原点残滓

「……電話だ」
 千代は規則的に響く電話の着信音を聞き、スマートフォンに映ってある電話番号の持ち主を見た。そこには何も書かれておらず、電話番号だけが表示されていた。
「……もしもし、青山です」
「やあ、千代ちゃん、元気?彼氏できてる?」
 誰からのか分からない電話に出た千代は、電話口からする声を聞くや否や、言葉を失い、へなへなと膝から崩れ落ちた。
「いや、千代に彼氏出来ていると思う?だってちょっと何か言われただけですぐ泣いたりする女だぜ?無理っしょ」
 電話口からまた別の声がした。男言葉ではあるが声色は女で、千代はそれを聞いてただ口をぱくぱくさせていた。スマートフォンを握りしめたまま、ただ言葉を聞くだけで精一杯。
「ああ、それもそうかー。まあその時はどうする? 泣かせて遊ぶ?」
「わー君本当に残酷だねー」
「もしもし、もしもーし? ……もしかして図星なのかなぁ」
「だんまり、ということだからそうなのかもしれないねぇ。まああの陰気な千代のことだから当たり前かぁ」
 ――そうだろうな。私のことを好きになる人が仮にいるなれば、それはとても物好きな人か趣味の悪い人だろう。
 彼女は絶句したまま電話口から聞こえる同い年であろう人間の声を聞く。会話のような音を聞き、彼女は自分の感情が一つずつ離れていくのを感じた。怒りは収まり、泣くという行為を忘れ、懐かしさに至ってはとうになかった。そして彼女は、彼女自身の願いの起点を思い出してしまった。
――ああ、そうだ。私はあの時
――文化祭の時、私は何故か飾り立てられて
――そして、ふと裏サイト見てしまって
――飾り立てられた私がいて
――――――――そして、私は認識したんだ。
「私は、唯のおもちゃだったんだ」
 ふと、彼女の口から言葉が漏れる。それに電話口の二人は気づかずただ思い出話を続けていた。
「でさー、本当文化祭のあれ、笑えたよね」
「今はスマホだけど昔はガラケーでさ、そのガラケーで写真撮って裏サイトにアップしたりとか」
「ああ、千代は覚えてる? あんたの写真、好評だったよ」
「……何の話?」
 おそるおそる千代は電話口の向こう側の人に何があったか聞いてみる。
「覚えてないの? うちらの仲間内じゃあさ、あんたの写真こういわれてたよ。豚に真珠だって!」
「わー、本人の前でそれ言う?」
「いや、本人が陰気だって把握してるなら自分自身がブスってことも認めてるでしょ」
 刹那、女の頭は白くなり全ての感覚が遮断された。何を言われているのか、何が目の前にあるか、何が彼女に触れているのか、何の香りがするのか、全てわからずただ自分が此処に”在る”ことしか分からなかった。

 感覚を取り戻した時、彼女はベッドの上に寝かせられていることを認識した。卓上に置かれてあるスマートフォンは、電池切れを起こしたのか何も映っていない。メガネは外されており、スマートフォンの隣に置かれていた。
「……自分の部屋、そして誰がここまで」
「それは、オレがしたことだ。メートル」
 少女の傍らに霊体化を解いた偉丈夫のアーチャーが現れ、これまでの経緯を話す。
「まず、オレが偵察から帰ってきた時だが、あんたがそのスマートフォン持って呆然としていたから、声をかけてみたのだが……反応がなくてな。ただあんたは涙を流していた」
「え、私泣いていたの」
「ああ、今でもあんたの目が腫れている」
「そっか。見苦しくてごめんなさい」
「いや、いいんだ。それよりも、だ。電話口から何も音がしてなかったしよく見たら充電が切れていたみたいだったから、少し不安になってだな、とりあえずあんたをベッドに寝かしつけた」
「……まあ、充電が切れた電話に向かって話しかけているふりをしている光景見たら不安になりますよね」
「まあ、とりあえず寝かしつけるのには成功したのだが……あれだ。あんたはどうしてそうなってたんだ?」
 青く、慈しむような目が人形に向けられる。そこからは悪意は読み取れないものの、彼女からしてみればいいしれぬ恐怖があった。
「……答えるつもりはありません。アーチャー」
「そっか。答えたくないのなら、それでいいさ」
 そういってアーチャーは優しく少女の頭を撫でる。温かく、包み込むような大きな手で小さな祝福を与える。
「じゃあ、オレは霊体化してこの家にいるから何かあったときは呼んでくれ。千代」
「分かった、アーチャー」
 そして、アーチャーは再び姿を消す。その後、少女は布団の中に沈み静かにむせび泣いた。

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