ソレイユ

 太陽は、嫌いです。
 容赦ない位に眩しいし、その光が非常に鬱陶しいから。
 隠したいところも全部照らして白日の下暴きたてるから。
 全て正直に話すに越したことはないのだけど、明かしたところで嫌われるのならいっそ、ずっと暗いままでいたいのです。

 朝なんて、来ないでほしいのです。

◆◆◆

「―――」
 蒼は無言でナポレオンに髪をタオルで拭かれ、左腕の応急処置をされた後彼女の部屋にあった部屋着に着替えさせられた。女は黙って彼のなされるままにされる。目は虚ろで何も見ようとはしていない。
「……ほら、見えてるかい? メートル」
 男は細い女の手首を掴んで自分の方に意識を向けさせる。しかし彼女の眼は変わらずに虚を見ていた。顔だけ向けているが、焦点が合わない。
「……見えてます」
「見えてるといっても、絵画全体を見るように見ているだろう? その中の一人を凝視するようにオレを見てくれ」
「……」
 男の言うことにしたがって女はじい、と男に焦点をゆっくり合わせた。だがピントは合わずに少しだけぶれている。きっと彼女は一つを凝視することが不得手なのだろうかと男は思い、これ以上彼女に対して視線に関する要求をしないことにした。
「まあ、見えてるからよしとするか。さて、立ち話もなんだし座ってくれ」
 男がそういったので彼女は言葉通り、座った。ただし座り場所が指定されていなかったからかそのまま床にぺたりと座り込んだ。
「あー……そこじゃなくてだな、ベッドとか椅子とかに……」
「ここが、いいんです」
「ダメだ、床じゃなくてそれ以外のところに座ってくれ」
 ほら、と男は椅子を出して女に座るよう促した。彼女は無表情で仕組まれた機械のように椅子に腰かける。ナポレオンはいつにもなく真剣な面持ちで彼女に語りかけた。
「よし、座ったな。まあ少しというか前々から言いたかったことというか、まあそういうのがあって呼び出したわけだが……まずはオマエさんが助けてほしいことというか、困っていることを聞くのが先だな」
 これは、尋問だ。彼女はそうぼんやりと考える。いつものような優しい笑顔もなく、導く大人という声もない。ただ真剣に蒼という女を救うためにことにあたっている男が目の前にいるというだけ。
「困っていること、ですか」
「ああ、そうだ。きちんと話してくれ。というよりオレが最初に呼ばれたときからずっと、気になって仕方なくてな……どこかこう、なんというか誰にも言えないことを抱えているんじゃないかとか……」
「あるわけないじゃないですか」
 食い気味に蒼はきっぱりと笑顔で否定する。男は女の顔をまじまじと見たが、最初に出会ったころ初めてみたような、何かを必死にこらえているような笑顔に見えた。
 ―――ああ、なんて痛々しくて、蒼は何を恐れている?
 ―――いやそれは既に、オレ自身は分かっている。
「……本当にそうか?」
「ええ、そうです」
「じゃあシャワールームでなんで、あんなことをしていた?」
「……私への罰です」
「罰? 何を、やったんだい?」
「……私自身が、やらなきゃだめだったからです。自分への罰も全てすべて。打ち明けないことが私の罰なのでいえません」
「……だめだ、言ってくれ。そんな罰を受ける必要なんか」
「あるんです。こうでもしないと私はダメだというのを私自身が―――」
「―――分かっているから、か?」
「ええ、そうです。そうですとも」
「……なあ、正直に言っていいか?」
「ええ、いいですよ」
 尋問すれども彼女が口を割ることはなく、むしろ割らないという宣言を口にする。ニコニコと笑顔でナポレオンに応対しているが、その笑みを浮かべている目に光はなく、ただ人工的に口角が引き上げられたような状態だった。まるでそれは―――自分自身を痛めつけてほっとしているようにも見えた。だからそんな地獄は、終わらせなければならない。彼はそう思い、最大の手札を彼女に切り出した。
「実はな、恐らくオマエさんがそうなっちまってる原因わかるかもしれん」
「いえ、前に話したトラウマの件以外に何も……」
「あー、話は最後まで聞くもんだぞ、マドモアゼル」
 すう、とナポレオンは息を吐く。武骨な手はテーブルに置かれた彼女の細い手に重なる。僅かに女が身じろぐ姿を確認した彼は、ずっと黙っていたことを切り出した。
「オマエさんの手記を読んだ」
「そう、ですか」
 女は目を伏せて彼の手に視線を向ける。ゆっくりと、確かめるようにして蒼も口を開く。
「頁、ぐしゃぐしゃになってたところもありましたし……。貴方だろうと何となく思いました。知ってたら多分こうこんなにも優しく―――」
「いや、読んでなくともオレはオマエさんに優しくしていた。というより婚約者に優しくするのは当然のことだろう?」
「そういう、ものなんですね婚約者って」
「少なくともオレの中ではな」
 婚約者。その言葉を言ってしまった彼女は少ししまったと思った。そう呼ばれた北欧のあの子。別の彼に救われたあの子。雪の女王様の城での求婚が脳内で再生されてしまう。急いで止めねばと彼女は自分の足を自分で踏んだ。
 かち、こちと時計の秒針が鳴る音がする。全ての針が頂点を指した。それと同時に男はある事実を口にする。
「―――話を元に戻す。勝手に読んだことについては謝る。正直すまんかった。だが―――きっと言いたくないだろう、知られたくないであろうことも知ったんだ、オレは」
 知られたくないであろうこと。その言葉を聞いた瞬間彼女の顔から偽りの笑みは消えてだんだんと感情のない目へと戻っていく。
「―――ねえ、まさか」
「……ああ、北欧のオレと出会ったこと、それ以前に今のオレと出会ったこと。それ以降の手記についても読んだ。―――オマエさんがずっと抱くことになった嫉妬心も、オレは知っている」
 瞬間、女は握られた手を振りほどく。そして彼女は酷く泣きそうな目になって狼狽えた。
「―――そっか、なるほど、つまりあなたは私の願いに付き合ってあげていたということだったんですねやっと納得しました」
「違う。オレは本当に最初から―――」
「口ではいくらでも言えるんですよ。こんな私に希望を抱かせようとか、しょうがないからかなえさせてやろうとかそういう思いで私を浮つかせて―――」
「蒼!」
「―――北欧の貴方と私が呼んだ貴方を勝手に重ね合わせていたりしてる私を、違うとわかっていてもずっと嫉妬に焦がれていた私を憐れんでるならもういいです。私はあの子になれるはずもなく、上書き出来るだけの度胸もない、ただの―――臆病者ですから」
「違う、オレは―――」
「―――もう、いいです。でも、嘘だとしても愛の言葉は、嬉しかった。罰は自分で下すので大丈夫で―――」
 途端、彼女の唇はふさがれた。他ならない彼の唇によって。言葉を封じるように深く、深くえぐられる。開放された時には彼女の思考回路は少し溶けかかっていた。
「……ダメだ。きちんと言ってくれ。前にもいったろ? 蒼のすべてをオレが受け止めるって」
「……あぐ」
「それにだ、オレは正直蒼が自分自身をいじめているのには耐えられない。きっと真面目であるからこそ自分自身を律して、それが行き過ぎたからこそ嫉妬とか自分の中に押しとどめようとしたからそうなったんだろうな、きっと」
 ゆっくりと、先ほどの堅い面からは軟化して子供に語り掛けるように男は彼女に言う。ただ蒼は涙を流しながらその場所にたたずんでいた。
「まあ、アレだ。余程不器用な生き方をしていたんだな」
 その言葉に、偽りはなく哀れみもない。ただ純粋に目の前の女をいたわるが故に出た言葉。向けられた本人はただぽたぽたと涙をこぼして、彼の言葉を聞くだけだった。
「余程いい男だったんだな、向こうのオレは。まあこっちのオレも負けちゃいないくらいいい男であるという自負はあるが……それでも」
「うん、とても、眩しくて……太陽のようで……」
 突然、女が口ずさむ。童謡をいきなり思い出したかのように、声に出す。
「そうか、今のオレはどう見える?」
「……同じくらい眩しくて、優しくて……」
「そうかそうか。オマエさんからそう見えるのか。嬉しいなぁ」
「……そう、思うのですか?」
「ああ、オレはうれしい。お世辞も苦手そうなオマエさんがいうのならきっとそれは真実だろうよ、いいや嘘でもうれしいさ」
 ふう、と女は天上を仰ぐ。雫はいまだ流れており人工の光できらめいた。男はそっと手の甲でそれを拭う。
「……」
 酷い顔をしている。ずっと彼の前にいるから気づかなかったが青い瞳の中にいる蒼は頬が赤くなるほど泣いていたらしい。そろそろ顔を洗った方がいいのかな、と彼女はぼんやり思った。
「ねえ、ちょっとだけお手洗いに行っていいですか?」
「ああ、もうこんな時間だしなぁ。行ってきな」
 では、と女は立ち上がりてとてととドアに手をかける。ちょっとだけ振り返り愛しい男を一瞥した。
「……」
 見送る時に見せた笑顔がとても眩しくて、優しくて、彼女の心に深く刺さった。
 そして彼女は部屋を出た。

