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「―――あ」
 どこかの特異点にて、海があったのでぴちゃぴちゃと足を浸してみる。朱色が海に沈みゆく光景はどこか終わりを感じられて私は好きだ。私の生まれたところでは西方に死後の世界があるという。きっと命の終わりを落日になぞらえたのだろう。
 裸足に並みが寄せては返し、ざざんざざんと不規則なリズムで音が聞こえてくる。ふと振り返ると置いておいたブーツとタイツがまだあった。それに安心した私はもうちょっと深く遠いところへ歩んでいく。水の抵抗が少しずつ強くなり気を抜けば水底にさらわれそうで、もしそうなってしまえば愛する人に余計な心配をかけそうなのですねの中間あたりで足を止める。
「……気持ちいいな、これ」
 足元から自分の穢れが清められそうな気がする。水は穢れを洗い流すという意味を込められていたっけということを思い出した。全身浸かりたいところだったがなんとか自制した。
「ああ、これもう限界だな私」
 ふと自分の心の内が漏れる。最近の彼絡みのことなのかそれともまた別のことなのか。それは私にもわかるはずがなくただぼうっと佇むしかなかった。茜色に染まった海はとてもきらきらしていて、そして冷たい。もし死後の世界がこんなにも美しいのであればこういうものなのかという憧憬すら感じられた。
 ざざん、ざざん。
 ちゃぷ、ちゃぷ。
「赤いなぁ、夕日。燃えるように赤くて、まるで―――」
 彼の髪の色のように、とはちょっと違うなと思ったので言葉をひっこめる。しかし、そう思ってしまったことが引き金となって私の中で彼との思い出と思いと泥があふれてくる。一緒に映画を見たこと、手を差し伸べてくれたこと、足を怪我したとき背負ってくれたこと、私の力になるといってくれたこと、多分私に傷のことを知っているのにあえて言わずにそっとしておいてくれたこと―――そして、そういう優しい彼を見るときは何故か北欧のことが頭によぎってしまうこと。
「おかしいな、おかしいな、おかしいな―――!」
 がくり、とうなだれるように浜辺に両手がつく。腕の中間あたりまで濡れたが気にならない。
「北欧の彼と今の彼とはまったくの別物だというのに、分かってるのに!」
 一つ、誰もいないことをいいことに心情を吐露すれば全てすべてドミノ倒しのように崩れていく。水面に映る私は酷く醜くて、恋とか愛とかそういったバグに狂わされた女の末路としては最適な程歪んでいた。あの場所にいたのがあの子ではなく私だったら。何度そう思っただろう。何度も何度も繰り返した黒い泥との戯れ。そのたびに自分は卑しい罪人であることを気づかされる。他のサーヴァントのように新しい傷だの新しい印象をつけさせるといったことが出来たのなら、どれほどよかっただろう。
「浸からなきゃ、清めなきゃ」
 先ほど私を諫めていた理性もなにも並みによって崩れ去り、私は自分を支えていた腕と足の力を弱めて、自分の支えを自壊させる。パタリと私は倒れてたが倒れた場所と波が悪かったのか、仰向けになってしまった。
「―――ああ」
 とても、きれいだ。東の空から紫が染まってきて、星がちらつき始める。決してそれに手を伸ばそうとしても届くはずがなく、ただ眺めるだけにした。そして空には気づかなかったものが。
「雨、ちょっと前に降ってたんだ」
 そこにあったのは消えかけの虹。色とりどりに染められた橋はとっくに崩壊を始めていたらしい。
「まあ、いいや」
 ざざん、ざざんと私の体を海が洗い流す。だけど決して私にまとわりついた泥と罪は洗い流されることはなかった。むしろそれを膨張させるばかりで、ずっと抱えて生きろと言われているようだ。
「……諦めよう」
 かくして私は海から起き上がり、履物を抱えて愛する人を待った。その後、何があったかとか命に別条はないかと聞かれたのはまた別の話。

◆◆◆

「―――何があった」
 命に別条はないと聞かれて答えた後、カルデアに帰還するまえに彼がぽつりと問うた。まだ彼なりに効きたいことがあったのだろう。私はありのまま、事実を告げた。
「少し、海に還っていました」
「ああ……頼むからそれは後にしてくれ。オレはまだアンタの返事を聞いていない」
 少し寂しそうな顔をして彼はいう。私は精一杯ふわりとした笑顔を作って答えた。
「……それはまだ、もうちょっと待ってください」
「ああ、絶対にそれはウィ、と言わせて見せるさ」
 ぐ、と彼は私に近寄る。きっとプロポーズの返事をイエスだのウィだので答えさせる自信があるのだろう。それでも、私はまだ答えられる自信がない。答えを出せないのだ。だから私はその答えの代わりに、問うてみた。
「それはそうと、貴方はもし私が―――」
 言葉が、出ない。悪い人になったらとかどうしようもないくらい救いがない人と分かったらと聞いてみたかったけど、やっぱり怖かったので言葉を引っ込めた。
「どうしたんだい? ほら言ってみろ」
 青い瞳が、問いかける。低い声が私の耳を撫でる。全てをぶちまけてしまいそうになるけどここはぐっと堪えた。
「―――いえ、やっぱいいです……」
「そうか、そうか……」
 男はふと観念したのか、私の手を握る。そして私たちはカルデアに帰った。

◆◆◆

 そしてノウム・カルデアに帰還した後私は強制的にお風呂に入れさせられた。彼曰く「冷えるといけないから」だそうだ。まあそれは至極当然として私が何かやらかしてないか見るために彼はドア越しにじっと物音を聞いているようだ。何も言わず、かといってドアに手をかけることもなく彼はただそこにいた。
「―――あぁ」
 ふと、自分の左手を見る。そこには何度も自分で傷をつけた痕があった。きっと彼に抱かれるときに見られたら幻滅されるよなぁとか余計なことが頭によぎった。でも自分で自分を傷つけなきゃいられない性分はずっと残るのだろう。
「誰か助けてほしいなぁ」
 シャワーの音にねじ込むように呟いてみる。きっとこれが彼の言う本音なのかもしれないし、実際に何もなければ助けを求めていたのかもしれない。でも、無理なんだ。こんなに嫉妬にまみれたり自傷したりする私が助けを求めちゃいけないんだ。私はきっと、童話の中のお姫様になれない。
「―――でも、無理なんだ。怪物は王子様の助けとか目覚めのキスとか求めちゃダメなんだよ。解き放たれちゃ、だめなんだよ」
 どうか誰も聞いていませんように。そう祈りながらシャワーを止める。そして私は熱いお湯に入って沐浴をした。

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