3-2

 個室形式のレストランに案内されて、向かい合うようにして座席に座る。今宵は慣れていないからか目を泳がせてそわそわと体を動かしている。そしてちらちらと僕の方に視線を送っていた。言葉にしないとわからないよ、と彼女に言ったらでもでもと言って視線をテーブルに落としてじっとうつむいてしまった。
「……緊張しているのかい?」
「あー、そういうわけでは、ありません。二人きりという場面はあったのですがこう、パターンが違うと云いますか、他の人と一緒にこういうところに行く、ということはなかったので……」
「そっか。じゃあ折角だから何か食べようか。僕がおごるから何か好きなものを頼んでいいよ」
「いえ、その、悪いです。確かにずっと私は貴方といますが……その、なんか悪いです」
「大丈夫、君は罪悪感を抱かなくていい。僕からの快気祝いということで受け取ってほしい」
「……わかり、ました」
 ほら、と僕は今宵にメニューを渡す。こうでもしないと彼女はきっといつまでも断り続けるだろう。ゆっくりと彼女がメニューを開いた時、おずおずとまた僕の方を見て、すぐ目線をメニューに戻した。目線はふらふらとして、うんうん唸ってぱらぱらめくる。そして何を食べるのか決めたらしく、ふるふるとした唇をゆっくり開いた。
「あ……では、その、これを、ですね……」
 今宵は僕の方にメニューを差し出して食べたいものを指さしした。【店長お勧め! 気まぐれランチセット】と多言語で書かれているそれを指す。名前がわかっているものではなく、何があるのかわからないものを頼むとは。しかもご丁寧にその下には免責事項として『何が出ても自己責任です』と赤ラインが引いてある。
「……本当にそれでいいのかい?」
「はい、これがいいのです……だめですか? 費用的な問題とか……」
「いや、うん、いいんだ。大丈夫。僕もこれにするよ」
 まあ、この街じゃ何が出てもおかしくない。それはそれとして彼女だけ何が出るかわからないものを頼むのはかなり気が引けたので僕も一緒に頼むことにした。何か彼女が言いたげだったが「僕が食べたいから」と言った。今宵はあ、といった後また黙った。もしとんでもないものが出てきたら自分だけその責や痛みを背負うかもしれないから止めるしかなかった。
 備え付けのボタンで呼び出して、呼び鈴越しで注文を済ませる。徹底的な個室に拘ったこのレストランは誰かと食事しつつ、誰かと密談こそしたいがモルツォグアッツァに行く時間とお金と諸々がない、という時にはうってつけだ。基本的に個室内での会話は漏れることはない。だからこそ、僕はここに彼女を連れてきて聞きださねばならないことを今、料理が運ばれる前にやらなければならない。先ほど対応した係員の「今日の気まぐれセットは少し時間がかかりますんで暫くお待ちくだせぇ」という言葉を信用するならばそれなりに時間はあるはずだ。
「そういやHLでお気に入りのお店ってあるかい?」
「……お店、ですか」
「そう、お店だ。僕の個人的な興味だが……差支えなければ教えてほしい」
「えーと、隔離居住区前にある『セントビブリオ』という古本屋さんですね。基本的に電子書籍派ですが、紙の本を読むときはよく訪れます」
「なかなかいい古本屋じゃないか。あそこなら各語に翻訳されたハリー・ポッターなり聖書なり古典なり色々とあるからなぁ」
「えぇ、異界の原語はわかりませんが……それでも色々と言葉がわかると楽しいのかなぁと思います。言葉はわからないけど見知った表紙で『あ、これよく知ってる話だ』と分かったときは……なんといえばいいのか……」
 おぼつかぬ調子で懸命に彼女が言葉を選びながら本についてしゃべっている。思えば最初のテストの時、ジュゼッピーナの生涯を食い入るように読んでいたのは彼女自身本好きであったからなのかもしれない。初めて彼女が『人間らしい』顔をしたようだった。
 ……っと、いけないいけない。本来の目的から早速逸れ始めている。彼女の身に今まで何があったのか。それを聞かなければならないというのに何聞き役になっているんだ。今まで一緒にいたからといっていくらでも聞き出す機会はあったが、なぜかずっと二の足を踏んでいるからこうなっているのだろう、僕は。
 今考えていることを彼女に悟られぬよう、僕はうんうん真剣に相槌を打つ。他のことを考えている時点で真剣なんてものではないのかもしれないが、今ここにいるのは僕と今宵だけだ。歴史の本が好きなこと、小説もいろいろ読むこと、現代文はあまり読むことがないこと。
「君は本当に本が大好きなんだな。その様子じゃこっちに来る前もよく読んでいたのかい?」
「あー、は、はい……。よく読んでましたね。結構読んでました。ええ、とても。一人で」
「一人で……ということは」
 ここから派生して彼女に色々聞こうとした時だった。間が悪いとはまさにこのことだろうか?
