喪失胡蝶

「やぁ……んっ、だめ、あ……」
「ほら、全部見せてくれ、メートル……ここにはオマエさんとオレしかいないから」
 深夜二時。全てが静まり返った頃に布団の上でナポレオンと蒼はくんずほぐれつの愛の交わりをしていた。男は女の体に覆いかぶさっていて、ごつごつとした体は柔肌にこすれたり食い込んだりしている。
「あ、みないで……こわいの、こわい、の……」
「じゃあやめるか?」
「やだ……やだ……」
 男はそう提案したが蒼はそれを緩い声で断った。ああ、と男は相槌を打った後でぷちゅり、と自身の熱いものを深く女の中に押し込む。
「―――っ! あ、あぁ……」
 ぎゅ、と細い両手を救いを求めるかのようにナポレオンのほうへと伸ばしたがその手を取られることはなく。男は自分の手を彼女の腰にあてたまま蒼の体に伏せるように倒れこんだ。
「こわいと言っているが……何が怖いんだい?」
 小さな赤い耳にそっと男は声をかけてみる。女はふわふわとした調子でつぶやいた。
「……こう、あいされているげんじつが、です」

◆◆◆

喪失胡蝶/

「―――あの、アーチャー」
「ナポレオンだ」
 午後十時、オレはいつものようにメートルの部屋にいた。今日も相変わらずかわいらしい……というよりどこか憂いているような表情がたまらない。一つにまとめられた黒い髪に栗色の瞳、白い肌に色鮮やかな唇。黒い衣に包まれた豊満な肉体。その体と唇にむしゃぶりつきたい気持ちをぐっと堪えつつオレはその彼女の傍らで細い左手に自分の右手を重ねた。ゆらりと女の光のない目がこちらを見る。
「手、とても……暖かいですね」
「オマエさんの手が凍えていたらすぐ温めることができるようにしてるんだよ」
「……そう、ですか」
 じっとその瞳がオレのほうを見ている。何か言いたいことやおねだりしたいことがあるのかもしれないが、彼女がそう自分から言い出すことがある時はたいてい彼女自身に限界が来たとき、あるいはすでに限界状態にある時のみである。以前、彼女は自分自身に精神的な限界をとうに迎えているにも関わらずそれを外に出さずに自分の中で押し殺そうとして大変なことになってしまった。だからこそオレは彼女には「できれば遠慮なく口に出してほしい」と伝えているがそれが本当に伝わっているか、そういうことをできるような精神状態にあるかどうかすらわからない。
「何か、いいたいこととかしてほしいことはあるかい?」
「あ―――」
 わたしは、と言いかけたところで口が止まる。そして目線を逸らした後、口に右手を当てて考え込む。
「どうした? 何か言いにくいことか」
「そう、そうなんですが……少し待ってください」
 手を振りほどいてベッド下にあるお酒を蒼は取り出そうとしたがそうさせるわけにはいかない。だから彼女の手を強く握った。
「だめだ、今日という今日はきちんと、素面のままのメートルの口から聞かせてほしい」
「あ……」
 酒という名の万能薬の摂取を阻止された蒼は肩を落とし、眼を見開いた状態でオレをみた。
「いえない、いえないの。こわくて、わたし」
「怖くないぜ? オレにできることなら何でもするから、ほら言ってみな?」
 ぎゅ、と手を握る力を強くする。そして彼女の体をオレのほうに引き寄せた。小さな悲鳴が部屋に響く。
「あの、私、その……」
 もじもじとオレの方をちらちらと見つつ、そのかわいらしい唇から言葉が出るのを待つ。しかし次の言葉は中々出てくることはなく、「えーっと」「その」という声のみが彼女の口から大量発生していた。
「……やはり言えません。ごめんなさい」
「まぁ、いいさ。いつか言える日が来たらいってくれ」
「は、はい」
 また、彼女は答えを出さなかった。過去のトラウマ―――助けを求めてもその助けはこなかった―――を鑑みると自分の思ったことが中々言えなくなるということは無理はない。しかし彼女自身思ったことを中々言えないというのはかなりつらいはずだ。ただ「思ったことを言え」と強要するということはできない。だからオレは彼女が自分の思ったことを言えるようになるために待つしかなかった。
 しかし、それが今来るはずはなく彼女は管制室の主に呼ばれたため部屋を後にした。
「……ごめんなさい、ナポレオンさん。口では何も言えなくて」
 一筋の涙が彼女の瞳からこぼれるのを見た。蒼が謝る必要はない、ただ彼女を謝らせるきっかけとなった彼女のトラウマに怒りを覚えつつオレはメートルを笑顔で見送った。

