白い雪が静かに降り積もり、街のすべてを覆い隠そうとしている。繁華街から少し離れた小さな路地裏にて女は地に積もった雪にざくざくと靴の跡をつけている。ふう、と白い息を吐いて空を仰げどただ月も星も出ていない空しかなかった。嗚呼とも言わずに女は前に向き直り無言で再び歩き出そうとした時だった。
「メートル」
低い声が彼女の耳をなでる。眉を微動だにせず女は仕組まれたかのように「アーチャー」とだけ呟いた。
「こんなに雪が降っているのにあんたは薄着か……。大丈夫かい? 早く戻って温まった方がいい」
「気遣いありがとうございます、アーチャー。でも私は大丈夫です。ただ、一人で歩きたかっただけですし私は人形ですからかぜをひくわけありません」
後ろから男の腕が伸びて彼女に覆いかぶさるかのように抱きしめる。それに寄り掛かることもなく女はただ男のために抱き枕に徹していた。
「でもな、あんたは魔術もぬくもりもあるだろう? それに―――」
愛する人形を大切にしない者がどこにいるか、と言いかけるも男はすぐにその言葉を心の中で否定する。
「―――婚約者だからこそ大切にしたいんだ」
「人形に婚約者、だなんて。随分と面白い冗談を」
言い放つのね、と言いかけたところで男は腕の力を少しだけ強くした。突然のことだったのか女ののどから小さな悲鳴が飛び出してくる。
「冗談じゃあない、オレは本気だ。アンタに召喚されたその瞬間からメートルの存在がオレの心に火をつけちまったからさ」
「でも、でも、綺麗な女性と遭遇したら、貴方隙あらば仲良くなろうとしたりナンパとかしてるじゃないですか」
「一種のあいさつのようなものさ。だがオレが婚約者と定めたのはメートル――千代だけさ」
は、と女は息をのむ。それを当然男は見逃すはずがなく畳みかけるように耳元でささやいた。
「だからこそ、正直にアンタの望みを言ってくれ。愛しい愛しい千代の願いなら叶えよう」
ぎゅ、と男は女を抱きしめる腕に力を入れた。そこに女がいることを確かめるように。降る雪はさらに量を増しており、まるで世界から切り離された箱庭のようだった。
―――願いはあるけど、あるけど
あ、ああ、と軋むような声を女は漏らしたのちに女は唇を噛む。されど声が言葉の形になることはなくただ男の逞しい腕にそっと手を添えることしかできなかった。
「ごめん、なさい。まだ言えないのです」
「そうか、なら落ち着いたころに云ってくれ」
しんしんと白い雪が変わらずに降り続く。そして時刻を知らせるための鐘が低く、響き渡った。
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます