「やあ、お姫様。今日もまた一段と……」
「これ以上甘ったるいうわ言を言わないでください。孫市さん」
依頼終えた後の帰り道、二人は本拠地へと向かう途中、いつものように山道でじゃれ合いのようなものをしていた。孫市は慣れたように女の細い腰に手を回すが、それを女は払おうとした。しかし何回も回されては流石に辟易したのか、もうあきらめたように手を払うのをやめた。
「今はそういったことをしてる場合ではございません。それに、そんなことして楽しいのですか?」
「楽しいも何も、全てあんたが愛しいからこそ、しているのさ。ほら、素直になりなって……」
「っ! これ以上、何も言わないでください……」
顔を赤らめて女はそっぽを向く。慣れたようで未だ慣れないくらいにむせ返るような睦言を拒絶し、孫市とおなじ調子で歩んでいく。だがこの女の様子は孫市にとって逆に男心を刺激するようなくらい愛おしく、さらに何かしてあげたくなってしまうくらいだった。
「……なあ、こっち向いてくれよ」
「貴方のことですから、何かやらしい言葉でも言うのでしょう?」
「しないって。そういうことをあんたの耳元でいうのは閨でだけだぜ?」
「――――何も、言いませんね?」
「ああ」
孫市の答えを聞いて、女は恐る恐る顔を男の方に向ける。飾り気のない厚い唇が言葉を紡ごうとした時だった。薄くて、少しだけざらざらとした男の唇が女の唇に重なった。触れるだけでそれ以上深くなることはなかったものの、女は目を見開いて男の方を見ていた。
「――――んぅ」
しばしの沈黙、のち唇は解放される。一つの刹那が、非常に長い時間に感じられた。へにゃりと目の前の犯人が微笑み頭を撫でる。
「ままっまままっま、孫市さん……!」
「悪い悪い、つい、可愛くて……な」
その後、乾いた音が空虚に響いた
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