◆◆◆

 時計が頂点に重なった頃。蒼が帰ってきた。ふらふらとした足取りではなくしっかりとした歩調でオレの方にやってきて、何かをしてほしいかのようにして手を構える。
「お帰り、オレのフィアンセ」
 オレはすぐに立ち上がり、彼女の体を抱きしめた。蒼はこの時を待っていたかのようにして腕をオレの背に回して抱き返す。
「ただいま、アーチャー。少し触媒とかの整理を手伝ってました」
「よく頑張ったなぁ、偉い偉い」
 オレの言葉を聞いた彼女はオレの胸元に顔を埋め、ほんの少し調子の上がった声で鳴いた。
「ありがとう、ございます」
「その分だとダ・ヴィンチから褒められたんだろう?」
「ええ、まぁそんなところです」
「そうかそうかぁよかったなぁ!」
 普段であれば自分自身を卑下する言葉が多くなるはずの彼女がその類の言葉を言わない。十分これだけでも異変であるがこれはきっとうれしい異変であるはずだ。
「……ちょっと、いやかなり時間がかかったりしましたが」
 うりうり、ふすふすと胸元で彼女は身じろぎする。そして顔を上げて夢を見ているかのような表情でオレを見た。
「あーちゃー」
「なんだい? 蒼」
「わたしを、わたしをおかしてください」 
 歌うように、通常通りの声色でその言葉を口にした。オレの後頭部に銃弾が撃ち込まれたような気がした。そして、「犯してほしい」に類する言葉を蒼が言ったという現実を理解するために数秒だけ、要した。
「―――メートル?」
「……この夜だからこそ、夜だからこそ言えるのです。深い夜だからこそやっと言えたのです」
 深夜テンション。刑部姫から聞いたことはあるが深夜には謎の高揚感が湧き上がることがあるという。つまり彼女はそれに任せてあのようなことを言ったというのか?!
「なぁ、オレはフィアンセを手荒に扱いたくないんだ。それに……オレはまだオマエさんと初めての夜を過ごすときは優しく、とろけるようにしたいんだ」
「初めてだからこそ、私は貴方に犯されたいのです。貴方のものである、という認識を植え付けられて……そうすることで愛されているという実感が得られるんじゃないかって」
「まぁ、手荒にむしゃぶりつくようにするのは何度か重ねた後にするとして……でもオマエさんの場合優しくとかされる方が気持ちよくなると思うぜ?」
 自分の身を投げ出すような懇願。優しい愛を受け入れることができない彼女からしてみればこれが最適解なのだろう。しかし、彼女はずっと望んでいる。優しい世界に行きたいと。行けるはずがない、行けるだけの資格はないというのなら行けるだけの証明をオレがするだけだ。
「それに、前もいっただろう? 優しさが毒ならばその毒に慣れちまえばいいってな」
「……」
 ふっくらとした女の唇に口づけを落とす。すぐその唇から自分のを離し、メートルの顔の全体を視界に入れた。
「ずるいです、アーチャー」
「オレはただ、蒼が思うがまま歩めたらそれでいいだけさ」
「……そういうところです。だからこそ私は、貴方に……」
「オレに?」
 再びの沈黙。そして彼女は顔を赤らめた後つぶやいた。
「初めてを、捧げたいのです」
 わずかな勇気。小さな言葉。それがオレにとってはうれしくて気づいたら彼女をベッドの上に縫い付けていた。小さな口がぽかんと空いていて、それでいて目線は泳いでいる。
「本当に、いいのかい?」
「はい……。貴方の好きにしてください……」
「お望みのままに」
 好きにして。それならば優しく蕩かしてやろうと決意して深い口づけを女に落とす。求めあうように舌が絡みあい、服を脱がしあった。

