夢を、見ているようだ。隣には愛する人が私の横で背を向けて眠っている。普段は綺麗で厳かな軍服に身を包んでいる体は全てさらけ出していて、それはまるでギリシア彫刻のように逞しい。まるで、全てを守ってみせると語っているような背中。その背中には数多の傷が刻まれていた。自分でつけたものではなく誰かによってつけられた痕。斬撃、砲撃、銃撃、火傷、薬品、そのほか諸々。彼に抱かれているときによく胸元の傷を見ているがそれは最初の再臨状態から確認できるものであることから鑑みるにきっと、彼は自分が傷つこうとも守ると決めたもののために戦うのだろうなと思った。
「―――あぁ、貴方……」
少しだけ冷たくなった私の指で彼の背中に触れてみる。まるで春の日差しのように暖かくて、じわりとしみたような感触がした。しかし彼の体は彫刻のように動かない。
「す、き」
こぽり、と言葉が漏れる。いつもなら好意を示す言葉に反応して彼が反撃してくるはず……であるのだけれどもそれがない。やはり彼も眠たいのだろうか。きっとそうなのだろうと私は納得してただ何も言わない背中に甘えることにした。我ながら最低最悪な思想であると自覚しているが、どうも反応あるものに何かしらアクションをするという行為は不得手らしい。卑怯な私を許してほしいと願いながら私はそっと、彼の背中から抱き着いた。
「あ……はぁ」
暖かさが、私の心臓を支配する。自分も裸なのはかなり恥ずかしいのだけれども今なら、今ならばと私は彼に抱き着いてしまった。太い首を経由して、手は胸元へ。とくん、とくんと彼の脈が打っているのを感じられる。きちんと彼は存在しているんだと安心できたところでゆっくりと自分の頭を彼の耳元に寄せてみる。まるで彼に纏わりついているように見えるけど、こういうことは多分今じゃないと出来ないかもしれないのだ。
「……あー、ちゃー。好き」
こういった場で彼の真名を呼ぶのは少しだけ恥ずかしいのでクラス名で呼んでみる。昼間の場所ではアーチャーといってもたくさんの弓兵がいるので基本真名で呼んではいるがそれでもやはり、恥ずかしいのだ。だからこそ、こういった場で思う存分クラス名で呼ぶことにした。
それに……私にとってのアーチャーは彼一人。超高度からの自由落下の折、「来て、アーチャー!」と叫んだ時に彼に受け止められたいのだ。
それと同じように彼にとっての「ただ一人の女」は私だけであってほしい。いや、こればかりは……いささか望みすぎかもしれないが。
ともかく私は、普段彼への秘めた愛と恋と爛れきった情を聞いていないだろう彼に打ちあける。好き、大好き、私を見て、抱きしめられたい、組み敷かれた果てにぐちゃぐちゃにかき乱されたい。好きの言葉もいえないで、抱いてほしいともいえないで。今回の交わりも彼の誘いがなければ多分抱かれることもなかっただろう。思った言葉もいえない自分を心の中で弾劾しつつ、平静を装いながらも思った言葉を少しずつ羅列した。
「大好き、私だけを、私だけを見て。愛してる、好き、好き」
ぎゅ、と彼にしがみつく力が強まる。それに気づいたのか次の瞬間私の腕にごつごつとした手が触れるのを感じた。
「……いつ頃から起きていたので……いや、もしかしてずっと、起きてたのですか……?」
「ノン、ついさっき起きたぜ。目覚めたのはメートルがオレに甘い言葉を囁いていたあたりからだな」
―――ああ、なんて羞恥。
彼が私の顔を見ていないということは分かっているが、思わず私は自分の顔を彼の逞しい背中にうずめてしまう。当然、その感触は彼に伝わるわけでありずっと言わないふりをしていた事実を突き付けられる切欠となってしまう。
「しかし随分と大胆なことをするんだな、メートル。体を重ねた後にぴたりと抱き着くなんて」
体が、顔が熱くなる。じゅうと赤くなって思考回路が焼け落ちていく。
仕返しといわんばかりに彼は私の右手を取って、ちゅうと口づけをした。冷たい唾液越しに薄い唇が当たる。どうして、私の手をほどけばすぐに私の唇に口づけ出来るのにわざわざそれを、しないの。
「……あ、や、その、あの、だめ、でしたか?」
「いや、ダメだったらこうして愛を語り合ったり激しく愛でたりしないさ」
「……それも、そうですよね。ごめんなさい」
「大丈夫だ。きっとオマエさんはこういう時じゃないと好きとか言えなかったんだろう?」
ああ、全部全部お見通しなのか。こういうことが暴かれるたびに私は致命的に隠し事に向いていないことを突き付けられる。流石に浮気をすることはないがそれでも、何か隠すという行為は向いていないことを実感させられたようで何処か血が流れた感じがした。
「……はい。どうしても私の思いを口にするということが少し怖くて……」
「大丈夫だ。むしろ何故躊躇うんだい? 愛し合ってる恋人同士で愛を交わす行為は何も恐れることはないというのに」
「それが、怖いのです。口にしたら際限がなくなりそうで……」
「それならオレはその際限がなくなってしまったオマエさんを受け止める。なぁに心配するな、愛する女の思いやそういった類のものは心地いいものさ」
そう言って彼は絡みついた私の腕をほどく。そして彼はゆっくりと体の向きを反転させて私の方へと向き直った。相変わらず、とても優しい目をしているのだけれど普段あげている前髪が全て下りているからかどこかいつもより穏やかな印象を受けた。どういうわけか不思議と時折入る「ノイズ」という名の北欧の記憶が割り込んでこない。
「ほら、もう一度そのふっくらとした唇で、中毒になるくらい甘い声で愛を告げてくれ。ああでもオレのことはアーチャーではなく真名で呼んでくれないか?」
低くて心地いい声が私の耳を撫でる。無骨な手が私の首を通って背中へと到達する。何かが弾ける感触がするのと同時に私は小さな声で、彼に向って言葉を紡いだ。
「好きです、愛してます。私を、私だけを見て欲しい程に……ですから、その、もう一度、もう一度私のことを、抱いてください」
震えながらの懇願。後半は恥ずかしくて目を伏せた。それでも彼は「ウィ」とだけ言って私の言葉を独り占めするかのように唇を重ねてきた。私はただ、歓喜する心を封じてそれを受け取った。
「覚悟、してくれ」
そして、再びのまじわりが行われる。甘くて、余計なものが塗りつぶされるような感覚が蘇る。私は再び甘くて深い愛に溺れて沈んでいった。
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