シッフル

 何度目かの夜が明ける。今朝でやっと愛する人と寝具を共にした回数が両手から零れ落ちた。いつもなら目覚めたら愛する人が挨拶するのだが今日は違う。夜明けも間もないからか愛する人は未だにその端正な寝顔をさらしている。無論サーヴァントは睡眠を必要としないのだが、今、彼女と一緒に文字通り寝ていたサーヴァントは、静かに寝息をたてているのである。
「珍しい、こともあるのですね……」
 眼鏡をかけて、寝台にて眠っている男を観察する。普段であれば見ることは叶わないような顔を、彼女はじっくりと見ていた。
「……結構、彫りが深いんですね」
 小さく、確認するかのように呟く。ふう、と一息ついたあとぐいと近く寄った。
「……睫毛、きちんとあるんだ」
 そっと彼に触れようか、と恐る恐る手を伸ばしたが触れそうになったところで目を覚ましてまたちょっと面倒ごとになりそうな気配を察知したのでやめた。愛する人の寝顔を独占して眺めるだけの時間は、獣の類を苦手とする彼女にとってはそれと似たような癒しと安らぎを与えていた。
「ねえ……貴方、私はね、とっても貴方のことが好きなんです」
 顔を背け、ベッドの上に腰かけてぽつりぽつりと話し出す。肝心の恋人は寝ていると踏んだ故か彼女は自分自身に語り掛けるように言葉を紡ぐ。
「きっと、私は貴方に出会った瞬間恋に落ちたのでしょう。おそらくは、一目ぼれというものなのかもしれません」
「貴方の声、姿、ありかた。全てすべてにおぼれて、落ちてしまって……落ちて、落ちて、こんなこと思ってはいけないのでしょうけど、貴方に支配というか管理されたいとすら願ってしまう私がいるのです。傷を残したいと思ってしまうのです。風穴よりもっと大きな傷を残したい」
「醜い感情が発露して暴走して、悪い子になってしまうのなら拘束されて閉じ込められた方がマシというものです」
 ふ、と一瞬我に返り彼女は口を押えた。なんてこと、と低く呟いた後目を伏せてベッドから立ち上がる。
「こういった時でしか正直になれないなんて、なんて最低なことでしょう。私という生物は」
 そして逃げるように部屋から出る。誰も起こさないように、幽霊のように静かに出て行って、ノウム・カルデア内をさまようことにした。

◆◆◆

「―――狸寝入りを決めていたら、まさかな」
 蒼が立ち去った後、ゆっくりと男――ナポレオンはその逞しい体を起こして先ほどまで佇んでいた女の残り香を確かめる。寝ていると思い込んで心中を吐露した女の声を聴いた男は、事態は思ったより深刻になっていると改めて認識し、何事もなかったかのように振舞いつつも、唇をかんだ。自分自身が思ったより信用されてないのではなく、ただ彼女が前に進むことが出来ないと分かっただけ。長らく浸っている呪いによって自分の感情認識並びに出力が非常に難しいだけ。男はしばらく彼女と触れ合って心をほぐそうとして、彼女をもっと知ろうとして色々と踏み込んでいたがただ、踏み込んだとおもったらまだ浅瀬だっただけ。
「余程、あの北欧のオレとのアレコレが傷になっているかそれとも……そういうことか?」
 うっかり読んでしまった手記、偶然聞いてしまった彼女の独白に似た懺悔。そして彼女と過ごした日々。そこから導き出されたのは、彼女自身彼に傷を残したいということだった。カルデアにはギリシャの海にて出会ったサーヴァントがカルデアのマスターの心に傷を残してしまうほどの恋をしたという話がある。彼女はその時出会った彼女自身を上回ろうと足掻いて、傷をいやすような仲になろうと努めているらしい。そういえば以前彼女がそのサーヴァントと何か話していたなと彼は思い出した。あの時は色々あって話を聞きずらかったので聞けずじまいであったが。
 もし、彼女が北欧の女王様とナポレオン自身の間にあったことを誰かから聞いていたら―――彼女の場合、彼の霊基に傷を残すレベルで何かしようとは思うのかもしれない。ただ性質が性質、つまり善良であるということでその手に凶器を持つことはないだろうと彼自身ぼんやりと思った。
そして、愛する人を傷つけてはいけない、嫉妬心の果てに悪い子になってはならないと自戒しているのであれば猶更自分自身の心について余程のことがない限り口に出すことはないだろう。それどころか、態度にも。
「言わないでいるなんて、拷問じゃあないんだからよ……」
 そして彼はマイルームから出て彼女を探すためにノウム・カルデアの中を歩きだす。どうか最悪の選択を選んでいませんようにと胸中で祈りつつ、彼は彼女の行方を追った。

