/HL ライブラ事務所にて
「そうか、なるほど」
「クラウスさんどうしたんですか?」
「ああ、レオ。スティーブンから連絡が入ってだな。今追っている血界の眷属絡みや異界のテクノロジに関する重要参考人をこちらに引き入れることが出来そうだとメッセージが入ってきた」
「じゅーよーさんこーにん? なあ旦那そいつはいい女なのかぁ?」
「ザップさん! だめですよいきなり口説いたりベッドにさそったりするのは!」
「その通りだ少年。ともかく、一歩前進できたのは事実だ。あとはどうするか……だな」
「ヴぇぁー……いい女かと聞いてんのによぉー……おんおん……」
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ザブウェーニェ・パーミチ 第二章
菌糸考察
その後、私はスティーブンさんの元で指示された書類と自分の中にある情報の照らし合わせなどを行っていた。頭に叩き込んだ情報をもとにして点と線を結び合わせて、整合性などを確認する。そしてそれをスティーブンさんに報告してから彼はどこかへ行って帰ってくるの繰り返しだった。汚れ一つないときもあればひどいくらいにぼろぼろになっているときもあって、私の情報が間違っていたのかとか不安になっていたが「大丈夫、君の情報は制度が比較的高いし、もし間違っていたとしてもそれはそれで重要なことだ」と声をかけてくれたのでどうにか自分の柔い部分を保つことはできた。きっと間違っていることが重要、ということはその情報が間違っていることが分かったのならその情報をあてにしなくていい可能性が高い、ということかもしれない。それはおそらく今の私にとっては必要なことなのだろう。
そのほかにも私は必要最低限のビジネスマナーの類を叩き込まれ、今まで感じたことのないくらいに異常な優しい日常を送った。お手伝いさんが作った料理を食べつつ、他愛もない会話をするのだが、その他愛ない会話すらどうすればいいのか分からなくて私はただひたすらスティーブンさんの話に頷いているだけだった。そのことを見かねたのか彼の方から「もっと君の話を聞きたい」と何度も言われたがその私自身の話をしようとしても、私の話はどうせつまらないといわれるからという理由でその都度断っていたが三度目にして彼から「せっかく一緒に暮らしているんだ。僕個人として、君のことが知りたい」とまっすぐ見つめられて言われたから当たり障りのない範囲内――映画の話をした。霧の向こう側から怪物が現れたことから始まるスリラーにしてホラーの話をしたら案の定彼が困ったような顔をしたから大急ぎで謝ったけどスティーブンさんは許すどころか「大丈夫大丈夫、気にしてないし謝らなくていいんだよ、この場合は」と言ってくれたのが申し訳なくて今度はもう少しこう、精神的に無理までしてもハッピーな映画を見ようかと私はひそかに決心した。
そのような日常が繰り返されること数週間。彼の個人的な友人を招いたパーティが終わった後で彼はなんてことのないような調子で私に持ち掛けた。
「ところで、君に紹介したい人というか組織があるんだ。君の人格などを見込んでの話だが……聞いたが最後、君は死ぬまでその組織とともにあることになる」
「本当に? 例えじゃなく?」
「あくまでたとえ……と言いたいけどかなり危険だ。その組織について足を踏み入れるのなら相応の覚悟が必要になる」
相応の覚悟が必要な組織。きっとそれは前にいたような人体実験の組織だろうか? それとも何かしらの世界崩壊幇助器具に関する組織か? 存在の噂だけは聞くような秘密結社か? ともかくそれくらいの命の危険が伴うことには慣れている。えげつないことをされることにも、慣れている。だから彼の確認に関して私は無言で首を縦に振った。
「――本当に、いいんだね?」
「死ぬ前に一花咲かすと決めたので。それに契約書へサインした以上私は貴方の道具ですから。貴方の元で働く。そういう契約ですし」
そうした方がいいと思い、私は絵にかいたようなほほえみを浮かべてそう言った。
途端――スティーブンさんは私のことを壁に追い詰める。私が逃げることのないように長い両手を壁に押しつけ、向かいあうような体勢になった。私が前ちらりと読んだ恋愛ものの漫画では壁ドンというらしいがどうやら今はそんな甘ったるいところではないということだけはわかっている。冷たい目線が、私を睥睨している。
「確かに、君は僕の部下だ。しかし君は道具ではない。道具じゃ、ないんだ」
「え、私……道具じゃないんですか?」
「意思もある、自分で考えて行動している。生きている人間以外に何があるってんだい?」
「道具、です。皆私のことをそう扱ってきましたので当然かと」
「当然じゃないんだ!」
――なん、て。
目の前の男の人が、突然怒った。理不尽な怒りではないということだけは頭でわかっている。生き物を道具扱いしてはいけませんということは知識としては知っているが恐らくそれで彼は怒ったのだろう。私が私を道具扱いした。きっとそれで今こうなっているんだ。他の人が誰かを道具扱いするのは悪いけど、自分で自分をそう定義付けて何がいけないのだろう。
「君は、道具じゃない。僕の部下である限り君は道具じゃないんだ。いいかい?」
ここはひとまず、彼の言葉に従おう。これ以上色々長引かせては彼に悪いし、自分で自分を道具扱いしてはいけないということに関しては後で考えればいい。ずっと、道具として生きてきたから今更どうすればいいのかわからないから。
「――はい、わかりました。ずっと道具として生きていたので、なんとか道具としての意識をしないように頑張ります」
考えうる最善の言葉を口にする。それを聞いたスティーブンさんは満足したのか私を解放し、「ごめん、怖がらせてしまって」と謝罪した。私はそれを受け入れて、本題である組織についての話を少しだけ聞いた。後日挨拶がてらそこに足を運ぶことになり、組織の一員になってメンバーに挨拶をするとか、今取り掛かっている事柄に協力してほしいとかなんとかという話を聞かされた。そのことについても了承し、私は自分にできることがあればということでできる限りの手助けなどをすることになった。
「それじゃ、日にちが決まり次第事務所に連れていく。その時は君もその組織のメンバーだ」
「はい、わかりました」
そして私は、その決まる日を静かに待つ。組織の人たちがどういう感じなのか分からない。ただ優しい人であってほしいと久しぶりに祈ったのだった。
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