空気が冷たいマンハッタンの街の夜を行く。いつも通りの日常で、待ちゆく人たちは各々の生活を謳歌しているようだ。地上の銀河と見間違えるほどの電飾に行きかう人たちの多さ。サラダボウルとはまさしくこのことなのだろうと思いつつ僕はこの街を歩いていた。
人口の星の海の中でにこやかな顔を浮かべるもの、無表情で自分の仕事をしているもの。それぞれがごく当たり前の普通の時間を過している様を見ているだけで、心が温かいもので満たされていく。日常の範疇を超えたものを相手にしているからだろうか、以前どこかの偉い人に伝えた自分の言葉を思い出した。
「ああ、本当に今日もいい日――――――え」
一瞬、自分の目を疑う。
僕の横を同じ服を着た一団が、団子になるようにして騒いで通り過ぎていった。
同じ服を着ている所謂制服姿の一団が珍しかったというわけではない。ただ、その中に少女が何故か脳裏に焼き付いてしまった。
たくさんの荷物を両手いっぱいに抱えていて、それらを落とさない様に、壊さない様にゆっくりゆっくり運んでいる。後ろからは何処かで買ったのかわからないメガホンで少女自身が背負っているリュックがたたかれているというのに。
「――おい」
気づいたら自分の足は集団に向かっていた。アンダンテからアレグロに。目的の集団にたどり着いた時には何度目かわからないほどにメガホンが彼女のリュックに向かおうとした瞬間だった。
「やめるんだ」
僕の手は彼女の同級生と思しき人の手首をつかんでいた。あくまで今していることを制止する手段であり向こう側が制服を着ている以上、下手なことは出来ない。
「あんた誰、こいつの恋人?」
「通りすがりのものだけど、みていられなくなったのでね」
「ああ、坂本の悲劇のヒロインのふりに見ていられなくなったんだね!」
「こうして仲間にいれてるのに自分だけくらい顔、もっと笑顔になればいいのにね! 聞いてる? 坂本さん!」
親し気に制服を着た女たちは中心にいる生贄の少女に問う。少女は光のない目で口角を無理やり引き上げて頷いた。目は潤んでいて今にも泣きそうだというのに涙を流そうとはしていない。
「ええ、聞いてます。だいじょうぶ、です。たのしい、で、す」
「……ほらいこ、坂本さん。ホテルに帰るよ!」
「は、はい」
震えた声で少女は言う。メガホンを持った腕は振り払われて彼女たちは遠くに行ってしまった。
それを僕が見送っているとき、少女はこちらを振り向いて何かを云っていた。恐らく口の動きからして何かしら感謝を伝えていたのだろう。それだけが、救いだった。
ふと僕のポケットから電話が鳴る。クラウスと表示されたそれを確認した後、脳を切り替える。そして通話ボタンを押した。
◆
なぜ、あの人は私のことをみたのだろう。
ヘルプは求めていないはずなのに、私のリュックを木魚のように叩いていた人たちを「自分の手で」止めた人。
悲劇のヒロインぶっているわけでもなく、ただの理不尽な日常の一コマであっただけだというのにきっとあの傷の男の人はそれが許せなかったのだろう。
たとえそれが偽善であろうとも、確かに「私」を見てくれた。それだけで充分おつりがくるほどのいい思い出だった。
楼高くそびえたつビルを地に倒れて見上げる。路地裏で丁寧に丁寧にしつけられているからかもうすでに感覚らしいものはない。
きっと、彼女からして知らない人を私が勝手に巻き込んだからという難癖が理由でこうなっているのだろう。それかわたしが彼に感謝の意をつたえたのがばれたからかもしれない。
ともかくいつものように黙ってやり過ごして、いつものように感情をパージしていただけだったが今日は、というより学校行事としての旅行中はそうもいかないのだろう。そういうときもある、それがその時だっただけだ。
なにをいっているのか、わからない。どういうめでわたしをみているかだけは、わかる。
もう、なにもかんがえるのはやめよう。かおにこぶしがぶつかってくる。そのしょうげきで――わた――しか――あんて――し――。
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます