無知ゆえの安堵

「お願いだから、もう二度と私のことを可愛いとか言わないで。また云ったのなら今度こそ自害、命じるかもしれないから」
 そう釘を刺されて早数日。オレはどうにか彼女の顔を褒めたかった。しかしオレに自害を命じさせるほど彼女の容姿に関して言及を避けろというのならきっと彼女なりの事情があるのだろう。それにオレが自害させられてしまったら、彼女に愛を告げることもなにもかもできなくなってしまう。故にオレはそのような事態を避けねばならないのだがそれでも、彼女はこれと決めた女だ。愛を告げずにはいられない。どうしても、彼女が「ウィ」というまで伝えたいのだ。
「ああ、どうすればいいんだ」
 どうしようもなくなって、オレはどういうわけかふと彼女に呼ばれたときのことを思い出す。確か、あれは――――そうだ、彼女はあの言葉を知らなかったんだった。
「その、事あるごとに何故貴方は抱こうとか言ってるのですか?」
 確かその後少しだけ気まずい雰囲気になったというのは鮮明に覚えている。思い返せばメートルの意味も解らなかったか。
「そういえば、メートルは最初、ダコールの意味も解らなかったな……」
 そこから導かれる結論は一つ。彼女はフランス語が分からない。それならまだ彼女に愛を囁くことが出来る。そうだ、その手があった。我ながら盲点というやつだオーララ! 分かったなら善は急げ、すぐにオレはメートルの元へ向かった。

◆◆◆

「……アーチャー、何か用ですか」
 相変わらずどこか美しくもどこか諦めたような柔和な笑み。今すぐにでもその笑みに触れて、大切に……いいやそうするためにやってきたんじゃあないだろオレ! ここでうっかり言ってはいけないことをいってしまったら最悪な結末になってしまう。ここは察せられることなく独り言のように、そっと聞こえるか聞こえないかの境界線に立つようにオレは呟く。
「……Ma petite chérie.」
 真夜中の様に青い瞳がオレの方を向く。聞こえたようだ。さあメートルはどんな反応をする?
「……私の家に小さいシェリー酒なんてありませんよ。冗談上手いのですね」
 ふ、とぽつりと彼女は返す。
 大まかな意味は分かったが「オレの可愛い人」という本当の意味までは伝わることはなかった。安堵すべきといいたいところだが彼女の無知を利用したという罪悪感がオレの胸をちくりと刺した気がした。

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