◆◆◆

「しかし……つくづく棺桶のようだな。暗くて静かで、重苦しい」
 ぽつりと男は呟いて、歩く。ついさっきやってきた夢の終わりから時間はそれほど経っていない。男はドアを一つ一つ静かに開けて蒼がいないかを確かめる。その間彼女を見つけたらどうしようかと考えていた。彼女の口から語られるのを待つというのが一番ベストだが恐らく彼女の性格からすれば墓場まで持っていきそうなのでまずこれはない。絶対に責めるような口調で問いただすのは彼自身許さない。であればまず優しく語り掛けてしゃべるように促して、それでもダメならこちらから切り出すほかない。彼女の心から血が出てしまうことになるが、これが今考える最良の方法だった。賭け事になりかねないが致し方ないとナポレオンは認識し、ひときわ重厚なドアを開けた。
「……おーい、マ・シェリ。いないか……?」
 ナポレオンは恋人を小さな声で呼んだが返事が返ってくることはない。ああ、と男は嘆息しドアを閉めた。ぎぎ、ぎぎぎときしむ音がする。
「……このドアのようにオマエさんの心は、閉じちまってるんだな」
 閉じたあと、彼は廊下へと向き直り彼女の捜索を再開しようとした時だった。
「……おい」
 低く、低くなでるような声とともに細い手首をつかむ。そこには彼が探していた女がいた。まるで幽霊のように漂っていて、そこにありながらもいないと認識させるような女。
「どこに、行ってたんだい」
 二度と離さないと言わんばかりの力を込めて男は問いかける。女は目を伏せて、小さく答えた。
「ただ、散歩してました。早く目覚めたので」
「……そうか。話は変わるが一つ言いたいことがある。オレは早く起きていたぞ」
 一つの告白。それを聞いた彼女は手を握られている意味と彼の言葉が示すことを即座に理解し、狼狽え始めた。唇を噛み、振り払おうとするもサーヴァントの力は強く、抵抗できるものではない。
「聞いて、いたんですね」
「ああ、だがここで立ち話もなんだから部屋に戻ろうか」
 そして男は彼女が抵抗しないように彼女を抱え込み、ローマ兵が女を運ぶ時と同じように抱き上げる。
「―――っ!」
「少しだけ我慢してくれ、メートル」
「あ、どうして、どうして起きてたのですか……⁉」
 泣きそうになっている女を横目に男は平然と答える。
「どうもオレはショートスリーパーでな」
「……どこから聞いていたんですか」
「最初から、全て聞いていたぜ」
「だから、どうして私なんかを連れ戻そうと……」
「話せば長くなるが端的にいうと、オレがそうしたいからだ」
 女は顔を手で覆い、彼という現実から目を背ける。
「……どうして、あんなこと聞いてまで私に構うんですか」
「そりゃ、蒼を愛してるからさ。言ったろ? オレはオマエさんのことを丸ごと受け止めるってな」
 そう彼が微笑みながら言った時、チャイムが鳴り響く。朝のミーティングを告げる音が聞こえた。ああ、と男は嘆息しゆっくり彼女を降ろす。
「今日の夜、オマエさんの部屋で待つ。2330にな」
 耳元で囁いて、女をその時間その場所へと固定させようとする。女は暫くあっけに取られながら小さく首を縦に頷いた。男はそれに満足したのか霊体化して消えていった。
「まるで、死刑宣告だ」
 女は小さく言葉をこぼして管制室へと向かっていく。そしていつも通り、働いた。

◆◆◆

 ああ、どうかお許しください
 長く醜い嫉妬という大罪を飼いならして肥大させた私の罪を
 いいえ、きっとこれは許されることはないのです。嫉妬以外にも罪を重ねたのですから
 愛する人を信じなかった罪
 過去を割り切れなかった罪
 愛する人を傷つけようとした罪
 いっそ嫌ってくれればよかったのに
 いっそ死んでしまえばよかったのに
 いっそあの地にて、あの場所にて命尽きればよかったのに
 貴方と北欧にて出会った貴方が違うものと分かっていようとも
 あなたに風穴開けたあの子が妬ましく羨ましかったのです
 愛を向けられたという事実だけで、私は壊れてしまったのです

 もう、こんなに醜いものを飼いならして肥大させてしまった私が生きている理由なぞありません
 ですから罰をくだしましょう。自分自身の手でくだしましょう
 できる限り罰は痛いものがいいでしょう
 ずっと夜を過ごしましょう そうしましょう

 私が恋なんかしてごめんなさい
 貴方に思いを寄せてごめんなさい
 醜いものを肥大させてしまってごめんなさい
 もう大丈夫です。もう二度と、もう二度と―――
(以上、メモ書きより抜粋。これ以降涙痕にて解読不可。しかし別の人による記述有。公開は後程)

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!