◆◆◆

/Lost butterfly

 何度目かの深い口づけ。服は脱がされてぐちゃぐちゃの深いキスを味わう。私から希ったことであれども、恋人同士がやることをしてもらっているという時点でどこか私の胸にある孔が痛むような感じがした。それを察したのか彼は私の胸に顔を埋めてぴちゃぴちゃと赤子が乳を飲むかのように私の乳首を吸い始めた。何度も感じた甘い刺激が私の脳を走る。
「んっ……」
 べろりと大きな下で舐めあげられてつん、と突起がたちあがる。それを見逃さなかった彼は空いている左手でぐりぐりとそれを弄んだ。
「あ、やらぁ、あ……」
「あー……こんなにかわいい声で鳴きだすなんて……もっと聞かせてくれや、メートル」
 甘くて低い声で告げる彼。そんなかわいい声ではないはずなのにそう告げられると不相応な舞い上がりをしてしまいそうで怖いのだ。ましてや私ははじめてで、向こうはおそらくたくさんしている。きっと彼は満足できるはずがないのだ。彼にたくさん教えられたとはいえ生身のそれを入れられるということはおそらく初めてだ。
「あたま、いたくならないですか……?」
「ならねぇよ。むしろ我慢するのつらいだろう?」
 その左手は突起からやわやわと私の胸にターゲットを移す。大きな手が私の胸を覆い、無骨な指を沈めていく。未だに慣れない変な感じがしてとてももどかしい。彼の右手は私の左手を固定しており未だ逃がすつもりはないらしい。
「がまんなんて、しているつもりは……」
「してる、オマエさんはそれを無意識にしている」
「それが普通と思っている、んですよ……」
「あー、オマエさんの場合そうだったな。じゃあ今は我慢するな」
 ぐ、と首筋に顔を埋められてちゅうと大きな口が私の首を吸う音がした。温もりが強く伝わって、そして唾液が空気に触れた時の冷たい風が覆った。
「あうぅ……」
 ぎらりと青い瞳が私を見ている。その瞳に映っているのは、はしたなく乱れている私だった。こんな私に欲情している彼は、見たことがない。どうして彼は、私を好きになったのだろう。
「あーちゃー、どうして、どうして」
「どうしてって……蒼のことが大好きだからだよ」
「そうじゃなくて、どうして、あなたは……私なんかを好きになったの?」
 ずっと思っていたことを彼にぶつけてみる。そして私はすぐ、そんな質問をしたことを後悔した。
「……一目ぼれだ。それ以外にあるかい?」
「え?」
 また深い口づけが私に注がれる。舌が絡みあって酸素が足りなくなっていく。ぺちゃり、ぬちゃりと唾液の音にのまれていく。
「それに、理由がありすぎて……この場では語れねぇんだよ」
「うそ、どうせ、どうせ……」
「メートル、少し静かにしてくれ」
 再びのキス。またさんそがわたしののうからきえていく。ふわふわ、ねちょねちょ。暗い泥がひいていく。彼の左手は私の胸から足の間に移動しているらしい。
「あ、あぅ……そこ、そこは……っ!」
「そう、ここがオレと蒼が繋がるところだ」
 優しくほぐすように彼の指が私の中に入っていく。くちゃくちゃと慣らしつつここが「気持ちいい」ということを教え込むように親指で秘豆を弄り回す。親指が私の芽を潰すようにするたびにひくひくと中が震えだした。
「あ、あぅ、おかしいよ……おかしいですよ……」
「そう……これが気持ちいいということだ」
 くいくいと中で彼の指が動いている。彼の指に私の肉が纏わりついている。もう私の思考回路はふわふわしているのか、彼の指が動くたびに甘い刺激が弾けて広がっていくのを感じていた。これが、きっと、気持ちいいということなんだということを私は今、愛する人から教えられている。
「きもちいい、これが、きもちいいんだ……」
「そうだ、ほらもっとほしいかい?」
「ほしい、欲しいです……」
 つい私の口から言葉が溢れた。少しくらいの刺激ならどうってことはないだろう。
「じゃあ、たっぷり愛とか思いとか気持ちいいこととかをオマエさんに捧げるとしようか」
 私の中にもう一本指が入っていく。人差し指の次は中指で、少しだけきついけどかけたものが満たされたような感じがした。形を覚えさせようとじっと動かさずに、私の肉がおりていくのを待っている。
「ところでメートル、答えたくないなら答えなくていいが……一人でしたことはあるかい?」
 ちゅっちゅと私の肌に紅を散らす中、どうってことはないかのようにしてナポレオンは私に問う。一人遊び。きっと彼は私の中にすんなりと指が入ったということを気にして問うたのだろう。
「あ……どうして?」
「ちょっとした興味だ」
 ほら、と言わんばかりの柔らかな眼差しで男は言う。私は身じろぎ、ゆっくりと顔を彼から背けた。
「あーちゃーの、えっち……」
「それはお互い様だろう?」
 くい、と私の肉をかき混ぜようとして二本の指を折る。ずっと一人遊びをこっそりしていたからか私の中がかき混ぜられそうになるたびに変な感触が私の体を駆け巡る。
「やぁ……」
