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 それから数日後、私がその組織に挨拶へ行く日が決まった。話を聞くところによるとスティーブンさんもその組織のメンバーらしく、今取り込んでいる『難題』について色々調査しているらしい。その難題とはと聞いてみたが優し気な笑顔ではぐらかされてしまったが、ともかく日にちが決まったため本格的に『準備』をすることにした。彼曰く「一応念のため」ということで最低限の護身術を身につけさせられたが、体を動かすことで精いっぱいだったので護身に関しては別の道を探ることになった。
 そうこうするうちに組織への顔出しをする日になった。ほんの少しだけ暗くなった灰色の空の元、私はスティーブンさんの後ろに続くようにサラダボウルの面影が残った街を歩いていく。互いに無言ではあれど周辺はその真逆。まるで終わらないハロウィンのようだった。その季節外れのパーティーの真っただ中をかき分けつつ、時には裏道を通り無事に何事もなく一軒のマンションへとたどり着いた。
「……ここ、ですか」
「ああ、そうだ」
 スティーブンは幼い子に言い聞かせるかのように頭をなでて私にいう。
「ここで見たり聞いたりしたことは、絶対に漏らしちゃいけないよ」
 笑顔で、しかし声色は低くそれが真剣なものであるということはよくわかる。本当に情報漏洩はだめ、犯したら痛い目を見るレベルじゃすまされないのかもしれない。
「はい」
「じゃあ、入ろうか」
 スティーブンは周囲を見渡してなにも異常がないことを確認する。そしてエレベーターに乗りその動きに身をゆだねた。

「ところで今宵、ちょっと聞きたいことがあるのだけど」
「なんでしょうか」
「よければ――君のことについて後で色々と詳しく聞きたい。少し気になることが――」
 何かを彼は言いかけたが絶妙なタイミングでポーン、と目的地に着いたことを知らせるベルが鳴った。あ、と声を漏らした後でスティーブンは手で顔を覆おうとしたがすぐにやめ、私の方に向き直る。
「いや、今はいいや。さあ入ろう」
 ゆっくりとスティーブンはエレベーターと部屋の境目をまたぎ、私も後に続いた。
「さて、ここが目的地だ」
 ―――もう、引き返せないのだろうな 
 そう私はぼんやりと思考しつつ境界の向こうへと足を踏み入れ、ドアを開けた。

「おかえり、スティーブン」
 境界の向こうにいたのは、紳士だった。ガラスの窓を背景にして屈強な男が縮こまってパソコンと睨めっこしていた。燃えるようなもみあげと赤い髪は風が吹いた後のように一方方向にセットされており、眼鏡の奥にあるのは優しい翠の瞳。口元には牙。そしてスラックスとベスト、ワイシャツに覆われていてもわかるくらいの肉体。今はこうして静かにしているが、きっと怒らせたらとんでもないくらいの狂戦士になるのだろう。
「ただいま、クラウス。そういや他の……」
「チェインとKKは別件、レオナルド君とツェッド君とザップはランチに出かけているが……」
「そうかー……そうか。まあ、うん、そうか」
「それで、スティーブン。後ろにいるのが件の彼女かい?」
「ああ、そうだ。ほら出ておいで」
 ――。
 なんて、日常。
 ドアの向こう側にあったのは組織というには少々程遠い緩やかな日常だった。今いるのはガタイのいいクラウスさんという紳士とスティーブンさんと部屋に佇んでいる包帯執事さんと、私のみ。まるで平和な仕事場だ。否、あまりにもえげつない修羅場などを乗り越えているからこそ、この感じなのかもしれない。ともかく私はスティーブンさんに促されたのできちんと教えられた通りに挨拶をする。
「初めまして、私は坂本・今宵と申します」
「初めまして、フロイライン。私はクラウス・V・ラインヘルツ、ここライブラのリーダーを務めている」
「―――ライブラ、ですか」
 ――ライブラ。噂だけは聞いたことのある。超人秘密結社でその情報には億単位の値段が付くといわれている。構成員等全く持って不明。私が覚えていない……というより教えられていないのは当然だったのかもしれない。使い手たちがその情報を知らないのであれば私が覚えているはずが、ない。情報を漏らすなとか、この組織の情報を教えずに「入ってほしい」と彼が言ったのはここがライブラである所以なのだろう。万が一漏れたら絶対にライブラ側から手を出さなくとも裏に生きるものたちがとんでもないことをするというのは既に分かり切っている。痛みある死は嫌だ―――。

