「おはよう、メートル。見てくれよ、今日もいい朝だ」
男はベッドの傍で寝ている女を揺り起こそうとする。だが女は一言も言わず、ただ布団の中に体を埋めているだけだった。
「メートル……?なあ、こんなにあんたは寝坊助だったかい?」
しびれを切らした男は、布団を剥ぐ。それでも女は無言で微動だにせずただ男をじっと見ていた。
──手入れされた黒髪、宝石のように輝いた目、真一文字に結ばれた口、人工物で出来たような肌、そして綺麗に着飾られた服。その容貌はまるで生きたまま人形になったようで、男はまるでそれを恋人のように丁寧に接するように抱え込む。
「ほら、メートル。今日も……綺麗だ」
そっと男は頬にキスする。女はそれを身じろぎせずに受け入れた。
「なあ、本当に、何も言わないんだな、あんたは」
抱え込んだ女をダイニングルームへと運び、椅子に座らせる。まるで幼子のようにお行儀よく姿勢を正させる。
「さ、メートル。朝ご飯の時間だぜ?今日はメートルの大好きなかぼちゃスープだ」
一言も言わない、何も口にしない女はただ目の前に座る男だけを見つめている。
「なあ、メートル。そんなに見つめて何が御所望かい?」
「メートル、だがじっと見つめるその目、宝石のようでオレは好きだ」
「ああ、どうか返事をしてくれよ、メートル。オレはあんたのそのさえずるような声が聴きたいんだ」
「これはあんたの願ったことなら、オレはそれを肯定したいところだが……どこかが違う、そういう気がするんだ」
「オレはあんたの願いに応える英霊だった。今でもオレはあんたの願いに応えたい。だが……だが」
押し殺すように男は女に語り掛ける。壊れたスピーカーのように、男は縋り、目を背けずにただ女に語っていた。
「この世界は、本当にメートルが望んだ世界なのか?なあ、答えてくれよ」
「人形のように愛されたいからって、本当に人形になっちまうなんて、空しいだろう、メートル……」
◆◆◆
どこかの聖杯戦争にて。女は勝ち残った。自分は手を穢さず、ただ粛々とマスターを人形で始末し、サーヴァントは彼女のサーヴァントが駆逐。汚染されていない聖杯を獲得し、願いを叶える権利を人形遣いは得た。
「ねえ、アーチャー。勝った、勝ち残ったよ。私たち、願いを叶えることが出来るのですよ!」
「メートル……オレは、信じてたぜ。あんたが勝ち残るのをな」
「いいえ、これは私一人ではなしえなかったことです。陛下が力を貸してくれたからです」
女は、自らの細い手で男の武骨な手を取る。覆いきれないものの、確かに彼女は男の手を包んで、そして優しく微笑んだ。男は、それに応えるように言って見せた。
「さて、願いを叶えるときだ。メートルは、何を願うんだい?」
「先に、貴方が叶えてください。私はその後で十分ですし、なにより貴方がいなければこれは成し遂げられなかったのですから」
男は、それを聞いて意を決して自らの願いを宣言する。
「オレは、メートルとずっと一緒にいたい。だから、受肉したい。可愛らしいメートルと、苦楽を共にしたい」
アーチャーの言葉を聞いた女は、憂いを帯びた目から瞬時に怒りに満ちた目に切り替わる。
「アーチャー、その言葉は如何なる時でも言わないと約束したはずでしょう……!」
繋がれた手は振り払われる。男は再び繋ごうとすれどその手が届くことはない。
「メートル、あんたは最後まで……」
「嗚呼、こうなるのならあの時令呪で縛っておけばよかったものです。」
心に植え付けられた呪い。かつて女は外見に関する悪口を言われた故にそのことが今でも消えることない傷となっている。それは賛美でも礼儀ではなく最初にアーチャーと出会った時に彼が彼女に対する容姿の賛美をしたときはあわや仲間割れとなってしまった。彼女はその時令呪の行使を検討したがそれは後々のことを考え取りやめ、”お願い”として二度と容姿に関することを言わないと約束させたのである。
そして今、無意識とはいえトラウマのスイッチが入ってしまった以上もう止まることはない。
「もう、私はその言葉を聞きたくない、君はその言葉の裏で醜いとか、もう顔を見たくないとも思っているでしょう?」