「答えたくないならそのままでいいが……どうなんだい?」
「ひ、ひとりで、なら……何度かあります……」
「ほう」
 つい、変な感触に負けてしまって自白してしまった。ずっと彼から『気持ちいいこと』について教えてもらっていたが、彼からもたらされる天国のような心地よさを忘れたくなくて一人の夜にこっそり、自分の体に刻み込んでいたのだ。きっと居心地のいい夢はすぐ消えてしまうからせめてその名残は覚えていたくて自分を慰めていたのである。きっとこのことを知ったら彼は全部私に気持ちいいことをするかもしれないのでずっと黙っていようと決めていたはずだったが、私には隠し事は絶望的に向いていないらしい。
「どうして、してたんだい?」
 責めることはなく、ねっとりとした声で問い詰める。その声が耳を撫でるたびに私の体にぞくりと甘い何かが溶けていく。
「貴方からもらったえっちなの、忘れたくなかったから……です」
「嬉しいねぇ、忘れたくなかったから一人でした、だなんて」
「あなたに、抱かれたら優しい世界にいけるかなと思って……せめて空想で、してたんです……」
「そうかそうか、よかったなぁ。オマエさんはその優しい世界に今いるじゃないか」
 ぐい、とざらざらとしている中を無骨な指が撫でた。私の中の果汁があふれて、果肉がきゅんと縮んだ。
「あ、あぁ……っ!」
「そしてここが、気持ちいいところだが……ちょっと待ってくれ」
 もっと、もっと触れてほしい。そんな私の気持ちをよそに彼は自分の指を引き抜いた。ねっとりとした透明な果汁が彼の指にまとわりついている。彼は起き上がり、私に見せつけるようにしてその指を舐めた。私の中にあった液が、彼の咥内に入っていく。
「はぁ……格別だな、こりゃ」
 ごくん、と彼ののどぼとけが蠢く。ちらりと彼の逞しい体に視線を落とすと部屋の照明で逆光になっている体に影が落ちていた。あの体にはたくさんの傷跡が刻まれていて、これから私はあの体に抱かれるのだろう。そんな体の持ち主が私の果汁を堪能している。そして―――その果実の出所に今から彼はあの、熱い砲身をいれる。少しだけ彼のそれが見えてはいるが既に臨戦態勢であることは持ち上がった先端でわかる。
「んじゃあ、そろそろ慣れただろうしいれるぜ?」
 その舐めた手を以て、砲身を持ち上げる。私に見えるように上げられたそれはとても、たくましくて、大きくて、何も言えなかった。
「は……はい……お願い、します……」
「力、抜け」
 そういうや否や彼はゆっくりと私に覆いかぶさった。そして先ほどまで指でとろとろになっていた私の中に彼の熱い砲身が入っていっている。指二本で慣らされているとはいえ初めて男の人の一物を迎えるので少しだけ痛い。
「あぐぅ……っ、い、いた……」
「痛いかい? ならやめるか?」
「やだ、やめないで……」
「そうかそうか、それじゃあ……」
 そして彼は何度目かわからない口づけを落とした。とても深くてふわふわさせるような口づけ。ついばまれるようで貪りあうようなそれがぐちゃぐちゃに私のあたまをかき乱して痛みを甘さで薄めていく。
「あ……っ、んぅ、や……」
「んっ、メートル、ほんっとうに綺麗だなぁ……」
 口の中が唾液で満たされる中、熱くて存在感のあるそれが奥に納まっていく。その時にはすでに痛みは感じなくなっていた。
「っと、全部入ったぜ。蒼」
 ほら、と無骨な手で私の下腹部を撫でながら彼はそう告げる。さっきまで指でぐちゃぐちゃになっていたところに彼のものが入っていて、それで私たちは繋がっていると思うとどこかわからない幸福感があふれだしてきた。
「繋がってるんだ、わたしたち……」
「そうだ、オレとオマエさんは繋がっているんだ」
 軽い口づけを私の唇の上に落とす。なんだかそれがとてもうれしくて、つい彼の背に私の手をまわした。ごつごつとした彼の背中の触り心地は、どこか安心できる。
「おぉ、そんなに気に入ったかい?」
「え、ええ……。あったかくて、とけちゃいそうです。やさしいせかいに、とけてきえて……いいゆめにはいれそうで……」
「気に入ってもらえてよかったぜ。まぁもっと気持ちよくなるけどな」
 どうやって、という前に彼は起き上がる。背に回していた私の手は離れてベッドの上に落ちて、彼の手は私の腰をつかんでいた。
「動くぞ」
 そう彼は告げて、ゆるゆると中に入っている砲身をぬいた―――と思いきや、ぷちゅんと私の奥を貫いた。
「―――っ!」
 ぐちゃりと私の肉が彼のものを迎え入れる。彼のものが、私のなかにはいってつついて、きもちいいところをこすっている。ぬちゃぬちゃ、くちゃくちゃとかき混ぜられる感触がして変なかんしょくがこみあげてくる。
「あ、ああんっ……や、つついちゃ……」
「まだ慣れないかい? 少しずつ慣れていけば大丈夫だからな」
「は、はい……」
 こくこくと首を縦に振る。それだけでも私にとっては精一杯のお返事であった。彼はそれを見て私の首筋に軽く口づけのみ落とした。そして彼は再び律動を開始する。
