青眼視感

 中国の故事によると竹林の仙人たちは好ましいものがやってくると青い目で出迎えて、好ましくないものがやってきたら白い眼をして追い返していたらしい。これが現代になって青眼視、白眼視というようになった。であれば今私が思っている人は常に青い目であるが彼の場合は基本的に人を好ましいものとして見ているということになるのだろうか? 否、悪鬼外道の類は叩き潰すと北欧の彼はいっていたが前に私が悪いことをしたら絶対に連れ戻すと言っていた。であるならば私は彼にとって好ましい人なのだろう。根拠のない自信ではあるが。
 しかし、本当に好ましくて望ましい関係であるならばきちんと素面で言いたいことを言えるものではなかろうか? 私の場合は精神的な壁が非常に硬く、よほど理性とかそういう類のものが崩れない限り思ったことをいうことはなかった。そして今、私はその思ったこと……というより些細なお願い事を言えない状況にいる。今の状況がよくわからなくて、そして病み上がり――熱中症から回復したばかり。頭はまぁ回るようにはなっているが通常時より少しだけその速度は遅い状態だ。
「メートル、ああ、オレのメートル」
 低く甘ったるい声が耳を撫でている。軍服に包まれた逞しい手が私の腰を抱えていて、わさわさと体の上を這っている。ちゅ、ちゅと耳元を食まれたり、私の唇に彼の指が乗せられていたりしている。脱出しようとしても私は今、ベッドの淵に座っている彼の上に向かいあうようにして座らされているために逃げようにも逃げられなかった。
「んっ……その、あの、えと……」
「どうしたんだい?」
「貴方は私をこうしているわけですが……まんぞく、しているんですか?」
「そりゃ満足しているさ。良い女に触れて、愛でて満足できないわけがない」
「でも私、恋愛経験とかそういう類のものは貴方以外ないんですよ……」
「沢山ある女も、全くない女もそれぞれいいところがある。それに婚約者がどっちであろうとオレにとっては些細なことさ」
 ちゅ、と私の頬に口づけをする。間近で見る彼の瞳はとても澄んでいて綺麗で、ずっと見ていたいけど醜い自分の姿を鏡で見ているような気がしたのでそんなに長く見つめることは出来ない。いくらメイクを施そうとしても装いをよくしようとも中にある醜悪さと陰気臭さは隠すことは出来なくて、自分を愛でているアーチャーに時折申し訳なく感じてしまっていた。それでも愛する人に抱かれていたい、愛でられていたいという欲は消えることなく、ただ私は今の状況を甘んじて受けいれていた。
「オレはただ、オマエさんを愛することが出来ればいい」
 ほら、と顔を向けられる。唇をふにふに触られた後、ゆっくりと彼の顔が近づいて行って、ちゅ、と唇を重ねられた。常に彼は葉巻を愛用しているからか甘くてどこかスモーキーな味がする。何度も何度も啄むようにしてその唇の味を堪能して、頭がくらくらしてきた。なんかむず痒いので体を少しだけ揺らしてみたらすでに彼の股間の大砲は熱くなっていた。うそ、彼、私なんかに欲情しているんだ。
「……ねぇ、アーチャー。何度も聞いてることだけど、どうして貴方は私を……選んだのですか?」
「放っておけなかった。一緒に過ごすにつれてわかったことだが真面目で根は善良だが自分自身が嫌いな女とみた。しかもそれを覆い隠すことが上手くなってしまっているときく。放っておいてくれとせがまれても見過ごせねぇよ、これは」
「……」
「それに、オマエさんは自分でどうしようとあがいているだけでも立派だ。見た目がどうであれ、オマエさんがどうであれ蒼は蒼だ。オレは、蒼を愛すると決めたんだ」
 ぎゅー、と体を抱きすくめられる。熱が私の体にいきわたる。
「私、素面で言いたいことが言えない悪い子なんです」
「知ってる」
「お酒とか、病気になってるときとか、あとふわふわしてるときじゃないと言えないんです。信じてもらえなさそうなタイミングで本音をいってしまう方なんです」
