俯瞰夜景

 HLの夜に沈黙はない。毎晩毎晩飛び降りようとビルの屋上に上り、見下ろした底にて喧騒が途絶えたことは一度も見たことがないからだ。何処かしらで騒ぎとパーティ、まるで毎日がハロウィンのよう。そして故郷の夜景もたしかこんなのだったっけというほどのきらめき。
「―――まるで、おもちゃ箱をひっくり返したみたい」
 今日こそ邪魔は入らないだろうと踏み、何度目か分からない踏みこみをする。喧騒の中に飛び込んで原型が分からなくなる程のものが空から降ってきたくらい、きっと気づかないだろう
「風、強いな」
 ぽつりとつぶやいて、下を見る。相変わらずHLは騒がしく不協和音と様々なものが行きかっていた。
「グッド、バイ」
 私にしか聞こえない声で小さく呟いて、ふわりと飛ぶが如く足を踏み外そうとした時だった。
「今日もここにいたな、名前」
 歌うようにその低く滑らかな声は背後から響く。とても聞き覚えのある声だった。
「スティーブンさん」
「また、いなくなったからここにいるのだろうと思ったよ」
 ぎゅ、とスティーブンさんは私を後ろから抱きしめて、淵から私をやさしく引きはがす。
「よほど、此処が気に入ってるんだな」
「……まあ、嫌いでは、ありません」
「でも今日は風が強い。だからこそここに来るのはやめた方がいい」
 私を咎めるような調子はなく、むしろ幼子に語り掛けるように彼は言う。いや、もし親がいたとなれば、もし親切な先生がいたとなればまさしくこのような感じなのだろうかとぼんやり思考した。
「……そう、ですかね」
「ああ、というかむやみに死ぬのはやめた方がいい。死んだところで脳が回収されてしまってはたまったものじゃないからな」
「……そう、でしたね。すみません、でした。むしろ私の場合色々と……情報とか……洩れますし」
「そう、それにこれは僕の個人的な感情だけど、愛する君とずっと一緒にいたいというのもあるんだ」
 これが一番だけどね、とスティーブンはいう。ひと際、彼が私を抱きしめる腕の力が強まったように感じた。
「……すみません、スティーブンさん」
「大丈夫、大丈夫」
 ひゅう、と風が冷たく吹く。愛する人の体温は、どこか温かく感じた。

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