「っ……本当にきついな……しまっていて、オレのものを放してくれそうにないなこりゃ」
 水音が静かな寝室に響いている。彼の額には汗が輝いていて、普段上げている彼の前髪はすっかり降りていて幾分か幼く見えた。前髪の隙間からはギラギラと青い目が輝いている。大きな口は私に向けて甘ったるい言葉を捧げたり、何か言葉を出すのを我慢しているかのように唇をかんでいた。
 今、彼はこの私をみている。はしたなく乱れている私をじっと見ている。みにくいわたしを、目に入れている。そんなことが耐えられなくて思わず手で顔を隠そうとしたらそうはさせまいと何度目かわからない深い口づけをされた。
「やぁ……んっ、だめ、あ……」
「ほら、全部見せてくれ、メートル……ここにはオマエさんとオレしかいないから」
 布団の上でナポレオンさんは私の体に覆いかぶさり、腰を振り続けている。ごつごつとした体は柔肌にこすれたり食い込んだりしていて暖かい。ずっとずっと触れられていたいのにこんなにあたたかいものが与えられることにうすら寒さを感じてしまう私はなさけない。
「あ、みないで……こわいの、こわい、の……」
「じゃあやめるか?」
「やだ……やだ……」
 彼はそう提案したが私はそれを緩い声で断った。ああ、と男は相槌を打った後でぷちゅり、と自身の熱いものをより深く中に押し込む。
「―――っ! あ、あぁ……!」
 ぎゅ、と細い両手をナポレオンのほうへと伸ばしたがその手を取られることはなく、そのたくましい背中の方に私の手は回った。
「こわいと言っているが……何が怖いんだい?」
 小さな赤い耳にそっと男は声をかけてみる。私はふわふわとした調子でつぶやいた。
「……こう、あいされているげんじつが、です」
 好きな人と交わって、気持ちよくて優しい夢の中にいる現実。それがなぜか受け入れることが出来なくて、それでも彼の熱が現実であることを突きつけている。ぐちゃぐちゃと中をかき乱すたびに快楽というものが、私を麻痺させてくる。
「大丈夫だ、何も怖くない」
「ほんとに?」
「ああ、今はその愛されている現実を受け入れてくれ。その現実は甘くて、いいものだぜ?」
 口づけ、だしいれ、甘い味。
 今はただその全てが、現実が私を蕩けさせている。理性も、普段抱えている醜い罪も、弾劾する声もノイズもすべてかき混ぜられていく。
「あ、はい、はいっ……!」
「よし、それでいい」
 彼はにこりと優しい笑みを浮かべてキスをした。それを合図に彼のものの出し入れがはげしくなって、肉同士がぶつかり合う音が激しくなっていく。ざらざらとした中に彼の砲口がぶつかっていて、そのたびに何かがはじけそうな感触がした。
「んっ……あ、あぅ……あ、あーちゃー……っ!」
「メートルっ……ほーら真名でよべっつったろ?」
「あ、でもぉ……あーちゃーは、あーちゃーで」
「蒼、呼んでみてくれ」
「……なぽれおん、さん?」
「そう、その調子だ……!」
「や、なぽれおん、しゃん、あ、あぁ……っ!」
 ずん、とさらに肥大させたそれを奥につく。そして舌なめずりをする音が聞こえた。私の中の果実が、ぐちゃぐちゃになっている。笑みを浮かべている彼もどこか息を荒く吐いていた。既に限界が近いのは同じらしい。荒い息を吐きながらする貪るような口づけが美味しくて、もっと、もっと欲しくなる。
「あ、ねぇ……きす、して?」
「お望みのままにっと……!」
 ぬちゃぬちゃ、ちゅっちゅ。もうどっちがどっちの唾液なのかわからないくらい激しい口づけをする。彼の唇はちょっとだけ甘くて苦くて、一緒にお酒を飲んだらおいしくなりそうな味だった。それと同じくらい私の下の口は互いの分泌液で溢れて、混ざり合っている。もう色々はち切れそうで、そしてつぎに強いのが来たら壊れそうだ。
「ああ、ほんっとうに蒼はいいおんな……だなぁ……!」
「うれしっ……。わたしも、あなたのこと、だぁぃすき……!」
「ああ。オマエさんのおねがいなら応えたくなるくらいに、なぁ……」
「じゃあ、おねがい……私を、わたしだけを、みていて……」
「当然、蒼を見ているさ……! 少し寄り道はするが、今のオレのフィアンセは、蒼さ!」
 ずん、とおおきなものが果実の奥をついた。それと同時になにかが、はじけた。
「あ、や、あ―――ぁ!」
 こらえようとした声が漏れる。視界が白くなる。あついものがさらに熱くなった。ふわふわ、ぽわぽわしている意識が彼の腕によって引き戻されている。
「……蒼!」
 うめきながらどくん、と彼のものが脈打つ。そして熱い何かが私の中に注がれた。
「―――あ、あー、ちゃー……」
 じわじわと私の体が彼のぬくもりに支配されてゆく。ぬぷりと熱いものが抜かれてどろりとしている液体が途切れたことを感じた。彼の名残が、私の中にある。
「……す、き」
「オレもだぜ、蒼」
 そしてゆっくりと意識が沈む。彼の祝福としての口づけが額にあたったのを感じた。