「お待たせしましたこちらシェフの気まぐれランチセットです。今回は日本の学校給食をモチーフにして少しラフな感じに仕上げた……とのことです。ゆっくりお召し上がりください」
 テーブルの中央がへこみ、湯気が立ち上っているランチセットがせりあがってきた。……本当に誰とも会わない様になっている徹底ぶりには目を見張る。ミートソースのかかったスパゲティ、小さな器には温野菜。そして傍らには手作りと思しきプリンがある。
 ふ、と彼女の方を見やる。そういえば彼女は出会った時からずっと同じようなブレザーを着ている。ランチとブレザーの制服を着た女性が目の前にいる。彼女が成人済みであることは知っているがそれを知らない者から見ると僕は……社会的に死ねと言われてもおかしくない。当然やましいことをするつもりはないが今はただこの囲いに感謝するしかない。
「さ、食べようか」
「は、はい。いただきます」
「ああー、うん、今宵。そんなに急がなくていいからね。がっつかなくてもいいし食事は逃げ……少なくともここでは逃げないから」
「だ、大丈夫です。ちょっと昔の癖が……あっ」
「昔の癖?」
「……少し、時間とかそういうところにうるさいところにいたといいますか……何でも早くしなきゃという癖がありまして……」
「本当に?」
「あ、はい。それよりこう……スティーブンさん。私に聞きたいことが、あるんですよね?」
 ――なんてこった。話を聞く相手に軌道修正させられるとは。
「それで、私に聞きたいこととは何でしょう」
 何でも聞いてくれと言わんばかりに人形を思わせるような眼をして彼女は言う。ああ、話を聞く相手にこうも言われるとは。僕は腹をくくり、フォークを置いて彼女に問うてみた。
「……君、僕に出会う前にいた組織で何をしていたんだい?」
 最初から、聞くべきだった言葉。ライブラで非合法な手術を追うと決めて、そのキーパーソンとなった彼女に必ず聞かねばならなかった事柄を、今更問う。目の前の彼女は眉をぴくりとも動かしていない。最初からこのことを問われるのは想定内だったのだろうか、それとも感情を出力するだけの気力がないのかわからない。ああ、と今宵は何ともないような声色で感嘆する。
「端的にいうと、道具です」
 ――嗚呼、なんて、理不尽。
 彼女はそれを至極当然のように口にした。悲嘆はなく、憤慨も彼女からは微塵も感じられない。
 それがとても――言葉に出来ないくらいに心に刺さってしまった。
「道具って……それは、どういうことだい?」
「そうですね、生きた情報記憶媒体といったところでしょうか。無限にあるハードディスクがたまたま人の形をして、思考能力を持って、生活しているという感じです」
「そっか。それで一縷蜘蛛とかネエロ・キエーザとかジェストカ・プラヴダ等の非合法組織にいたんだな」
「……流石貴方といいますか……。いや、まあ、そのようなマフィアとかやくざとかその類の組織にはいました。はい」
 口調が、おぼつかなくなる。やはりまだ彼女に過去のことを聞くのはメンタル面でもまだ早いのかもしれない。そろそろ食事方面に話をそらした方がよさそうだ。
「ありがとう、続きはまた後で聞かせて……」
「それで、どうして貴方は私に斯様なことを聞くのですか? こう……あの組織に入れたり、私の経歴を聞いたりとかして……私は何かしらの重要参考人なのでしょうか?」
 ……隠したつもりはないが、彼女に前もって話していなかったのはまずかったか。これからのことを考えて僕は彼女にきちんと話をすることにした。
「そうだね、僕は今、違法な手術を数々行っている『レクス・メモリアエ』という存在を追っている。調べた結果君が線の上に浮かんだんだ」
「なるほど、それで今貴方は私とこうして……接触なり……していたんですね」
「そうだ。ずっと話していなかったのは申し訳ない。ただ、君の力と記憶と証言が必要なんだ」
 これが、今僕が見せられる誠意。彼女を繋ぎとめることが出来るかどうかはわからない。ただ、きちんと彼女に伝えなければいけない。
「だからどうか、許さないでくれ。最初に話すべきだったことを伝えずにこのまま引きずった僕のことを」
「大丈夫、ですよ。私でよければ、出来る限り力になります」
 即答。彼女は間を置かずに答えた。ただ、ひたすら申し訳ない。
「ありがとう、今宵」
 そして僕たちは残ったランチを平らげる。その後食事代を支払ってこのレストランを後にした。 
 

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