「ねぇ、私が生きているうちは死なないって、約束してくれる?」
そう彼女が言ったのは、夷陵に赴く準備をしているときだった。いつものように光ない目でそう彼女が言ってたっけ。
「……いきなりどうしたの?」
「大切な人、二度亡くしたから」
……そうだ、彼女は四年前に一人、大切な友人をなくしていたんだ。俺が迂闊だった。なんでも彼女が蜀漢に入った時、その雰囲気に馴染めなかったけど一人とだけは世間話が出来たとか言ってたな。
「ごめんね、悪いこと言っちゃって……」
「いいの、大丈夫」
彼女は俺の方を向いて、こっちが見ていられないくらい哀し気に微笑んだ。
「人は必ず死ぬと解ってても、失うのは嫌なんです。笑えますよね、必ず別れは来るというのにそれがとても、怖い」
「……俺だって、怖いよ。人は死んだらそこで終わりだし、生きた方は続くだけ」
「その続きは、とても孤独で、寒い。だから……もう誰も失いたくない」
そう彼女は友人の形見である赤い布の切れ端をぎゅっと握った。まるで友の手を握るように。誰かを喪うという空しさと喪失感は俺もよく、分るけど、きっと彼女と俺では違うのだろう。故にどうすればいいのか分からない。だからこそ俺は彼女の肩をそっと抱き寄せた。
「大丈夫、君が生きているうちは死なない。きっと死なないから」
これが、俺の出来る精一杯のこと。果たせるかどうかわからないし、きっと先に彼女が死んじゃったら俺はきっと嘆き悲しむのだろう。でも彼女を一人に出来ないのは事実で、そもそも一人になんかさせたくない。だからこそ、そういった。
「……本当に?」
「ほんとほんと。一人ぼっちは寂しいもんね」
途端、彼女ははらはらと涙をこぼした。そして涙ぐみながら言った。
「ありがと……馬岱殿。貴方がいてくれ、て……」
その後、彼女はまるで子供のようにむせび泣いた。ただ、俺は彼女の涙を拭った。
◆◆◆
――そういえば馬岱殿、貴方は霜殿と幼いころ一緒にいたとか
――まあ、そうだけど……
――彼女には、貴方が必要ですよ。なんたってこちらが話題の主導権を握らないとずっと貴方と馬超殿と一緒にいた頃の思い出話をすることが多いのですから
――法正殿、なんかこう、ごめん……
――いや、いいんです。なんたってその話をするときの彼女の顔と言ったら幸福感に満ちていたのですから
◆◆◆
「――ごめん、やっぱり約束果たせなかったよ……」
成都にて、俺は地に倒れ空を仰ぎ見ている。まるで彼女と再会した時のような曇天で、刃と刃が交わる音が遠くで聞こえるような感覚。既に手足の感覚はなく、一人の将が俺の首を狩ろうと武器を構えている、というのは辛うじて分かった。この戦いが始まる前、無理を言って彼女を遠くに逃がしたのはいいけどこれじゃ、後で迎えに行くことすら叶わないや。晋の軍勢はあまりにも強すぎて、さすがにこの俺でも無理があった。
「……俺は先に若のところに行くから、せめて君は、ゆっくり……」
刹那、煌めく刃は無情にも俺を貫いた。そして最期に見たのは、喉元目掛けて飛んできた白銀のきらめきだった。
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