「月がきれいだな、メートル」
倉庫街からほんの少しだけ足を延ばした海岸にて、男は滑らかに口に出す。女は仮面を付けたままこくりと頷いた。
「ああ、本当につれないなぁ。それとも恥ずかしくて返事すら返せないのかい?」
「生憎、私はそんな浮かれたことのために貴方を呼んだわけではありません」
かつり、とヒールを鳴らして男の手から女はするりと踊るように躱していく。まるでそれは月光をバックライトにして踊るバレリーナのよう。しかし男はそんな踊り子を捕まえようと手を伸ばす。
「ほら、手を取ってくれマドモワゼル」
「なぜ、私に愛を向けようとしているのか疑問に苦しみます。何もまだ云ってないのに」
「いやなら素直にいやといえばいいことじゃないか。メートルは何故黙っているんだい?」
ふと、女は息をのんだ。と同時にかつ、と硬い地面とヒールがこすれる音がした。
「あ」
ぐらり、とバレリーナは姿勢を崩す。もはやこれまでと覚悟した時だった。逞しい腕が支える感触がした。
「ほら、危ないぜ? オレの――」
「それ以上、喋らないで」
きん、と冷える夜の空気に女の声が静かに響く。男は触れてはいけないものに踏み込んだことを思い起し、ただ女の体制を安定させるだけにとどめた。
―――もう私の顔について何も言わないで、殺すから。
「そうだ、もうあんな派手な殺し合いはごめんだ」
心の中で男はつぶやき、あの時の警告を口にした時の女の顔を思い出す。それはとても、とても痛々しいほどに哀れで、助けを求める呪い塗れのお姫様のようだった。
「ああ、すまんな」
そっと彼女の手をとって体制を整えさせてやる。彼女の赤い令呪は「叫び」のようで、そしてその体温は無機物を思わせるほど冷たかった。
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