頼れる人を目の前にしても頼ることのできないどうしようもない女の作り方
・まず信頼できる人を作ります。そして女と親しくさせます。仲は信頼できるのなら友人でも恋人でも関係性は問いません。
・次に、女を窮地に追い込みます。ここはいじめでもなんでも構いません。
・女はその窮地を信頼できる人に相談するのでその内容をもとに信頼できる人は女を裏切らせるようにします。自発的でもなんでも構いません。
・そして女は四面楚歌に陥るでしょう。その女と信頼できる人が集団に所属しているのであれば指導者に窮地のことが知られる可能性があってそのことについて加害者は問い詰められることがありますがそのときにはもう既に、『頼れる人を目の前にしても頼ることのできないどうしようもない女』の出来上がりです。
・なお、個人差があることをお忘れなく。そうならない人もいますし、そうなった挙げ句に俗に言う『最悪の選択』をする人もいます。
・さらにその女が集団から異物と判定されたことが多い場合、成功率は高くなります。用意するには底に着目すればいいでしょう。
(蒼の手記より抜粋。なおこの記録を読んだ誰かによってしわくちゃになった痕跡あり。残存した霊基パターンを解析した結果212である説が濃厚)
◆◆◆
溢れる泥を押し止めるなんて狂気の沙汰だと男は思う。どれほどの吐き気と正気を焚べればあんな状態になれるのだろうかと男は純粋なる疑問を持った。しかしそれは彼自身の自問自答によってすぐ解決した。
「―――恋の病、か」
これをあの医神に報告したら「……ふざけているのか」と言われそうなので心の奥に閉まっておいた。
女の恋愛対象は紛れもない自分自身。そして素直に告白する意思を妨げているのも正しく彼女自身。でも最近の彼女の動向を見るに告白できるようになるまで秒読み段階だろうと男はみている。日頃彼女に思いや愛を告げているためか空虚に響いているのかもしれないという自覚は彼自身にもあるが、自尊心も自己肯定感も底辺な彼女を見ていると、愛を告げずにはいられないという自分の気質も自覚している。
「まあ、つまるところ―――オレは蒼に首ったけなんだよ」
自分自身の思いを確かめるように、男はつぶやく。そして彼女の傍らで朝を迎えた。
◆◆◆
ナポレオンというサーヴァントは、最初から蒼という女に惚れていたのである。ジョセフィーヌという存在を保護機能付きの別フォルダに分けた上で召喚されるたびにこれと決めた女を愛する習性。此度の召喚にて惚れた女が蒼という女であった。カルデアが北欧異聞帯へと突入する直前に彼女が偶然呼び出したのだがパスが上手く繋がらなかったのがすぐの契約とはいかず、それでも彼女の助ける声を確かに聞いた。聞いてしまったのである。
―――助けてほしい、何も聞かず助けてほしい。
そこまで行き詰まった助けを求めるのは誰なのか。彼は気になって仕方なかったので彼女が呼び出そうとした夜、夢の中に入り込んだ。普段使うことのない皇帝特権を使ってまで。ただ少し不具合があったからか、きちんとパスが繋がっていなかったことによる影響からか男の姿は最初見えていなかったらしい。それでも、彼には彼女の容貌が見えていた。彼女の精神性を表すように着込んだ服―――極地礼装の上に羽織った冬用コート、黒いタイツ、白いブーツ。真一文字に結ばれた口に光が灯ったことがないであろうことを想像させる茶色の瞳、後頭部にて一つに縛られた黒い髪。思わず彼は、ふうと心のなかで口笛を吹いたことを覚えている。こんな美人がメートルなら、こんな真面目そうな女が助けを求めていたのなら―――しかも何も聞かずにという条件付きで―――こんなに嬉しいことはない。
そこから先は彼女に求婚し、助けると誓った。まだ何かしら聞きたそうな顔をしていたが、流石に色々夢の中で彼女と会話するのは召喚されたあとの楽しみがなくなるため早めに切り上げた。だからこそ、彼は彼女に呼ばれる日が来るのを心待ちにしていた。
斯くして男は、運命の夜明けへと至る。
そこから先は、女の異変に気づいた上でのアプローチだった。彼女の素性と趣味を知るたびに真面目さと根の善良さ、そして映画と読書とお酒ではしゃぐ姿、打ち解けるたびに見せる顔。全て全てに男は何度も一目惚れした。しかし最初も今も彼女の照れ顔は変わらない。
「しかしまぁ、きれいな花には毒が……いや彼女の場合は違うか」
例えるなら、自分から牢獄に入っている。自分で自分を拷問している。少なくとも男からは彼女はそう見えていて、なにかいい本がないかとタイトルのない本を読んでみたはいいがそれは彼女の痛みが明記された本で既にカルデアのマスターから北欧におけるナポレオンの顛末を聞かされていいたカルデアのナポレオンは全てを察した。焦がれたまま同じ姿の男に出会って、失恋のような出来事を経験して泥を抱えたままで今に至っている状態だ。更に彼女はまた別の痛み―――彼女が助けてといっていたほうの痛み―――がある。それは彼女自身自ら行っている自傷行為で、誰も信じられない、信じたくても信じられないといったのはこの後遺症だろう。彼が読んだ手記がもし、過去にいじめを受けていてしかも信じていた人に裏切られたと言いたいのであれれば今までのあれこれに合点がいく。以前の映画取り違え事件で見てしまったホラーにも動じなかったのは自分自身、同じようなことを経験していて痛みに慣れてしまったからだと彼は仮定した。