◆◆◆

 夜のノウム・カルデアを走る、走る。
 サーヴァントは霊体化出来るけどきっと彼にも良識はあるので探すような真似はしないだろう。
 そう彼女は考え一先ず逃げることにした。
 優しさという毒からの逃亡
 自分の罪からの逃亡
 愛という名の毒からの逃亡
「まさか、まさか知ってたなんて―――」
 再び涙が流れ出した。こんな惨状を見られたくないあまりに飛び出したはいいけどどこに隠れるかまでは考えていなかった。どこへ逃げようか、走りながら部屋を横目に見て考えた結果倉庫にした。ものに紛れることが出来る上に、探そうとしても大きいからまず分かるはずがない。
「あ、あは、あは―――はは―――」
 思わず笑い声がこぼれた。自分自身への嘲りか、逃げ続ける自分が可笑しく思えてきたのかは分からない。
そして誰にも見つからずに倉庫へとたどり着く。鍵はかかっておらず雑多な箇所へとすんなりとたどり着くことが出来た。とても暗く、何があるかはぼんやりとしか分からない。何も見えないからこそ、彼女はやっと安寧を得た。
「……やっと、やすめる」
 ふと、腕時計の時間を見る。時刻は午前一時。きっと今頃部屋で待つ男は異変を感じて蒼を捜索しているところだろうと彼女は思った。瞬間、頭を冷やすことが出来たからか、落ち着いたことにたいする副作用が現れる。
「……嘘、ついてしまった。優しさ、利用してしまった」
 ようやく、自分自身がしてしまったことを自覚した彼女はそこから出ようと立ち上がる。しかし自分がたどった道を探そうとしても暗く、灯の類を持っていなかったからかどこを歩いているのかすら見失った。眼鏡は唯の眼鏡であるが故に何も役に立たず、手で感触を確かめようにも魔術に関するものがあるかもしれないというのならうかつに触らない方がいいだろうということで諦めた。
「そうだ、これは罰だ。優しさを利用したことと嘘ついたこと、そして相手を信用しなかった私への罰なんだ」
 口が歪み、またぽたぽたと涙が出る。誰にも発見されずに死ぬことが罰。そう彼女は再定義してその場にへたり込んだ。
「―――もう、見つけないで。見つけて、見つけないで。これはメーデーを悪用した罰だから」
 そして女は静かにうずくまる。嗚咽し、腕から血が出る程ひっかいた。
「でも、私、貴方に救われたかったな」
 ぽつり、と誰にも聞こえないように口にする。その後女は許しを請うように手を組んだ。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!