「そうだ。世界の均衡を守るための超人秘密結社。彼……クラウスはそのリーダーなんだ」
「よろしく、今宵。スティーブンから話は聞いている」
「ミスター・ラインヘルツさん。その、あの、どう……どうも、です」
「クラウスで構わない。このライブラに加入希望と彼から聞いているが……」
「は、はい。私がこの場所で役立つと聞いて……きき、まして……」
「ありがとう。そのうえでいうが今宵、是非ライブラに入ってほしい。君について一通り調べさせてもらったが君のこと必要だ。今の我々には必要なんだ」
 紳士はいう。私のことを、必要としてくれている。私のことを求めている。――これで、何度目だろう。そうふと思った時に頭にこびりついて離れない光景が、流れてきた。

 ―――あんたのその力を貸してくれ
 ―――使えるだけ使ってあとはどうする?
 ―――まあ、全部知ってるというのは都合が悪いよなぁ
 ―――よし、この情報だけ渡すか。うん
 ―――ありがとうよ。お前はいい道具だ

「今宵君? 今宵君?」
「今宵!? 今宵!?」
 二人の声が聞こえてくる。方やおどおどと私の目の前で手を振っている。もう一人は私の手を握っている。何度も何度も私の名前を呼んでいる。わたしの、名前だ。そうだ、今は道具扱いする人は、ここにはいないんだ。そう気づいたとき、私はやっと現実に戻った。
「―――あ、申し訳ございません」
「いや、構わない。いきなりで申し訳なかった」
 そういってクラウスは『満面の笑み』を私に向ける。いや、あれは……満面の笑み、ではない。あの笑顔は間違いなく、何度も見てきたような……おそろしい笑顔だ。
「クラーウス」
 スティーブンの声でクラウスは『いつもの』顔に戻る。そして彼はすう、と息をすって私にこう言った。
「今宵君、もしよければ協力してほしい。この世界の均衡を保つためには君の力が必要だ」
「世界の均衡、ですか」
「ああ、その記憶の力についてはスティーブンから一通り聞いている。なんでも一目見ただけで記憶することが出来るそうだね?」
「ええ、まあ……。それで、どのような面での協力になりますか? 私の脳が必要というのは嬉しいのですが、何をどうやって役立たせればいいのでしょうか?」
 クラウスはそれにゆっくりと語りだす。
「実はある一件が……いやいい。とにかく君が必要なんだ」
 ぬ、と大きな手が私の前に差し出される。握手が一種の同意のサインなのだろう考えた。
「私でよければ、どう……ぞ、こちらこそよろしくお願いします」
 す、と白い手袋に覆われた細い手が差し出された戦士の手に触れる。優しい力で戦士の手は私の手を握った。
「では、歓迎しよう今宵・坂本。ようこそライブラへ―――」
 紳士の手と私の手が握手した瞬間、スティーブンさんの後ろから勢いよくドアが開いた。
「旦那ぁあああ! 往生せいやぁ!!!!!」
 一人の少年をスケートボード代わりにして滑走して乗り捨てる。その勢いのままにクラウスへと切りかかろうとする銀髪褐色の青年。しかしクラウスはそれをものともせず的確に握手してない方の拳を彼のみぞおちに、正確に食らわせた。
「ぐぼぁ!」
 情けない声を地に墜ちた銀髪の青年はあげた。それと同時にスケートボードとなった少年は立ち上がり、墜落した男にいう。
「ザップさんなにしてんですか! 人間スケートボードなんて酷いにもほどがあるでしょう!」
「なーにいってんだ陰毛頭。むしろ乗り物という役に立つものになっただけでも」
「流石にそれはいけないと思いますよ、ザップさん」
 少しだけ遅れて翠の透明な半魚人が入室する。周りを見渡した後、ほんの少しの怒気を含ませて彼は銀髪の男に説いた。
