「少し、気味悪かったですね」
キルクスタウン、九番道路にて私は雪が降り積もる道路を歩いている。あのワイルドエリアでの一件の後念のために検査入院はしたが幸いにして命に別状はなしと言われたものの暫く安静にしろと言われた。だが誰かに助けられてなかったらどうなっていたか分からなかったという理由で「助けた人に感謝しましょうね」と仮面の笑顔で看護師さんに言われてしまったのもまた事実。それまでならよかったのだが今まで私のことをみじんも気にかけていなかった親から「辛かっただろう、これからはきちんと辛いと思ったら親に言ってね」とのお言葉である。私が追い込まれても「自分が悪いのだろう」の一言で不干渉を決め込んでいたのを知っている故に心にそれが【傷】として残っている故にその言葉を頼ることは出来ないだろう。その親から逃れるように九番道路から街の中心部をふらりふらりと漂っていた。
相も変わらずキルクスタウンは雪が降り続いている。晴れることはたまにあれどそれは片手で数えるほどでありむしろ雪が降っている【今】は変わらない日常であるということを私に認識させた。今日も道路に人はおらず、今いるのは私とポケモンのみ。何しろ今日はこの街でのジム戦があるからである。だいたいの人はこの街をホームとしている『ハードロッククラッシャー・マクワ』さんの活躍を応援しに行っているようだ。彼の人気はすこぶる高く、街中の本屋では彼が出版した写真集の売り切れを告げるポスターが貼られているほどだ。
そのような喧騒から少し離れたところで私は漂っている。寒空の下、私はただ十日前にあったことを考えつつ街をふらつく。
「ただ、放っておけなかったんだ。倒れていた君のことが」
その言葉の意味を、私は考察しつつ石畳の街を歩く。何故あの人は私を放っておけなかったのか。何故「倒れていたから」という理由だけでそう思ったのか。人というのはあそこまで善良なもの、なのだろうか。あの人のことを考えるとそれだけで自分の中の脳内会議が紛糾しそうになったので考えるのをやめた。
その時だった。地面が雪で滑るというのをこの街に住みながらも完全に私は失念していた。いや、油断してたと言うべきか。
「――――――――あ」
足が滑り、運が非常に悪いというよりいいことにそこは温泉の排水溝へとつながる階段だった。要は、私は足を滑らせて階段を転がり落ちていったのである。体は打ち付けられ、止めようと思えども止められるものではなく、体勢を立て直す間も与えずに熱い水路へと体を投げだしていた。痛みはあるものの何とか体は動かせそうだったが、高温の水はそれを許すことはない。もとより、私自身動かそうとする気はなかった。
「そっか、今が、し――――」
―――今度君がポケモン連れてオレと再会した時はゆっくりと言葉を交わそうぜ。
「―――なんで、こんな時によぎるの。だんでさん」
走馬灯、何故そこに浮かんだのがあの約束だったのか。あの時の約束に、是と言ってしまった私を少しだけ呪った。だがしかし、あの人は初めて私を気にかけた人じゃないか。そんな人の約束を反故にはできるはずが、ない。
そう思ったところからの行動は早く、完全に体が動かなくなる前に何とかして淵に手を伸ばす。とても小さい水路であったことが何よりの救いだった。そして、何とか力を腕に集中させて地上へと何とか身を乗り出した。
「あ、ひ、ひぅ……」
温度差にガタガタと体を震わせつつも壁まで這ってなんとかそれを支えにして立ち上がる。どうやら骨などは無事だったようであざが体中に出来るだけで済むようだ。
「よかった、のかな」
そして私は階段へと昇り着替えようとした、時だった。
そこに、彼というか、それはいた。段ボールに入れられてかなり弱っているポケモンが。
「―――あれは、確かリオル、だっけ」
そのポケモンにはひどく見覚えがあった。以前何処かの物語で見たことがあるルカリオを少し幼くしたようなポケモン。というより確かそのルカリオの進化前のポケモンで、確か人の心が分かるポケモンだったか。そのポケモンが何故、ここにいるのか。何故段ボールに入れられているのか。その答えは至極単純で、1+1=2であるよりも明白だった。
「ああ、多分」
捨てられたのか。その言葉を発せずとも目の前のリオルは分っているのだろう。大方強いポケモンを求めるあまり彼は「不要」と判定された故にここに置かれたのか、もしくは人の心が分かる故に不気味に思われここに置かれたのか。詳しいことは知る由もない。いや、想像しただけでも目の前の彼を傷つけるだけだろう。
