鏡界式

[3 years ago at rumblingcity]

 まるで、テトリスのようだった。
 コロブチカは流れておらず聞こえるのはいろんな人の叫び声と断末魔。この世とは思えない光景が今、目の前に広がっている。
 それはあまりにも突然おこったもので、どこからか閃光とともに建物がブロックのように崩れて、あらゆる法則を無視して再構築されている真っ最中だ。
 足を動かして逃げなければと頭では理解していれども何故か足が動かない。路地裏で一緒に私と楽しんでいた同級生たちは既に大半がものいわぬなにかになったというのに文字通りどうしようも出来ないというのはまさにこのことなのだろう。
 路地裏の人間たちも生きている人はもはやいない。冷たい体を見る度に最初は心臓が縮こまるような感じがしたが今となってはなにもおもうことはない。ただ、人の形が転がっているだけだ。そう思うと今わたしの足元にいるよくわからないにんげんも無機物におもえてきた。生きているのか死んでいるのかわからない。ただわかっていることと云えば足元にいる女が同級生で、いきのいいおもちゃであることだけ。反応がないのならそれはただのでくの坊。足蹴にしても悲鳴も何もあげずただじっとしているのであれば何の価値もない生物だ。
 ふとビルの隙間から天を仰ぐ。まだ再構築は行われているようで、何かフィクションで読むような怪物たちが舞い降りている。昨日の映画の続きを見ているかのようで、これがリアルとは思えないが足元の遺体たちと同じようにきっとこれもじきに慣れるのだろう。
「――――――は」
 無理やり膠着した足を動かしてみる。この場に立っているのは私だけで他は全て地に伏している。約一名に至っては既にこの現象が起きてからずっと私たちの手で昏倒しているが。
「なんとかいえよ、てめぇ」
 強く、サカモトの腹を蹴ってみる。もう反応はないものかと思っていたら数回、せき込んだ。
「なんだ、まだ生きてたんだサカモトさん」
 サカモトの胸倉をつかみ彼女の汚い顔を見る。しかし彼女は何も言わず、焦点の合わない目で何も言わずにいた。無為に彼女のからだをその辺に放り投げる。別の遺体がクッションになったからかサカモトは何も言わずにどさりと鈍い音を立ててその上に落ちた。
 さて、これからどうしようか。このままいてもなんなので何処かに退避しようか、でもどこへ?
「あ、詰んでるじゃん」
 何が起こっているかわからない状況、そして見知らぬ街がさらにシャッフルされてる現在。うかつに動いても安心な場所にたどり着けるとは限らない。この様子では外泊先のホテルも危ないだろう。
「終わったなぁ」
 ぽつりとつぶやいてみる。そうだきっと今はフィクションの中なんだ。だからきっと目が覚めればすぐに元通りになって、何事もない日々が再び始まるんだ。それならこの場で寝てもいいじゃないか。ここでやりすごしてもいいんじゃないか!
 そう考えると幾分か気が楽になり眠気がどっと襲ってきた。まあ、どうにでもなれだ。まだ無事な建物の壁に寄りかかり目を閉じる。その時だった。
「――――」
 かつ、かつと革靴の音が響いている。生きている誰かがここにやってくるのだろう。
 眠気を振り払い足音のする方へと目を向ける。そこには、スーツに月桂冠を載せた男がゆらりと佇んでいた。現代の中にごく普通のスーツにカエサルの胸像に色を塗ってくっつけたようないでたち。黒曜石のような瞳に光はなく、私のことをじっと見ていた。
「あ――なにか、用?」
 すぐに目をそらして佇んでいるそれを直視せずに声をかける。何も云わずに男の足は動いていない。立ったままなのだろう。なんだ、少し様子がおかしい蜃気楼か。
 よし、見なかったことにしてここでじっと――
「おい、お前。そこの俯いているお前だよ」
 どすのきいた低い声が聞こえてくる。無駄に尊大な言葉遣い。少し頭に来るが答えなくてはいけない気がしたのできちんと答えることにした。
「あ、何か用?」
「ずいぶんと現代の人間は無礼だな。まあいい、手短に言おう。俺の配下になれ、女」
「なん、て!? 無礼なのはそっちじゃん!」
「返事はきちんとしろと師に言われなかったのか? 貴様は」
 どこからともなく男はスーツの下からもぞもぞと何かを出して、泥のようなものをサカモトの元に這わせた。
「は――知らない人間の元にホイホイついていくと思う? 思わないわよ! 昔の人間っぽいと思うけど今と昔じゃ違うんだから!」
「そうか」
 途端、サカモトの体が泥に飲まれる。そして――何事もなかったかのように存在自体が消えてしまった。誰かがやってたゲームにそういうシーンがあった気がするがそれが今、目の前で起きてしまっている。
「――――――――え?」
 逆らってはいけない。逆らうな。逆らうことなかれ。
 これは威嚇だ。今目の前には人の形をした文字通りの人でなしがいる。
「自己紹介が遅れたな。俺の名は『レクス・メモリアエ』記憶王と呼ぶがいい。それでどっちだ?」
「……八角 美和」
「なるほどな。では先ほど黒泥に飲み込んだ女に免じて俺のそばにいることを許す。少なくともここよりかは安全だ。どうだ?」
 名前とおもちゃを引き換えに安全の提供。それならば――よくわからない何かの手を取るしかない。
 私は首を縦に振る。八角美和からオクタヴィアへ。そして――記憶王とかいう男に従い紐育から変質したHLで生きることにした。男が知る限りの魔導の力を手にして。
 

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