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 その後、私はライブラにて事務員として働くことなった。まだ日は浅く他の方々になじめるかどうかは分からない。ただわかることといえばこの職場は今までで一番、居心地が悪いくらいにあたたかい職場であるというだけだ。今ここにいるのはレオナルドさんとザップさんのみ。事務所は昼休みだからだいたいの職員は何処かへランチに出かけている状態だ。
「そういや今宵はよぉ、番頭の紹介でここにきたっつてるがどうやって知り合ったんだ」
「あー、まあ、カフェですね。色々ありまして」
「なるほど……いやそれにしてもあの番頭が……珍しいなおい」
「珍しい……とは何がでしょうか……ウォッチさんどちらに?」
 嘘は、言っていない。これで納得するはずだと思ったがこの会話の流れだと彼が深堀しそうになったのでとりあえず私は逃げることにした。部屋の中を見渡すとそろりそろりと抜き足差し足でレオナルドさんがドアノブに手をかけたのでとりあえず声をかけてみる。そうすると特徴的な髪形をした人がびくりと体を震わせた後ぎぎぎぎという音を立てながらこちらを振り向いた。
「今宵さんすみません、ちょっと今日はバーガーを一緒に食べる友達との約束があるので先に失礼しまぁーすっ!」
「おい待ちやがれ!」
「待ちませんよザップさん! ……っと、それより今宵さんはどうしますか? 誰かを待っていたりしますか?」
「……一応スティーブンさんを待ってますがその、まあ、時間かかりそうですし……一応どっか行くときは彼に一報いれますが」
「じゃあ、僕と一緒に行きませんか? ちょっと紹介したい友達がいるんです」
「友達」
「はい、ジャック&ロケッツのチーズバーガーがとても大好きな友達なんです」

「バーレオナルド・ガーウォッチ君!」
「いやどれだけバーガー食いたいんだよ!」
「……なるほど、彼が友人でしたか」
 彼が紹介したのはネジという異界人だった。頭は菌糸類を思わせるフォルム、そしてまったりゆったりとした口調でしゃべるバーガー大好きな方だった。とりあえず私たちはゲットーヘイツ近くの公園にて集合した。三年前まで紐育にあふれていた食べ物が今となってはHL内の限られた場所――ゲットーヘイツでしか手に入らない。つやつやとろとろになったチーズの絵が、神経にある食欲を刺激している。
「紹介するよ、この人が今宵・坂本。まあ……知り合いといったところかな」
「初めまして、ネジさん。今宵・坂本と申します」
「今宵かぁ、うん、初めましてぇ~。本名は……まあ長いからネジでいいよ~ところでバーガーは」
「ええ、好きです」
「やったぁ! あ、でも僕のバーガーは食べないでね横取りとかしないでね」
「大丈夫です、しませんよ」
「しないから、今宵さんは食べ物横取りしないからなネジ。じゃあ、バーガー買ってくる!」
「待ってるよーバーガーウォッチ君!」
 名前を間違われたレオナルドはゲットーヘイツの中へと入っていく。二人きり残された私たちは暫くの間、折角だから適当な話をして時間つぶしをすることにした。最初は当たり障りのない天気の話から街で見かけたなにかの話。色々話すにつれてそういえば、ジャックアンドロケッツ食べたことなかったことを急に思い出して、口を滑らせてしまった。
「――ジャック&ロケッツ。実は初めて食べるんですよ」
 ――なんてこった。
 事実ではあるが少なくともここでいうべきではない言葉を今、いってしまった。
 我ながら阿呆にして凡愚極まりない。もしかしなくとも目の前のバーガー愛好菌糸類の沸点が急激に上がってしまったのではと恐れた私はブレザー内に忍ばせていた自害用ナイフを探し出した……が。
「マジ!? それはとても幸せなことだよぉ~。だってそこのチーズバーガー絶品だしそのファーストインパクトを味わえるからさぁ」
「ファーストインパクト」
 くるくるとネジはその場で回り、ふにゃふにゃとした声色で歌うように言う。どうやら杞憂だったらしい。そしてどこからか包み紙を取り出して上機嫌にそこに描かれているキャラクターのことを解説しだした。よほど、このバーガーが大好きなのだろう。
「ジャックはさぁ……ヒーローなんだよぉ。困った人がいたらさっそうと現れるらしいんだぁ」
「らしい……?」
 ジャック百面相の包み紙を広げつつ余程好きであるにもかかわらずらしいという言葉を使う彼に少しだけ自分の中に霧がかかった。熱弁するほど好きなはずなのに不確定であるような単語を使うとは。きっと何かがあるはずだ。
 しかし……ヒーローものとは。こっちというか米国ではかなり有名なヒーローなのだろうか? 困った人のための英雄物が人気とは、いつの世でも場所でもあまり変わらないらしい。
「らしいって、どういうことでしょうか」
「あーちょっとね。僕結構忘れっぽいからさぁ……」
「忘れる……。忘れる、ですか」
 ……忘却。私が望んでも手に入らなさそうなもの。都合のいいことを忘れるといえどもどうやら忘却は忘却でかなり厄介なものらしい。好きなものに関して自信をもって言えないこともその例なのだろう。
「そう、忘れる。僕ね、覚えていないんすよ。母ちゃんのことや、レオ君と出会った時のこととか」
「―――え」
 嘘。お母さんはともかく友達と出会ったことすら覚えていないなんて。
 忘却。なんて――残酷なことか。そんな大切なことまで忘れていくなんて。本で忘却の無差別さは知っていたがまさか実例が目の前に出てくるなんて。
 そういわれると彼のいうファーストインパクトの言葉もいやな説得力が帯びてくる。
「そういやさぁ、今宵はそういったことってある~?」
「……」
 何も、いえない。
 忘却へのあこがれを口にしてはなんとなく彼を侮辱するようで気が引ける。かといって忘れたことはないというのもなんか自慢っぽくていやだ。この場合何を言えばいいのか、わからない。
「……想像にお任せします」
「うん、わかった~」
 そして再び私たちはレオナルドの帰りを待つ。ジャック&ロケッツ、どういう味がするのだろう。私はまだ見ぬバーガーの味を想像して、涎が漏れるのを必死にこらえた。
 

「おい、アレ、オレの仲間がこの前なんかうだうだ言ってたアレじゃないか! あの忘れ胞子のアレ!」
「なんか以前メッセであーだこーだ言ってたなぁ。本人はもう全部忘れ去っているらしいが……というかあの今宵という女はもしかしてあの、あのアレかい?」
「あれってなんだ? なんかあの女すげーの持ってるのかい?」
「……ああ、あれは情報の塊だ。だがちと厄介だな……なんたってあの胞子のアレがあるんだろう?」
「いやいやいや、大丈夫だ。それに……あのボスの言葉が正しければあの胞子に負けないはずだ」
「大丈夫かな……まあやるしか、ないよな? 実験」
「やろうか、やるんだよ、やれ!」
「そうだな、やろう。やるなら今だ!」

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