プロメセ

 一番確実な約束は、約束をしないことだと生前のオレは云ったらしい。確かに契約やらが不履行となって信頼が落ちるのであればしないにこしたことがないというのは理にかなっている。だが―――約束は守られるからこそ、約束だ。守られなければ、意味がない。彼女にした約束―――彼女を救うということは結ばれた後も続いているものであり、破ることはないだろう。いや、元より破るつもりはないがな。あんなに泥を抱えながら泣いてる婚約者を、放っておけるわけがないからな。

◆◆◆

「……どうした? マドモアゼル」
 一人の女が、ベッドの中からオレを見上げている。眼鏡はデスクの上にあるケースにしまわれてあるらしい。寝る前の一時にオレが彼女のそばにいて寝物語をするのはもはや日課となっていた。オレと蒼が結ばれて数週間。最初のころはオレの服の端を掴むのがやっとだった彼女は今では小声であるが「傍にいてほしい」とおねだり出来るようになるほどになった。だがまだどうやって言えばいいか分からないことがたくさんあるらしくそこは自分なりにどうやって感情を出力すればいいか考えているらしい。オレも相談にのることがあるがな。
「……その、ナポレオンさん?」
「どうした、ゆっくりでいいから話してみな」
 そろり、と布団から顔をのぞかせている彼女の頬を撫でてやる。彼女は顔を赤らめてひゃんと鳴いた。
「……えっと、その……」
「んー?」
「少し、くだらないと思われるかもしれませんが聞いて……くれませんか?」
 くだらないなんてとんでもない! さあ何を言いたいのかいってくれ!
「ああ、いいとも」
 少しだけ安心したかのような笑顔を見せて、彼女は布団から脱出する。
「その、よければですが……添い寝、してくれ……ません……かね……?」
 ―――青天の霹靂。最後こそ小さくなって聞こえなかったが確かに、そう聞こえた。
「添い寝、か」
「あ、やっぱりこう私じゃ……だ、だ、だ……」
「いいさいいさ。断る理由なんぞないしそれに―――フィアンセからのお誘いなら大歓迎さ」
 彼女をベッドの奥に移動させてオレは「失礼するぜ」と言った後でそっとベッドの上に横たわる。肝心の蒼はさらに顔を赤らめて縮こまった。
「あ、だ、ナポレオンさん……その、本当に添い寝……」
「ん? やっぱりベッドから出た方が……」
「あ……いえ、その……このままで……このままで……」
 ぐい、と布団の中でオレのシャツの裾が彼女によって掴まれた。やはりまだ彼女は思ったことを口にも行動にも出すのが難しいといったところだろうか。それか―――彼女の自罰精神がそうさせてしまっているというところか。
「ダコール、マドモアゼル」
 低く、耳元で囁いてやる。ひしと彼女がオレにしがみつくのを感じた。どんな顔をしているのかは分からない。だからオレは彼女の顔を見たくて少しだけ自分自身から彼女のことをはがした。変わらずに顔は赤く染まっていて、どこを見ればいいのかわからないくらいに視線を動かしている目、ふるふると震える唇。そしてそれを少しだけ覆い隠すように垂れている黒髪。普段は真面目に働いている彼女が今はこうして、一人の少女として自分の感情を出そうと頑張っているのだ。
「……こっち、見てくれ」
 そっと彼女の顔をなでてこちらの顔を見るように誘導する。恐る恐る、蒼はこちらの顔を見た。
「オレの顔、見えるかい?」
「いえ、あんまり……」
「ああ、そういえばそうだったな。もうちょっと近く寄るかい?」
「あ、あの……あ、は、はい……」
 では、失礼と彼女は小さくいった後もぞもぞと彼女はオレの方へ近寄った。柔らかい肌が、優しく当たる。
「……こ、このくらいなら」
 息がかかるくらいの距離まで近くなる。近視かつ乱視が入っている故かかなり、近い。それほど彼女は眼鏡に頼っている生活を送っていることを近くなるたびに思い知らされる。
