「馬岱殿、馬岱殿……何私の髪の毛で遊んでるんですか?」
「遊んでいる、というより君の髪の毛にちょこっと飾りをつけてるだけだよぉ」
春の夕暮れ時に二人は野に座り、馬岱と呼ばれた男は女の髪の毛に野の花を飾りたてていた。普段は武器を持つ武骨な手で、何かに導かれるかのように女の髪に花を咲かせる。
「……私の髪の毛を飾って楽しいんですか?」
「もちろん、君が可愛く綺麗にするの、とっても楽しいんだって!」
「貴方に斯様な趣味があったとは。ちょっと意外です」
「うぅ……ごめんごめん。嫌だった?」
馬岱が女の髪を飾る手を止め、細い肩に手を置く。女ははっと自分の言葉を省みて、うなだれた。
「ご、ごめんなさい。いやというわけではないのですが……その、なんというか慣れなくて、こういうの」
「……本当?」
「ええ、本当です。その、なんというか、こういうの、ちょっと嬉しくて、信じられなくて、怖くなったので……すみません」
ちらりと女は後ろにいる馬岱を見る。女は眉毛をハの字にして笑って見せた。
「いいんだよ、こういうのは素直に嬉しいと思って受け取ってほしいな」
「そう、ですよね。ありがとうございます」
そして女は向き直り、男は再び女の髪の毛に花をさす。ふと、馬岱は空を仰いだ。すっかり西の空は茜色と紺が混ざり合い、東の空には星が瞬き始めている。これではもう女の髪の毛を飾り立てることすらままならず、早く帰らねば姜維らが心配するだろうと男は思い、手を止めた。
「はい、出来たよぉ」
ぽんと女の肩を叩き、女に終わりを告げた。
「ほら、確認してみなよ……といっても後ろ髪だし、夜だから確認できないよね……ごめん」
「いえ、私は、貴方が野の花で飾り立ててくれたという事実だけで充分なのです」
とても、穏やかで張り詰めた声だった。まるでこの瞬間すら手放したくないといいたげで、それを自分に言い聞かせているようだった。馬岱は、まるで壊れ物を扱うように、髪の毛の花がつぶれないように女を抱きしめる。
「―――馬岱殿」
「うん、そうか、そっか……」
そして女を解放し、女を自分と向かい合うようにさせる。相変わらず女の目に光はなく、まるで夜の闇を映し出したような瞳で馬岱を見ていた。
「俺はね、君が生きてくれていて、こうしているだけで嬉しいんだ」
夜を告げる鳥が鳴く。だが静けさは相変わらず場を支配している。
「蜀のみんなは大切だけど、それでも俺は君のことが大好きだよ。もう家族のような存在は、君しかいないんだ。俺の一族も、若も、もういない」
既に西の空は紺で染まりきり、空には星が一面に煌めく。まるで二人の動性を照らすように。
「だから、お願いだから……生きてほしい。多分俺は死んじゃうかもしれないから、その分まで」
「嫌です。私は、もう何も失いたくないのです。家族も、友人も、私を実の妹のように扱ってくれた馬孟起殿も」
「……そっか、君も、俺と同じなんだね」
「ええ、私たち、似た者同士かもしれませんね……」
そして、どこからともなく二人は唇を重ねる。まるでそこに今、愛する人がいるか確かめ合うように。角度を変えてついばみ、貪り合うように食らいあう。ただ、口づけだけでは物足りなかったのか二人はひしと、互いの体に自分の腕を回した。
そのとき、女の髪の毛を飾っていた一輪の花が落ちた。
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