「ああ、なんてことだ」
そして自分自身を嘲る言葉。おそらくきっと、それは自分自身を守る術でもあり以前言われた言葉なのだろう。ずっとずっと自分自身を呪ってその繰り返し。バーで聞いたあの言葉はきっと愛する人の前だったから時制していただけだ。と男は察する。手を伸ばそうとも伸ばせども彼女がその手をとることはなく、自分から取る資格はないと嘆く。誰がそれをいったと男が聞けば女は自分がそうしたと言う。
「オマエさんが否定しようとも、オレが認めるから大丈夫だって」
そう何度もいえど、女は拒絶する。否、自壊することを選ぼうとした。それはずっと愛しい女を見ていたい男からすれば防ぎたいことだ。しかし彼の意思とは反対に左腕の傷は増えていく。包帯が占める範囲は広がっていきそろそろ様子見は終わりだと男は認識していた。なんとしても、彼女を傷つけずに寄り添わねばならない。いくらでも踏み込むことはできるが彼女の状況が状況なため仕方ないことだったのだ。
「もう、涙の夜は迎えなくていいんだ」
そして男は、愛する女の朝を見守った。
◆◆◆
「……おはようございます、ナポレオンさん」
「おはよう、マドモアゼル」
愛する人が、いつもの調子で朝の挨拶を告げる。まるで私が朝迎えるのを確認するようにここのところ毎日私の枕元にいる。好きな人がいる、というのは正直うれしいのだけれども私のそれは片思いのそれだ。鬱陶しくて、私が生きているということを否が応でも実感させる朝は嫌いではあるけれど彼がいるのなら、まだいい気がしてきた。
「さて、朝は管制室でミーティングがあるらしいが……」
「大丈夫、いつでも行ける」
私は手早く仕切りの奥でいつもの服に着替え、簡単に髪の毛をセットする。左腕を確認するが少しだけ、不自然に膨らんでいるように見えた。
「それともう一つ。今日は定期的なあれだろ? 確か……」
「トレーニング。確か仮想エネミーを使ったあれですね。大丈夫です覚えてます」
そうだ、今日はトレーニングだった。定期的に行っているので把握しているが基本これは万が一カルデアのマスターが何らかの事情により戦線離脱しなければならなかったときのためにスムーズに引き継ぐことができるようにしている訓練のことであり、いつもならカルデアのマスターのサーヴァントとともにやっているのだが今回は、一味違った。
「確か、ええと」
「オレと、ヘクトールだな。連れて行くサーヴァントは」
「……そうだね」
私が召喚したサーヴァントとともに、訓練する。基本ともに訓練するサーヴァントは上が決めるのだがこれは、偶然がすぎる。
「ほら、オレは先に行くぜ」
そしてナポレオンさんは部屋を出る。一人残された私はただそこに佇んでいるだけだった。
「ごめんなさい、私、最初からあなたに一目惚れだったみたい」
ポツリと言葉が口に出る。それは紛れもない真実で夢の中で見た光が忘れられない。明確なバグが生じたのはこの頃で彼の姿を見るたびに、歯の浮くような言葉を聞いてほんの少しだけ浮かれてもうちょっとだけ聞いていたかったのは事実。でもその後で北欧にて出会って砕けて、黒い炎に焦がれ続けている。
北欧のときにつけられた傷は上書きされることも癒えることもなく、ただどくどくと血を流し続けていてその痛みを感じるたびに泣き叫びそうになるけど泣き叫ぶだけの涙も声も枯れていた。だからできるはずがなかった。
卑しい嫉妬に焦がれたまま都合のいい夢を見続けている。私という人物が愛される資格なんてないのに彼はずっと私に求婚し続けている。負の感情が渦巻いていつ暴発するかも知らないで。
手を伸ばして彼に助けを乞おうとも、彼に愛されたいと願えども、決してそれはかなわない。それは私自身がよく知っていた。私はスクラップで、誰かに愛されることはない人で、そもそもそういった慕情を向けるにも向けられるにも値しない人物なのだから。
腕時計を見る。もうすぐミーティングの時間がやってくる。私はいつもの表情に切り替えて、管制室へと向かっていった。
◆◆◆
かくして話し合いは終わり、トレーニングへと向かっていく。
一人は自罰精神を肥大させ、一人は踏み入れる準備を決めて、一人は万が一に備え始める。
トレーニング先の天気は雨。無常にも体温を奪う水が降り注ぐ。
誰にも気づかれず女は、強化した三角定規をコートの内ポケットに入れた。
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