「そうか、このくらいで見えるか」
「このくらいで、やっとなんです」
「そうだったな。こんなに近くで……オマエさんの瞳の中にオレが見えるくらい、近いな」
もう、と小さく抵抗する声がした。ぎゅ、とシャツを引っ張る感触がまたしたのだ。小さな子供の用にすねる彼女がこれまた愛らしくてつい、抱きしめる。
「ああ、もう……っ。ずるいですよ、貴方って人は……」
「ハハハ、でも蒼にしては割と積極的じゃないか?」
 は、と何かに気づいたのか甘い声から温度が急速になくなる感じがした。
「―――ごめんなさい、私なんかが」
「いや、いいんだ。むしろそういう風にくることがあるのかと感心していたんだよ、オレは」
「……?」
「いや、オレの方に近づいたりとかシャツ引っ張ってきたりとか、そもそも添い寝してほしいと言ってきたときはこう、安心したんだ」
「安心……?」
 彼女は疑問符を頭上に浮かべて首をかしげる。その様子をずっと見ていたかったが多分それは彼女が望まないであろうということでオレは彼女に告げる。
「きちんと、自分にしてほしいことを言えるようになったということさ」
「―――っ!」
「悪いことじゃあない。結構オマエさんは躊躇っていただろう? それが一つ、解消されたんだ。それだけで十分すごいじゃないか」
「すごい、のですか、これは……」
「ああ、すごいことだ」
 静かな夜、寝台には一対の男女。やっと自分のしたいことを言えた彼女は少しだけ、ほころんだような笑みを見せた。それがとても優しくて、見ているこっちもとても誇らしく思った。
「あ、ありがとう、ございます……?」
「いいってことさ。だからこう、うまく自分自身の心を出していけ」
 そして何事もなく、少しづつ他愛ない言葉を交わしつつ彼女は眠りへと落ちていく。そのさなか、唐突に彼女はオレの胸に顔をうずめたままこう云った。
「……もし、醜い部分の私が現れても貴方は私を……いえ、何でもございません」
「……何がいいたいんだい?」
 あくまで責めないように、優しく頭をなでながら彼女の言ったことに問いかけてみる。
「……私を、嫌わないでいてくれますか?」
「……ああ、嫌うことはないしその醜い部分を救ってほしいのなら、救って見せるさ。約束する」
「だめ、出来ない約束はしちゃだめ」
「それでも、オレはそうする」
 醜い部分。恐らく北欧異聞帯のことに関連した嫉妬のことだろう。きっと彼女はオレがそれを知らないだろうということを前提にして、傷を開示しようとしているのかもしれない。好きな人には綺麗な自分を見てほしいという気持ちはわかるが、それでもオレは蒼という愛する人が好きであるからこそすべてを受け止めたい。だからどんなに彼女が言おうともオレは約束したいのだ。全てすべて受け止める、と。
「オレはオマエさんのすべてを知りたいし受け止めたいんだ」
「―――」
 そうだと、願いたい。彼女はぽつりとそう言っていた気がする。感情はわからないがきっと、それはきっとこれ以上ない痛哭を堪えているような顔をしているだろう。
「そのうち、そのうち……気持ちの準備が、できたらでいいですか?」
「ああ、それでいい」
 そのあとのことは覚えていない。サーヴァントに睡眠は基本的に不要であれど彼女と一緒に、寝たかったから寝た。厳密には彼女を見守っていたということになるのかもしれないが。また、彼女の白く柔い肌に触れた。
「……全部全部、オレに言ってくれ。全て受け止めるから」
 まるで夢のような時間。きっとそれは彼女もそうだろう。そうでなければ彼女はこんなにも安心したような顔で眠ってはいないのだから。

 そしてオレたちは夜明けを迎える。朝の準備はつつがなく終わり、またカルデアにおける日常へと戻っていった。

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