「理性が硬すぎるんだよなあオマエさんの場合は」
 深い口づけの合間に、些細な懺悔をする。とろとろ、どろどろと熱が重なって溶けていく。舌が絡みあって唾液があふれ、私の腰は彼のものに縋りつくようにして動いている。それに気づいたのかナポレオンさんは私の服をキスしながら少しだけ乱暴に剥いでいった。
「あぁ……んふぅ、あ……」
「だからこうして、丁寧に剥いでやらにゃあいかんよな」
 私の体が露になっていく。コートも礼装もブラジャーもはぎとられて今彼に跨っている私はボトムスだけ着ているという滑稽な姿だった。俯こうとしてもまだ口づけが降ってくるので俯けない。優しい瞳で私を見ているがその奥はとてもギラギラとしていて獲物を狙っている狩人のよう。そんな狩人さんがゆっくりと口を開けて私の耳元に言葉を注いだ。
「かといってオマエさんだけ剥ぐのも不公平だからなぁ……そうだ、折角だしオレの服を脱がせてもらえないか? メートル」
「そんな、わたしにはできませんよ……」
「いや、出来るさ。まずは……こう」
 私の両手が彼のサッシュにかけられる。どうやらまずはこれを剥がせろというのだろう。彼がかつて纏っていた権威、威光を示すものを私に外してくれと頼むなんて恐れ多くてできそうにない……が、私が求めているものかもしれないものを手に入れるためにはそうしなければならない。どうしようかと考えながら彼のサッシュを触っている。
「そう、その手を上にあげるんだ。まずはそこからだ」
 促されるままにサッシュを握りしめ、上へと恐る恐る上げてみる。服を脱がすのではなく装飾品を外すだけ。それだけなのに何故かそうするのを躊躇ってしまっている。彼の顔を見るとにこにこと子供を見守っているような目で私を見ていた。
「恥ずかしいかい?」
 こくり、と彼の言葉に相槌を打つ。そうしたすぐあとに彼の手が私の手首をつかんだ。
「なら、こうしてと」
 するり、と私の手を上げさせる。サッシュは彼の体から離れてベッドの脇に落ちた。その間もなく彼は手を放して胸についてある自分の勲章を外してベッドの枕元に置く。
「これで、オマエさんの手によってオレはただの男となった。さあ、その白い手でオレのジャケットのボタンを外してくれ、マドモアゼル?」
 な? と眉毛をハの字にしてほんの少しだけ荒い息を共に彼は言う。瞳はさらに光を増していて、私の足の付け根には大砲が布越しにこすりつけられていた。ほしい、かれの砲撃がとてもほしい。でも脱がせないと貰えないのだろう。こんな私でも好きな人と夜を共にできるのだ。例えそれが、お情けであろうとしても――この時を逃すわけにはいかない。
 意を決して目をつむる。そして指でホック部分をなぞり、緩めて、外した。ふう、とかいう彼の感嘆が聞こえてきて心臓がうるさくなったが今はそういうことを気にしている暇はない。
「たまにはこういうのも悪くないな……」
 何か聞こえてきた気がするが耳を貸すな。ジャケットのホックがすべて外されて次はジレ。ボタンが大きいので触るだけでだいたいの位置が分かった。ボタンが外れないように一つずつ、確実に外していく。逞しい胸筋が心臓の鼓動とともに動いているのが感じられる。触りたくなる衝動を抑えつつ、すべて外した。最後は白いシャツ。小さい上に数も多いので目を開いて外していく。距離が近い上に息がかかる距離にいるので何か動いたら直に私に影響がくるので心臓が持つかどうか不安になってきた。
「まるでスパイ映画の一幕のようだな、オレたちは」
「貴方が主役で、私はそのすぐ死ぬモブですかね……?」
「違う」
 ボタンは全て外された。それを確認した彼は袖からするりと服を脱いだ後で私を彼の腿に跨るようにして膝立ちにさせた。彼の手は私のスカートを下着ごと掴んでいる。
「ヒロインだ。それもハッピーエンドのな」
 そう言い終わると同時に、勢いよくスカートが下ろされてしまった。すーすーと空調が私の敏感なところを撫でていて、とろりと内部からしみだしてきている。