「そもそも、今日は客人がいるんですよ。ちゃんと見たんですか?」
「んー」
 ひょい、と銀髪の男はふてぶてしく立ち上がる。新入りの私は、ただ目の前で繰り広げられている光景を眺めるしかなかったがそれはすぐに終わった。――ほんの少しだけ吐き気はしたが、何とか堪えることはできた。多分あの銀髪の人を諫める人がいたからなのだろう。
「ごほん、えー、今日付で彼女はここに入ることとなった……」
「今宵・坂本です。よろしくお願いします」
 クラウスはすぐに握手を解いて、深々と頭を下げる私をどうどうとするようになだめる。半魚人は「ツェッド・オブライエンです。こちらこそよろしくお願いします」とすぐに返しお辞儀をした。
「あ、すみません! 俺はレオ、レオナルド・ウォッチっていいます!」
 次に挨拶したのはレオナルド・ウォッチだった。糸目で赤みがかった特徴的なくせっけを持つ少年はぺこり、とお辞儀をした。
「んで俺をスケボーにしたすごいひどい先輩がザップさんです」
「おう陰毛覚えとけ。……まあうん、よろしくなそれよりすげーもん持ってるなお前。今宵ちゃんかなりこうボインバインな」
「最低、新人にいきなりセクハラぶちかますなんて」
 息をつく間もなくたん、と軽い音を立てて女はザップの頭を踏み台にして現れる。その目は哀れなる動物を見るようなものだった。
「ほげぶっ! 何してんだ犬女! 第一新人の前でそんなことをして」
「ザップさんが悪いっすよ。入ったばかりの新人にいきなりそんなことをいうなんて」
「あー……えーと……えー……」
「というか坂本さんかなり戸惑ってますよ」
「ツェッドさん、大丈夫です。ちょっとこう情報処理に時間が……すみません……」
「大丈夫、こういう時はきちんと怒っていいからね。えーと……」
「今宵です。今宵・坂本です。今日からお世話になります」
「おっと、そうだったかぁ。……よろしくね。私はチェイン。チェイン・皇というんだ」
「チェインでいいよ」
「あ……は、はい」
 こくんこくんと赤べこのように私はうなづいた。と同時にからんともう一人部屋に入ってきたことを知らせる足音がした。
「ただいまーって……あれ? あの子いたかしら?」
「KK、あの子は新しく入った今宵・坂本だ」
 金髪で赤い衣を身にまとった眼帯の女性がブーツを鳴らしてやってくる。ふーんと私のことをぐるぐる見渡して、ふむふむとうなづく。そしてぱぁっとした笑顔でぶんぶ私のもろ手を握って握手をした。
「今宵っちよろしく! 私はKKっていうの」
「あ、よろしくお願いします、KKさん……」
 ぶんぶんぶんと音が響かんばかりにKKは私の手を握ったまま振る。熱烈すぎる大歓迎に女はあっけに取られつつ、ただ黙って握られた手をカクテルシェイカーのように振られるしかなかった。
「KKさん、そこまでにした方が……」
「レオっち……あ、うん、そうね。ごめんね今宵っち」
「あ、いえ、大丈夫です……」
 レオナルドに促されKKは私の手を離す。その後、私はゆっくりと先ほどまであったことを咀嚼しつつ、ぶつぶつと呪文のように教えられた名前を反芻した。
「……よし」
 小さな声で私は一人納得し、絵画をとらえるように全体をみる。それはどこか、手に入れられなかったようなものをぶちまけたショーケース越しの宝箱のようだった。
「どうした? 今宵」
「ああ、いえ……ええ、なんでもありません」
 喉まで出かかったような言葉を無理やり押し込めて即座に笑顔を作り上げる。私はその後クラウスやスティーブン等のライブラのメンバーから建物のことや決まり事を改めて教えられ、その全てを覚えた。

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