◆◆◆

/petals and butterfly

 しばらくしたのち、先に起き上がったのはナポレオンの方だった。
 彼はその初めてを味わった女にそっと優しく触れて起きるのを待とうとしたがすぐにやめた。
「……きちんと痛いって言えたじゃねぇか」
 性交時の痛みですらこらえるかと彼は睨んでいたが、それをしなかったことへの驚愕、並びに言いたいことを言えたことに対して胸をなでおろした。しかし彼は彼女の傍らにて唸り、新たな懸念事項について思考し始める。
「……でも、オマエさんはずっとその思いをこらえていたのかい?」
 独占欲。男は蒼が最中に言った言葉を思い出す。ずっと自分だけを見てほしいという懇願とそれを表にすることへの罪悪感。北欧異聞帯の記憶は消えることなく、火傷のあとのように女を蝕み続けている。北欧異聞帯のクリプターの存在を話題にすることはない上に彼自身他の記憶をあまり持ち込む気にはならない――が、スカサハ・スカディとの一件があったことを蒼が知っている以上不安を抱く気持ちはナポレオン自身わかっていた。
 なかったことにはしたくない。なかったことにしてはならない。でも―――。蒼が抱いている矛盾精神と鋼鉄の理性を剥がすことはできない。吐き出すことすら彼女自身が許していない。だからこそ、彼は寝ている彼女に声をかけた。
「信じられないのなら、セルフギアススクロールでもなんでも使っていい。オレは蒼の力になるからな」
 そして彼は蒼の傍らに潜り、抱きしめる。夜が来るまであとわずかの間、男は女を守るようにして抱きしめたのであった。

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