たった一人

「余所見をしないで」
 そんな一言を言うべきではないと戒める私がいる。しかしその私すらも疎ましい。ただ私は愛する人に他の子の名前を呼んでほしくないだけなのに、そんなことは無理だと諦観している私がいる。挨拶代わりのナンパをする男には出来ないことだ。それだけならよかったのだが、彼の胸の中にはどういうわけか他の子のことが残っているらしい。異聞帯の記録を見せないようにすればよかったのかもしれないが、或るサーヴァントを救うために彼が知るということを決断したのなら止めることは出来なかった。その救いはきちんとなされたらしい――が、むごたらしい嫉妬は私の心を順調に侵食していってる。今はそれを止めるのに精神力の大半をまわしている状態だ。
 当初の予定では全部隠し通していい子のままでいるつもりだったが紆余曲折あって彼にばれてしまい、そして「ありのままでいい」と言われる始末だ。ありのままでいたらきっと際限ない我儘で貴方に迷惑をかけてしまうから、ずっと我慢はしている状態だ。だから私は、ありのままでいることは出来ない。その代表格が「他の子に余所見をしないで」だ。
「難しいこと、わかっているから」
 うだうだと考えながら誰もいない廊下を歩いていく。深夜だからか夜番以外のスタッフは軒並み寝ており夜遊びが好きなサーヴァント以外はだいたい反応がない。その方がかえって都合がよかった。自分の思索にふけるだけの邪魔はない。
 適当にラウンジへと入ってみる。やはり誰もおらず、適当な酒の瓶を手に取っていっぱいだけ飲んでみた。きらめく琥珀色の液体を喉に通す。アルコール特有のやける感覚はせず、スモーキーですっきりとした味わいが口の中に広がった。よくみると青いラベルのウィスキーだった。このノウム・カルデアはやけに気前がいいことがよくわかる。
 そしてそのウィスキーを何杯も飲んだ。思考が蕩けてきて、今なら普段言えない独占欲を口にできるような気がした。
「――あーちゃー、私の、騎士様」
 うわごとのように呟いてみる。するとすぐに霊子が収束する気配がした。そしてきらきらとしたつぶは愛する人の形になっていく。
「呼んだかい?」
「うん、よんだよぉ」
 低く甘い声が耳を弄る。私の右肩に彼の手が回され、ぐと彼の胸元に引き寄せられる。開いたウィスキーはいつのまにか封がなされていた。
「捕まえた。こんなにとけるまで飲んでそれほど何かため込んでたな?」
「もーちろん、貴方に向けたおもいとかー、そういうヘヴィな重いとか抱えてるわよずっとー」
 ここぞとばかりに彼の開いた胸元に頬ずりをする。リラックスしているからか胸筋は柔らかくふにふにしていた。彼はそんな私を小さいものを愛でるような目でじっと見ていたり時折ちょっかいをかけたりしている。唇に触れたり頬をつんつんしたり、開いている左手でお尻とか胸とかさわったり。普段されないことをされているだけで心のタガが外れそう。
「まぁそうだよなぁ。それを酒の勢いでいってしまおう、てか?」
「そーそー! まあいっちゃうと私のことだけみてほしい、てきなー!?」
「おいおい、オレはずっと蒼のことを見てるぜ?」
「そだけど、他の子によそみするじゃん、貴方。挨拶だか嗜みとかしらないけどさぁ、そのうちその別の子に本気になりそーでこわいの、わたし」
 ぎゅー、と彼に抱き着いてみる。まるで駄々っ子のようだと自嘲しつつもそうせずにはいられない。彼の顔をちらりと見てみたけど少しだけ険しい顔を見せた気がしたが気のせいだろう。
「でもわかってる、それが貴方だから。でもさぁ、お願いだからその……婚約者はわたし、というのわすれないで?」
「忘れねぇよ、忘れたこともねぇよ。こんなに愛らしいお姫様を忘れるわけないだろう?」
 その言葉を封じるように彼の唇が近づいてきて、私の唇に押し付けた。既にアルコールでくらくらしている頭が更にぐらぐらしてくる。既に私が酒に酔っているというのを把握しているからかいつものように舌をいれての口づけではなくただ触れるだけのそれ。数秒の後、唇は離されて気づいたときには彼にお姫様抱っこされていた。
「でもまぁ、こんなにかわいい状態になってるマドモアゼルを放っておくわけにはいかんな」
「……もしかして、私をお持ち帰りしてくれるの?」
「――お望みなら狼にもなるぜ?」
「じゃあ、私以外誰も食べないで?」
 にやり、とほんの少しだけ悪い顔を彼はした。普段ベッドの上でしか見せてくれない表情にくらりとした私は、ただ彼に流されるまま運ばれて、夜をすごした。
 よいのゆめが、醒めた後で自分の発言に悔やむことすら知らずに。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!