誰もいないあいだに

 太陽は西方へと沈み、空は橙と紺に滲む。黒い死覇装を纏った仕事終わりの死神たちの群れをかき分けて私は走る。細い腕で抱えるは三本の酒の瓶。桃色の布地に花柄の友禅染を施された風呂敷に包まれたそれを抱えて私は八番隊隊舎へと向かっていく。
「す、すみません……!」
 抱えている瓶の重さに操られて足をよろめかせ、誰かにぶつかりそうになるがすんでのところでなんとか回避する。今日買ったお酒は然るべき人――京楽隊長への誕生日祝いとして買ったもの。故にこれらのお酒になにかあってはならないのだ。道中にて文具店、メガネ、本屋さん。様々なものが脇目に入るがそれらを気にしている暇はない。今日という隊長の誕生日が終わるまでには届けなければならないからだ。空の色から判断するに、時間はあまり残されていない。
 黒い服を着た人の群れの中を起用に泳ぎ、流魂街から瀞霊廷へ。八番隊隊舎へと辿り着いたときには空は既に群青に染まっていた。煌煌と三日月が西方に沈みかけている。灯りからして夜はまだ始まったばかりらしい。
 隊舎にはまだ灯りがある。昼間の怠惰のつけを彼は払わされているのか分からないが普段の彼の言動からしてそうかも知れない。そうとなればこの酒は今の彼には渡さないほうがいいのだろうか? ―――否、こっそり置けばいいだけかもしれない。
 音を立てずにそっと戸を開ける。隊舎の中はしんと静まり返っていて蛻の殻。昼間の少々騒がしい光景が嘘のよう。きびきび動く七緒さんも、円乗寺三席の叫び声も―――京楽隊長の姿もない。
「……静か、だ」
 明かりが灯っているはずであるが、誰も居ない。慎重に、なにか踏まないように心がけつつゆっくりと光を探す。それはすぐに見つかり、光源は隊長室にあった。わずかに漏れているそれに影はない。
「……失礼、します……?」
 頭上に疑問符を浮かべながら隊長室の戸を開ける。あいもかわらず酒の匂いと香の匂いが混ざっていて、時折擦りたての墨の匂いが鼻腔を撫でる。部屋の主は不在らしい。
 机の上には書きかけの瀞霊廷通信の原稿が放置されている。おそらく仕事しているフリをして薔薇色の小路を執筆していたのだろう。原稿によると今回の主人公は内気な女を口説こうとしているらしい。もう少し詳しく読みたいところではあるがこれ以上読むと楽しみが半減してしまうので一番上に乗っている原稿以外は読まないことにした。
 部屋の主は不在。隊長が来るまで待機しようと考えたがどのくらいで戻るのか、そもそも今日は戻るかどうかは不明である。ならもう、名残惜しいがおいていくしかないだろう。机の下に酒の瓶を置く。そして――抜き足差し足で隊長の部屋を後にした。

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