誰も聞いていなければ、聞いていないふりされたのならその叫びはなかったことになりますから」
 まさか、聞いているひとがいたなんて。そう女はこぼしたあと彼の中で啜り泣いた。
 男はむき出しになった女を抱きしめて、優しくて甘い言葉を女に捧げることにした。
「オマエさんのあるがままでいい。辛かったら助けを呼んでくれ。オレはいつでもその言葉を聞き逃さないからな、マドモアゼル」
 すべてを覆うような雪が窓の外で降っている。互いの体は冷たくならないように絡み合い、もつれあった。

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