「――っ!」
 せめて前を隠そうとしたけれどそんな望みは砕かれた。すぐに彼に腰を下ろされて直に私のあそこが彼のまたぐらに当たる。そして密着するかのようにして抱きしめられ、足から私の下着たちが外れた。
「ほら、メートル。オレの目を見てくれ」
 頤を上げて、彼の顔を見上げる。そこにはいつも通り残酷なまでに優しくて、綺麗な瞳を持つ彼がいた。どくどくと体が熱い。これからやることはわかっているはずなのに、いつまでも最初にしたときのような気恥ずかしさがふつふつと湧いてきている。
「……はい」
「そうだ、その顔だ。いつまでも初めての夜を迎えるような顔をするところ、興奮するぜ」
 ちゅ、と深く甘ったるい口づけが落とされる。そして私たちは絡みあった。

◆◆◆

「あぅ……っ、あ、いやぁ……はぁ、す、しゅき……」
「ったく…その声本当にいいな、もっとさえずってくれ、このオレのために……!」
 気づけば互いに生まれた姿のままになり、対面座位のまま愛におぼれていっている。ぐちゃぐちゃ、ずぶずぶと下の口は大砲を咥えていてミルクは溢れ出している。ナポレオンの前髪は落ちているがその栗色の隙間から覗く青い光がちらりと見えるたびに何かわからないものが私の背筋を走った。
 何度いったかわからない。何度噛んだり噛まれたりしたかも数えていない。私が声を出そうとしても出てくるのは言葉にならない声ばかりで、彼はまだ言語化できるだけの余裕がある。サーヴァントの体力は本当に、底なしだ。
「わたしのこえなんて、そんな、きれいじゃない……」
「きれいもなにも、オレがききたいんだ……っ!」
 ぎゅ、と私の胸の突起がつままれる。すでに何度も彼に弄られた故にそこに触れられたら何かがはじけてしまいそうになっている。故に――この状況下でそんなことやられたら、ますますわたしはとけてしまう。
「やだ、あーちゃー、すき、すき……っ」
「とろとろだなぁ、めーとるは。本当に食っちまいたくなる」
 そういって彼はがぶりと私の首筋を噛んだ。何度も何度も愛のあかしをつけられているところに、また一つ新たな印がつけられる。痛みが甘くて、彼のものになっているという現実がうれしくて何度もつけてと願ってしまうくらいには、中毒だ。私はお返しに彼の胸元にキスマークを頑張ってつけた。
「そういうこと、どこで覚えたんだい?」
「……自分で、覚えました。だめでしたか?」
「いいや、よく出来ているぞオレのかわいいマドモアゼル」
 怒られる、そう思ったら褒められた。しかも頭を撫でられるという行為付きだ。私はそれがはね飛びそうなくらいによろこぼうとしたけどいまはそんなことするくらいの余裕はない。
「まどもあぜる……まどもあぜる……ぅ」
「ならもっと言うかい? Je t’ adore, moi fiancée.」
「なんて、言ったの……?」
「オマエさんにくびったけだ……」
 ずん、とその言葉と同時に大きな大砲が私の中で大きくなる。また私のこころが破裂しそうで、怖くて思わず彼の胸元に縋りついた。
「こまるの……、うれしくて、どう返せばいいのかわからなくなっちゃうの……!」
「素直にそう言えばいいんだよ、メートル」
 どくん、と私の心が脈打った。ぐちゃぐちゃになってる心となかがさらにかき乱されそうになる。すなおに、いってよかったんだ。色々熔けている今なら言えそうだ。
「ありがと……すき、だいすき……虹のような青い瞳、だいすき……」
 ぎゅー、と快楽を閉じ込めるために縮こまる。ナポレオンが私を抱いている。名前がどうこうは関係なくてただ、好きな人が私を抱いているという現実自体が、夢のよう。空気を求める魚のように上を向く。快楽に顔を歪ませている彼がいた。顔を互いに近づけて、何度目かわからないフレンチ・キスを交わす。息は絶え絶えになってはいれども、私を抱きしめている逞しい腕の力は衰えることはない。
「あ、すき、だいすき……っ!」
「オレもだっ、メートル……!」
