煙に巻く

「これが、葉巻」
 ぷかぷかとマイルームに煙が浮かんでいる。その火元をみると太くて燻っている葉巻がそこにあった。葉巻の主は今現在誰かに呼ばれているためここにはいない。普段から彼が大きな口で咥えては味わっているそれが今、目の前にある。スペイン産の葉巻には鷹のエンブレムが付いていて、この持ち主は誰かということを明確にしていた。
「へぇ」
 慎重に灰を落とさないように気を付けながらゆっくりと片手で持ち上げる。煙を体の中に直接取り込む、なんてことは何故かできそうにないのでいつものように漂っている煙を吸ってみた。少しだけ呼吸器がつまるような感じがしたがさほど気にするようなことではない。むしろ、愛する人の腕の中にいる時を思い出すような多幸感が私の脳を支配している。愛する人のにおい、煙、いつも愛用してるもの。口に含んで間接キス……なんてことは出来そうにない。そもそも私はタバコを吸ったことすらないし何故か吸う気力すらないのだ。故にこうして火のついている葉巻をもてあそぶくらいしかできなかった。
 葉巻の煤は中間くらいにまで侵食している。ぽそぽそと煤が落ちる中、気まぐれでその煤に触れてみた。何故か不思議と熱くなかった。既に火はそこになかったらしい。ふと、私は火のついている葉巻の先端を確かめてみた。まだ火は残っているらしく煙がまだ残っている。
「あ……はまき、たばこ、そういえば」
 根性焼き。一つの単語が浮かぶ。タバコの火のついている面を自分の肌に当てて焼き付ける行為。あとはとても痛々しいけれども、その痛みすら今は感じられそうにない。もし彼が怒ったときや不機嫌な時にはそれをするのかなと恐れていたけれどそれをする気配は一向にない。彼の気質からか、我慢しているからか、それとも本当にしたくないからか。その葉巻の主がいない今はどうでもいいことではある故に私はいったん葉巻を置いて自分の服の袖をまくった。数多の切り傷の跡がじっと私を見ている。葉巻の先端を私の左腕の内側に向けて、じりじりと近づける。その時だった。
「メートル? もしかして葉巻の火を消そうとしていたのかい?」
 聞きなれた声が、ここ一番で聞きたくないタイミングで背後からした。
「―――あ、は、はい。念のためといいますか」
 慌てて葉巻を葉巻置きに戻す。すでに火は消えていたのか煙の量は少なくなっていた。まずい、自分が何をしようとしていたか暴かれてしまう。大急ぎで服の袖を戻し、何事もなかったかのようにして一先ず煙をまいた。
「すまんな、メートル」
「迷惑、でしたか?」
 いつも通り、振り返って彼の言葉に返事をした。張り付いた笑顔でいつも通りのやりとりをする。少しだけ心がちくりと痛んだがいつものことだ。こんなことは。
「いいや、迷惑じゃあなかったぜ。たまーに忘れるからなぁオレ」
「せめて、火は消してくださいね?」
「ダコール」
 そういうと彼は私の左腕を取って体を引き寄せた。ほんの少しだけ安心したような笑顔を見せたのち、まるで私がいることを喜ぶかのように抱きしめた。さらに、胸の痛みがひどくなった気がした。

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