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「どうしてこの世は不公平なのでしょう。悪い人が自分のした罪を悔いずにのうのうと生きているなんて」
 或る病室にて、彼女はぽつりとつぶやいた。悪い人とはきっと僕のことも入っているのだろう。ライブラのためとはいえ人にいえないことをたくさんしてきたのだから。言い訳をしても許されるはずもない。年貢の納め時が来たのかもしれないと思ったらここでいう彼女の「悪い人」はどうやら定義が違っていたようだった。
「生贄なら何をしてもいいはずないのに」
 その時の今宵の顔は、陰に覆われて見えなかった。ただその声色でどういう顔をしていたかは想像が容易についた。

 僕は、彼女のことをあまり知らない。知らないのになぜか、彼女の力になりたいと思った。知らなかったからこそ、何もいえなかった。だからこそ僕は、知らねばならない。今宵というあり方を、彼女に何があったのかを。

 第三章 血痕吊橋

 彼女は病院から数日で出ることが出来た。外傷がいくつもあったものの優秀な医療スタッフのおかげで回復は早く、受け答えもしっかりしたからだ。退院の日はまっすぐライブラの事務所に顔を出し、そして何事もなかったかのように事務員としての仕事にとりかかったのだった。
 少年――レオナルドは友達が色々あった故に少し心配していたが、「友達とチーズバーガーを食べてきます」とこの前の昼休みに外出していったところからきっと大丈夫かもしれないが、見守りは必要なのかもしれない。
 それに加えて今は今宵の精神状態が気がかりだ。自分のことを顧みず、自分自身に対する非人道的な扱いを推奨する言葉。最初に出会った時から彼女はまさに「不安定」そのものだ。彼女のことについて入手できた情報を頭にはいれたもののこういうことに関しては、彼女の口からきいてみたいというのが本音というところだ。今でこそ彼女が自分自身のことを「道具」と大っぴらにいうことは少なくなったが何かの折に道具と云いかけるということはあったので彼女の身に何があったかは容易に検討が付く。それでも僕は確証が欲しい。だからこそ入院中に彼女に色々と聞こうとしたが仕事が立て込んだため何も聞くことができなかった。
 今、彼女はパソコンに向かってエクセルに打ち込んでいる。それを確認した後で僕はローカル保存した彼女に関する資料を読み返した。

(profile)
今宵・坂本 ・出身地 日本 21歳
・脳外科手術 ニ・ザヴウェーニェ・パーミチ施術成功例第一号
・過去の所属組織 ジェストカヤ・プラヴダ、ネエロ・キエーザ(壊滅済)、一縷蜘蛛(壊滅済)
・ニ・ザヴウェーニェ・パーミチ:人間の脳の記憶領域を無理やり引き出し、人為的な強化版絶対記憶を可能にさせる脳外科手術。現在は知ってはならないことを知ってしまってそのことによってさまざまな不都合が起こるのを防ぐため等の理由で法律により禁止されている。なお手術名の由来はロシア語で忘却と記憶を合わせた造語に打消や否定を意味する「Нe」を合わせたもの。人狼の消失といったような世界の書き換えを除いて何されようとも一度覚えたもの、記憶したものは絶対に忘れることはない。そしてそれを施しているものについての情報は、未だ不明。噂レベルではあるがそれを手掛けているのは「レクス・メモリアエ」なる存在らしい。
・家族構成 父、母共に健在。妹一人(日本にいる)
・恐らく彼女は何らかのきっかけにより脳外科手術を施され、絶対記憶を持つことになったがそれに目を付けた裏組織に利用され、様々なことを「覚えて」しまっているため……(以下省略)
(/profile)

 ……あまりにも、不明なことが多すぎる。名前が色々と打ち明けてくれればいいのだが恐らくすぐしゃべってくれるなんてことはないだろう。引き受けるといったはいいが思った以上に彼女は手ごわい相手かもしれない。
 できれば「レクス・メモリアエ」なる人物について即急に話してもらえると今現在追っているもの――違法な外科手術を行っているものをつきとめることができるがこればかりは彼女の心理状態などもあるから致し方ない面もある。しかし、もし他の人に違法な手術を施していて、成功例を増やしていたらと思うと悠長に事を構えていられない。端末をスリープ状態にして今宵を見る。彼女は既に作業を終えていたのか水槽の中にいるツェッドと何か会話をしていた。最初の顔合わせの時に彼は別件でいなかったからおそらくその埋め合わせだろう。その様子は初対面でありながらどこか親し気で、今宵がきちんとここに馴染みつつあると思うといくらか安心した。
 本来であればチェインにも協力してもらいたいところではあるが彼女は人狼局での仕事があるためここ数日は戻らないらしい。これは僕がやらねばならない。少々心が痛むか僕は今宵に聞きたいことがあると云って彼女を連れていかなければならない。一歩、足を踏み出す。
「今宵、その……」
「あ、その、す……」
「今宵さん、大丈夫ですよ。きちんと資料整理等終えてクラウスさんに報告したことはきちんと見てます」
「そっか、お疲れ様今宵。それで……」
「あ、私に、その、聞きたいことが……ありますか?」
「ご明察。それでちょっと彼女を借りるが……大丈夫かい? ツェッド」
「ええ、大丈夫ですよ。きっと大切な話でしょうから」
 こうして無事、彼女を連れだすことが出来た。人目があるところではきっと彼女がうまく話せなくなる可能性があるため出来れば二人きりのところがいいのかもしれない。端末を開き、出来る限り二人きりになれるような場所を探し出す。端末の時計がちょうどお昼時になっていたため個室形式の食事処にしようかと心にきめた。
 ふと、彼女を見やる。相も変わらず無表情で笑顔になるときは人形を思わせるような無機質な笑顔。一体彼女の心からの笑みを見せるときはいつになるのだろうかと思いつつ、自然な笑顔を見せた時の彼女を空想した。本当に、そういう笑みが見られたらどれだけいいだろうと思いつつ今やるべきことを改めて認識する。そして目的地の個室式レストランへ歩を進めた。

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