 ぴたりと唇と唇がかみ合った。何かがはじける感じがした。堪えて、声にならない声で体を駆け巡る感覚に溺れていく。あつくて、どろりとした何かがそそがれた。すきなひとのものがわたしのなかに取り込まれていく。
「―――っ!」
 私の背中を抱きしめている腕の力がさらに強くなった。逃がさないと言わんばかりに私を固定している。すきだ。この手の力と逞しさ、そして――彼の持つ熱が。彼の熱があれば、私の中の地獄はマシになるのかもしれない。
「……あぅ、あ、あぁ……」
 唇が離される。唾液が私たちを繋いでいる。何度も味わった甘い絶頂は私からまともな思考回路を麻痺させていて、普段言わないことを言おうとしたりやらないことをやろうとさせる元凶になっていた。疲れのあまり彼の体にもたれかかると彼は腕の力を抜いてよしよししてくれた。
「疲れただろう? ほら体綺麗にするからまずは立てるかい?」
「うぃ……」
 大きな手が私の腰をつかむ。それを支えにしてゆっくりと彼のものを抜いた。栓を失ったそれは私の中からどろりと混じった液が零れ落ちていく。
「沢山したなぁ、オレたちは」
「たくさんの、たくさんの……」
 よるのまぐわい。私たちはそれをした。たくさんした。今までもたくさんした。色々意見があるというのは知っているが沢山それをしたということは、私にとって一種の充実感をもたらしている。それにこういう時でないと私は自分が抱えている本音を言うことができないのだ。しかしいくら普通ではない状態で言葉を言おうともそれを信じられるかというとそれは別問題であり、普通ではない状態でいうことは基本的に信じられるものではないということは一般的である。故にこの場でいう私の言葉は本当じゃないと彼にとらえられているのだろうか。逆説的にいうと今、この場で言えば私の言葉は真剣にとらえられることはないかもしれないため、今思ったことをいう好機だ。
 汗と液にまみれた私の体を彼が濡れたタオルで拭っている。ふわふわとした考えの中、私は常々思っていたことをぶつけてみた。
「……こういうときのことばって、貴方はどう思っているのですか?」
「言葉、ねぇ……」
 いつも通り眉間にしわを寄せて低い声で唸る。暫くしたのち彼はいつもの太陽のような笑顔に戻り、こういった。
「普段と同じさ。本当のことだと捉えているし、こういう時だからこそ言えることってあるんだろうよ」
「えーと……それは」
「それが助けを求める声ならそれに応じるまでのことさ」
 ああ、なんという男だろう。
 いつも通り求められたら答えて、困った人を見たら助けるという。なんて英雄的で、私から程遠い。私のような素直に物事を言えるはずもなく、本心を覆い隠す癖のある悪い子に対しても同じだなんて。ありえない。未だぬぐえぬ嫉妬心を明かしていようとも私と付き合っているなんて、きっと面倒だからそうしているのだろう。
「……あなたは、私が求めたら何でもするというのですか?」
「オレはナポレオンだ。不可能なんてものはないぜ」
「そう、でしたね」
「ああでも――場合によっちゃあ断ることもあるさ。オマエさんのためにも」
 体を起こしてバスローブを着せられる。左腕に彼の手が触れた。未だに傷跡がひりひりと痛んでいる。変色したまっすぐな跡が無数にあった。
「……わかっています。きっと令呪で命じても反抗するのでしょうね」
「まぁな」
 また私はベッドに寝かされる。傍らには私と同じバスローブを着た彼が布団の中にもぐりこんだ。優しく彼の方に抱き寄せられて、私の目の前には青い瞳が輝いている。
「愛してる、オレだけのメートル」
 ぎゅ、と優しい抱擁をされた。暖かくてじんわりするものが広がっていく。せめて、夢がさめるまでは彼の青い目を見ていたい。そう願いつつ私はゆっくりと眠りに落ちていった。
 いつまでも歩みだすことが出来ない私を呪いながら。

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