「痛くないか?」
「……あなたこそ、傷跡とか痛まないのですか?」
泡に溢れた湯船の中で私とアーチャーはちゃぷちゃぷとお湯の中に浸かっている。私の左腕は彼によってじっとみられていて、それが少しむずがゆく感じる。私の左腕の傷跡なんて見ても面白くもないのに、でもきっとそれは向かい側で浸かっているアーチャー体にある数多の傷跡をちらちらと見てる私も同類なのだろうなとぼんやり茹る中思っていた。
「ああ、これは痛むことはないなぁ。まぁきっとオレが傷つきながらも守ると決めたものは護るだろうという願いが体現されたものかもしれんし、それにこの傷跡自体とてもオレは気にいってるんだぜ?」
ずっと戦い抜いた感があって格好いいだろう? とへにゃりとした笑顔で彼はいう。そう言い切れる精神性自体とても羨ましくて、私とはほど遠い場所に彼はいると思い知らされるほどに眩しい。ああ、どうして彼は私なんかを好きになったのだろう。
「そう、ですか」
「ああ、でもオマエさんのこれは……本当に痛くないのかい?」
「痛くないです。元よりこれは私がつけた傷跡ですし、浅くつけてしまった跡ですからすぐ傷なんてふさがります」
事実、本当にこの傷は浅い。血は流れることはあるがそれもほんの少量だしバレないようにガーゼと包帯でどうにかしてるだけだ。本当に死にたいと願っていようとも傷は浅い矛盾。その矛盾に虫唾が走ったり自分自身への問い詰めが始まってしまうことはあるが、目の前の男はただ思いをはせるような目つきで私の傷跡を撫でていた。
「……今日、というよりしばらく新しい傷跡はついてないな」
「……はい、貴方とその、こういうことを……する時が、多くなった……ので……その……幻滅? されないように……」
「そうか、そうか」
肯定も否定もせず彼はただ私の傷後を見つめている。事実、彼と体を重ねる行為が多くなってそんなに自分自身を傷つけないようになった。ただそれは彼にいったように幻滅されたくないからという安直な理由ではあるが。それでもやはり、彼にとって私の傷跡が増えることがなくなったということは喜ばしいものらしく、その目がどこか柔らかいものであるということがそういったことを示していた。
「あの、その……やっぱり、安直でしたか? その、傷跡つけてない理由なんて……」
「安直じゃないさ、そもそも理由に安直かどうかなんてないからな」
ぐい、と彼は私の左腕を引っ張って抱き寄せる。ぴちゃんとお湯が跳ねて泡が浴槽の外へ飛び立った。そして、特徴的な傷のある彼の胸元へと引き寄せられ彼にもたれかかるようになってしまった。彼のぬくもりが、ごつごつとした筋肉質の体が私の柔い肌と直接触れ合ってしまっている。
「オレとしては、少し嬉しいさ。蒼が自分を傷つけなくなったという事実が。オマエさんはきっと嫌がるだろうけどそれでも、こうしてまだオマエさんといられるということが嬉しいんだよ」
「……うそ」
どくどくと私の心臓が早鐘を打つ。きっと彼の言葉は本当に心の底から思っている言葉であることは理解できるけど、それでもまだ信じきれない私がいる。ずっとこうして彼の胸に寄り添っていたいけれど、あれ、あつい、あつい。
「嘘じゃないさ。愛しい愛しいお姫様がここにきちんと存在しているということ自体が嬉しいし、まだ護れることがどこか誇らしいんだ、オレは」
あつい、あつい、あつい。そんなに熱を持った言葉を向けられちゃ、りせいが、はがれる。さいげんなくあいのことばをもとめちゃだめなのに。
「ほら、メートルの鼓動がとくとくと響いてる。これだけでオレは十分頑張れるんだぜ」
そっと彼の左手が私の首筋に添えられる。私が生きているだけで頑張れるというひとは目の前にいる。こんなこといわれるのははじめてで、ことばをどうやってかえそうかわからなくなるくらいとまどってしまう。でもきちんと、返さないと。
「……ほんとうに?」
「本当だ。オマエさんを思い浮かべるだけでオレは、強くなれる」
ちゅ、と彼は私の額に口づけする。薄い唇の感触がとても心地いい。もっと、もっと柔らかいそれが欲しくなってしまうなんて私ははしたない女になったものだとぼんやり考えてしまった。それに、そんな奇特な趣味があったなんて。ラブソングでしか聞かなそうな言葉を私のような取るに足らない存在に吐き出すなんて……どうか、してる。そしてもっとその言葉を求めてる私はどうかしているだろう。
「きっとオマエさんは否定するかもしれんが、少なくともオレにとっては事実なんだ」
「どうして、分かったんですか」
「ずっと蒼といるんだ。そうだろうなという検討はつくさ」
左腕を引っ張っていた彼の右手は私の腰へと回される。私の首に添えられた左手は私の後頭部へと移動して、優しく私の髪を撫でた。
「それでもオレは、オマエさんが楽になれるよう力を尽くすさ。いつになるか分からんがほんの少しでも生きやすくなれればそれでいい。躊躇いなく蒼が助けを求めることが出来ればそれでいいさ」
あまりにも、優しくて、心地いい。この後毒をあおられようとも今この時、彼にそう言われたということ自体とても、救われそうだと錯覚してしまう。
「……それならいくらこの体に傷がつこうとも構わんさ。多分オマエさんは止めるかもしれんがな」
「あ、あーちゃー」
思わずぎゅ、と彼の体に抱き着いた。どうしてそうしたのか分からない。ただ、こうしたかっただけ。私の肌に彼の体についた傷跡が引っかかる感触が少し心地いい。私の顔のあたりに彼の胸に付けられた十文字の傷跡があったので戯れに口づけをしてみた。ざらざらとしていて唇の皮が少しひっかっかる。
「随分と大胆なことをするなあ」
「……あ、す、すみません。つい、やりたくなって」
「いやいいんだ。むしろ安心したぜ、オマエさんがこういうことをするというのが分かったからなぁ」
ぽんぽんと私の後頭部をたたく。それがとても心地よくて、つい彼の顔を見上げた。そこには私のことを見る彼がいた。普段オールバックにしている燃えるような髪の毛はおろされていて幾分か普段より若い印象を覚えた。青空のような瞳がとてもキラキラしていてとても、綺麗。
「……メートル」
そして、どこからともかく口づけを交わす。普段の口づけよりとても熱く、ぐちゃぐちゃに舌が絡み合った感じがする。私の左腕の傷がちょっとだけきしきしと痛んだ。
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