じいっと、リオルはこちらを見ている。その目は警戒心に満ちていた。当然ともいうわけか。弱弱しい声で彼は鳴く。どういうわけか、彼は手に当たる部分を伸ばしていた。ちいさくて、ふるえていて、いまにもきえそうな彼。今ここで彼を救わなければ、どうなることかそれは明白。
そして私は、何故か彼に手を伸ばしていた。傷つけるための手ではなくて、差し伸べるために必要な手。その手で彼をそっと段ボールから取り出して、自分の胸に抱いていた。
「大丈夫、一先ずポケモンセンターに連れて行きますからね」
自分に語り掛けるように呟いた言葉はどうやら彼に届いたようで、ぎゅと私の濡れたワイシャツを握りしめる。だがその力は弱弱しく、その事実は私を急がせた。早く、早く彼をあるべきところへ。まだ体は痛いけど、走らねばならない。幸いにも今日は街に人が少ししかいなかったため無事、少し転びかけはしたもののポケセンへとたどり着けた。
初めて入る施設に心を躍らせる余裕はなく、ただ一直線に係員にリオルを差し出す。
「すみ、ません。どうか彼を……治してください」
ぎょ、と私と彼を見た後係員さんは落ち着き払った声になってリオルを受け取った。
「承知しました。ではこのポケモンを休ませますね」
そしてバックヤードに入ってなにやらごそごそしたのちに係員さんはカウンターへと戻ってきた。
「まず、貴方が連れてきたリオルですが……あと少し遅れていたら手遅れでした」
「そう、でしたか」
「ここからが本題ですが、貴方が連れてきたリオルはどこで見つけたのですか?」
「実は……」
係員から聞かれたことについて、ありのままに話す。私はトレーナーでもない上にポケモンを持ったことがない。だから「捨てられたのではないかと思って助けた」「とりあえず勝手に連れて行くのは泥棒にあたると聞いた、かつすごく弱っていたのでここに運んできた」等と正直に話した。
「そういうことでしたか、ありがとうございます。ですが一応念のため一週間たっても元の持ち主が現れなかったら……」
「あ、それですが」
勝手に、声が出る。言葉が脳内で生成される。
「もし、可能であれば、私が引き取ります」
しん、とその場が静まり返る。後ろから刺さっているであろう視線がとても痛い。だが、それ以前にただ棄てられた彼が放っておけなかった。多分これは自分自身を彼に重ねているという身勝手な理由もあるかもしれない。それでもあのまま一人で家に帰ると、後悔しそうだった。
「……あ、やっぱりだめでしょう、か?」
「いえ、大丈夫ですよ! ですがそれにあたる手続きなどもあるので……」
「あ、ありがとうございます!」
リオルを連れて帰る可能性に供え、さっくりとした説明を受けた後、足早に帰路に就く。どうやらジム戦は終ったようで街に人が戻り始めたようだった。道中、あのリオルを拾った場所が見えるところに立ち寄るとパーカーを目深にかぶった人がいた。
「進―――い――ルは、不――」
ぼそぼそとしゃべっていたため声は聞こえるはずもない。そしてパーカーの人はゆっくりと階段を上がっていったので急いで私はその場から離れて家路へと付いた。
「さて、どうやって親を説得しようか」
その時、私はすとんと何かが落ちる感触がした。
「きっと、これだったのか」
あの時、あの人が云ったことと行ったこと。放っておけなかった、から助けた。そのことを今頃になって私は知ったのだった。
◆◆◆
「では、こちらの書類にサインを」
一週間後、リオルの持ち主であるトレーナーは現れなかったため、私が彼を連れることになった。必要事項を記入し、自分の名前をサインする。そのことを確認したポケセンの係員は奥からモンスターボールに入ったリオルを私に渡した。
「どうか、大切にしてくださいね」
「はい、勿論そのつもりです」
ぽん、とボールを地面に投げてリオルを外に出す。あった時とは大違いであるが、少しまだ警戒心はあるようだった。
「リオル」
私は、彼と同じ目線に近づくようにしてしゃがむ。
「今日から、私と過ごすのですよ。大丈夫、親の許可もありますし、悪いようには致しません」
彼の目に映る私はきっと不愛想だろう。恐れをなすだろうと思ったが、彼は少し震えつつも私に抱き着いた。係員さんのほっとした笑いが、聞こえたような気がした。
「さて、リオル。家に帰りますよ」
そういうとリオルは首を縦に振り、私の後ろにつく。まだ彼は走ることすら叶わないが、じきにこの雪の上を走り回れるほどになるだろう。むしろ、そうであってほしいとそっと願った。
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