「違う!オレは……」
「黙れ!」
「メートル、オレは一度もそのようなことを思ったことはない!だからどうか……」
「──嘘だ!」
「オレは! メートルのことを愛してる! 最初に言ったが、オレはあんたの全てを──」
愛しぬく。だがその言葉は一歩届かずことはなく女はまるで舞台で演じるかの如く願いを叫んだ。
──ああ、どうかお願いです。私自身を、人形にしてください。私はただ彼に愛されたいのですが、もう二度と私に対する賛辞を聴きたくないのです。何も感じたくないのです。もう二度と、もう二度と、地獄の日々を思い出したくないのです。あの、忌まわしい言葉を聞かずにすむようにどうか、どうか──
◆◆◆
そしてナポレオンは自身が受肉したことを自覚した瞬間、愛する人を探した。だが見つかったのは瓜二つの球体間接人形だけ。男はそれをまるで人間のように愛している。毎日髪の毛を梳かし、家の中を歩き回り、時折夜の街を人形を大切に抱えたまま徘徊する。
時折綺麗な服を着せては物言わぬ女にキスをして愛でる。彼自身、このようなことは何処か異常だと感じていたが、宝石の瞳を見るたびに、そのようなことはどうでもいいと思えてきた。
「メートル、あんたが容姿を罵られた過去があるから、それに触れるのは駄目だと教えてくれたことがあったよな」
朝食を済ませ、ナポレオンは女を抱えて暗い作業場へと移動する。
「オレは、その呪いを解こうとしたかった。オレから見れば、あんたは十分可愛かったし、綺麗だ。だが、結局解けなかったな」
人形に向けられた男の無念。それは、愛する人は望んでいないもの。それを我儘と知りつつも、男は諦めきれていないままだった。
「オレはあんたの願いを叶えるために存在する英霊なのに、結局はそれも出来なかった」
「なあ、オレはあの時どうすればよかったんだ?メートル」
器用に服を脱がせて、プリンセスラインのドレスを着せてやる。純白で、無垢で飾り気のないシンプルなドレス。何も言わず、ただじっと人形は成すがままにされている。
「……ああ、あんたは何を着ても綺麗だ」
そして、ナポレオンはそのまま人形を抱えてベッドルームへ連れて行き、彼女をベッドに寝かせる。
「オレは、もう行かなくちゃいけないんだ。神父が待っているからなぁ……。ひとえにこのようなことが出来るのは、オレの単独行動スキルがあるからというのもあるがな……」
額にキスをして、重厚なドアを開ける。引き留める細い腕もなく、いってらっしゃいの声もない。
ナポレオンは、そしてまた聖杯戦争の日々に身を投じることになり、ただないものに縋る日々は繰り返されていった。
◆◆◆
──妙な夢を見た──
──確かに、私は望み通りの愛され方を得た
──だが、肝心の思い人は哀し気だった
──だが、それすら感じることもなかった
朝の光で、一人の女が目覚める。そして、自分の指が動くことを確認して、先ほどの光景は夢であることを認識した。
「……人形、か」
愛する人が傍にいるが、それを自身は認識しない毎日。侮辱にあたる言葉を聞かなくていいのは素晴らしいが、どこか違う日常。それでも、女は自らの願いを否としない。
壊れたように自分を愛する男は、他のマスターにつくことになっても愛情は真っすぐに女に捧げていた。それが、他でもない自分であっただけのこと。
「アーチャー」
ふと気になって、彼の名前を呼んでみる。かといっても真名だと誰かに聞かれるかもしれないためクラス名で。
「メートル、どうかしたか?」
その瞬間、一人の屈強な男が女の傍らに現れる。女はそれを認識して彼に一つ問うた。
「もし、私が人形になったら?」
今日の夕飯を尋ねるように質問された事柄。ナポレオンは少し考えて、答えた。
「変わらず、メートルを愛し続けるさ。だが少し寂しくはなるな」
女は、その答えを聞いてどこか安堵した笑顔を見せた。
「そっか」
女はベッドから立ち上がり、キッチンへ足を運び紅茶の準備をする。そして、夢と変わらない朝を過ごした。
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