今宵、飢えたもの

 葉巻、紙巻、煙管。
 サーヴァントがその類を楽しむ光景は珍しくなく、ましてや喫煙室ではそれらの情報交換をする光景もよく見かける。煙が行き交う密室で楽しむものもいればそれを限られた人間の前で楽しむものもいた。
 そして、最近やってきた男は寝台の上にて女の前でゆらゆらと紫煙をくゆらせている。
「主殿、まずは感謝いたします。こうして煙管を吸ってよしと言ってくださったことに」
「いえ、どういたしまして近藤さん」
 にこやかに微笑んだ後、すうと近藤勇は女にかからぬよう煙を吐き切る。それは無機質な空間の中で拡散しながら漂い始めた。
 多少着崩した着物に衿より覗くは白い肌にいくつもの傷跡。たくましい腕の先には金属の煙管。着崩した方から伸びる腕と煙管を持つ手先に浮かぶ筋。咥える大きく薄い唇。一挙一動に女の目はせわしなく視線を動かした。しかしそれに男が気づかない筈もない。
「主殿、どうかなさいましたか?」
 ゆらりと切れ長の目を女に向ける。
「なんでもない、です」
 女は慌てて目を背ける。そしてベッドから降りようとした時だった。煙管を持たない男の手で力強く細い手首を捕らえられた。
「視線がずいぶんと動いてらしていたもので。なんでもないはずがありましょうか」
 そのまま女は近藤の懐へと引きずり込まれる。男、ましてやサーヴァントの力に抗えるはずもなく有無をいわぬまま彼女は静かに囚われた。
「当てて見せましょう。この煙管が気になりますかな?」
 柔肌を撫でるような声で男は問う。口角を上げて見せびらかすように煙管を彼女の眼前に提示して吸い口を彼女の方に向けた。
「……正直にいうと、とても、気になります」
 女は口をぱくぱくさせて息継ぎしながら声を出す。僅かに頬を染めて男から目を逸らそうとしてもその男の醸し出す雰囲気で女はそれができない。
「左様でございますか。よろしければお試しになりますか?」
「いいのですか……?」
「吸い方は私でよろしければお教えしますよ」
 ほら、と近藤は彼女の手を取り煙管を渡す。先端で体温が重なり、女の心臓が跳ねた。
「よろしいですか、持ち方は―――」
 文字通りの手取り足取り。男の大きな両手が女の小さな右手を包み女の手はぎこちなく男に誘導される。じいと男の瞳は女の手元へ。呼吸を止めて女はされるままに男に手をもてあそばれている。
「これをこのまま、口に持っていくのです」
「は、はい」
「ああ、そういえば」
 女が震える手で煙管の吸い口を口元へと徐に持っていく。そのさなか近藤は思い出したような口ぶりで女にいった。
「私が口をつけたそれにあなたが口をつけるということを、当世では―――――」
 吸い口が口へと届くまであと三寸。
 男はその瞬間、静かに突きつける。

「間接接吻、というそうで」

「―――――――――あ、あなた、その」
 吸い口と口の間が広くなる。
「ご、ごめんなさい近藤さん。その、そういうことは考えていなくて私――――いや貴方のことは嫌いじゃないのではなく大好きですがその、心の準備が――――」
 吸い口と先を転換させて突きつけた男にそっと戻す。男はそれを受け取り煙管を丁重にしまい込んだ。
「いえ、申し訳ありません主どの。それを承知の上で吸われるのかと思いましたのでつい」
「頭の中に、なかったのです」
 こちらこそごめんなさい。と女は近藤の手を取り仕返しと言わんばかりに指を絡めようとする。しかし武骨な指は細い指からいとも簡単に逃げ出した。
「しかし、随分といけない指ですねぇ」
「ちがいます、つい、つい……」
「こら、逃げてはいけませんよ? ああ、その可愛らしい御口もほんの少しだけ塞ぎましょうか」
 男の言葉を聞いた女は目を瞑る。よろしい、とだけ近藤はつぶやき半開きの口に自身の左手の人差し指と中指を挿れた。
「――――ん、ふぅ」
「ほら、もっと素直になるのです。主殿はどうやら我慢癖がついているようで……ああ今は何も口にすることはできません、でしたね」
 女は無我夢中で男の手を掴み、咥内の指に対して舌で抵抗する。口の端からは唾液が垂れ、声にならない声も漏れだしていた。
「あ、やぁ……ん……」
「随分と口が寂しかったのですね、主は。言葉ではなく行動で示すとは……ですが」
 片方の手で女の手を払い、口から指を引き離す。舐めまわされた指はてらてらと液体で輝いていた。
「言葉が必要になるときもありますよ」
 着物の袖で指をぬぐい、両手で彼女の体をゆっくりと押し倒す。
 長い髪は彼女と彼を世界から分かつように覆い、耳元を声で撫でた。女は縛が解かれたかのように身じろぎして男の背に手を回した。
「主殿。貴女は何がお望みですか?」
「がまんを、わすれさせてください」
「わかりました。では―――お覚悟を」
 大きな口が、小さな唇を捕食する。
 我慢は、その瞬間失われた。  

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