手の先が凍てつく。目を逸らしたくなるが「そらすな」と脳が警鐘を鳴らす。
「それにしても久しぶりですねぇ、雪洞さん。まさか雄英卒業してヒーローしてるなんて思いもしなかったよ」
寺田が履いているヒールの乾いた音が近づいて来る。さながらモーゼのように人の海が割れ、その中を彼女はゆったりとした心地で歩いてきた。
なにも知らない人から見れば、彼女は聖人に見えるだろう、
だが、私から見ればその皮を被った敵だ。正しさを踏み台にして、現実を歪ませ、魔女狩りを先導することを趣味としている捕まっていないだけの敵だ。一緒にいるイレイザーさんが彼女のことをどう思っているか知っているかはわからない。多分わたしがここでとびだしたら止めるかもしれないことは確実だが―――多分、その手を振り払ってしまう。
「校外学習の時に単独行動していた問題児が市民を守ってるなんてねぇ、これ公開されたらどうなるんだろうねぇ」
あのときと、同じように口を三日月に歪ませて彼女は嘲る。
違う、それは寺田が私をはぶいたから。
「ああでもアンタあんまメディアに出てないから意味ないか。でもこれで有名になるねぇ。和を乱すヒーローとして」
やめてくれ。曲解した話を世に出すのは記者としてそれでいいのか。
お前が、お前が仕向けたことなのに。
「学校の規則すら守れない人間がヒーローなんて、ねぇ? 秩序の人間がルール破ってるなんて説得力かけらもないんじゃないですかねえ。あの時私含めクラス総出で探したんだけどなぁ」
「嘘を、つくなーーーー!」
「なあ、牡丹。寺田蘭とは知り合―――」
つながれた手を振りほどく。扇子が床に舞い落ちる。
同時に右手には硬い雪玉。大きく振りかぶり寺田の太ももに報復死球すべく持てる力で直球を放り投げた。
思い出せ、という低い声が聞こえてきたが思い出したのは彼女の所業。今ここで、現実を歪めさせる敵は排除しなければならない。
高い音が鳴る。しかし――――ぶつかることはなく、いつの間にか彼女の前に閃光が出ていて素手で雪玉を受け止めていた。
「期待の市民をつぶす気か!?」
「期待の市民じゃないです! 捕まってないだけの敵です!」
「落ち着けベラスニェーカ! 今お前がすべきことはなんだ!?」
「偵察、そして敵の制圧です!」
もう一発雪玉を作り上げ閃光めがけて投げつける。
クイック、ストレート、100km。寺田にぶつけたいところだったが仕方ない。彼が倒れたところで次は彼女を――
「――――――光あれ」
瞬間、閃光の目が光る。
白い光に目がくらむ。周りは白亜の壁だから余計にそう見えるかもしれない。
冷たいものが手から滑り落ち、思わず目を瞑る。
隣からは突然の光になにか吐き捨てているイレイザーさんの声が聞こえた。
「ああ、くそ――!」
「あーあー、勝手な行動で相棒迷惑してるじゃん。セツドウさんいい加減ヒーローやめなよ。それともさあ、そんなに私を付け狙ってなに? 私がなにか悪いことした?」
足が、竦む。
だめだ、声の主に反論はできない。ああ言えばこう言うで説き伏せられるから。
末端が冷えていく。確かに私がつっぱしらなければこうはならなかったはず、だが―――目の前には人の皮を被った敵がいる。
隣のイレイザーさんはどうだ。だめだ、顔を向けない。どんな反応をしているのか知らなければならない。
どうする、どうするどうする――――。ただ、足が崩れ落ちないように耐えるしかない。
「なんにもいえないの? 言わないと分からないよ?」
「あ、あ―――」
げらげら、げらげらとひんのない笑い声がきこえてくる。むりだ。べろを噛み切ってしぬか? ああ、そうだきっとそのほうがいいのだろう。そういえばいしょはまだ書いていなかったっけそしてここはどこでわたしは――
「再会はここらへんにして一つ聞こう。あんたらはヒーロー連続闇落ちについて何か知っているか?」
「2度も言わせないでくださいな。勝手に堕ちたのです。ちょっと友として心に傷を持つヒーローに対して言っただけなのですよ。『あなたを疎んだ人を助けて嬉しいの?』と。個性も不正使用してないし、ちょっと網にかかったヒーローの背中を押しただけですって」
意識が曖昧になる中、寺田が私から視線を外して低い声のする方に目を向けた。それに従うように私は彼女の視線の先にあるものをおもむろに、顔を向けてピントを合わせる。
そこには、顔色を変えずまっすぐ敵に問うている彼が、いた。いつもと変わらぬ厳しい顔で、彼女らだけが視界の中にいるように。
「そうか、知っているな」
掠れ声で、なんてことのないように彼は呟く。視線に気づいたのか彼は横目で私のほうに視線を送った。
そこで私はやっと、認識した。ああ、そうだ。私は今すべきことは、復讐では、ないはずだ。
四肢の強張りが薄れていく。固定された意識がほどけていく。詰まっていた喉は緩んでいき、今いうべきかもしれない言葉が作られて、唇の裏にまで到達した。あとは、どうにかして声に……!
「ですが……その……網が貴方の個性なら……」
「証拠捏造するの? 不正使用という証拠は? ああ怖い怖い。やっぱ雪洞さんは考えも怪物になったんだ。その唇から怪物らしい考えを世間一般に訴えてみたら? まぁ信じてもらえないだろうけど」
――――――ああ、やはり、だめだ。言葉じゃ通じない。だが今は冷静になれ。復讐すべき時では、ない!
一先ず先ずは証拠を思い出しまし――そうだ、
「ちがう……この自白の証言と、個性届と招待状のカフェインの一件を照らし合わせればどうなるか……わかりま、す、よね……」
「それでもその招待状、回収したからないも同然なのわからないよね? ああいやあんた妖怪だから言葉わからないか」
再び背筋が凍る。つみ、だ。
どうすれば、どうすればどうすれば。冷静に、冷静に――――!
「なら、それを回収すればいいだけの話だろう。行くぞベラスニェーカ」
背中を、ぽんとたたかれる。やけに暖かく感じた。そうだ、招待状がないなら一部でも回収してしまえばよかったんだ。
「……わかりました。そして申し訳ありません、イレイザーさん……」
「反省は後で聞くから集中しろ」
「――――はい」
即席反省会に入る前に無理やり意識を固定させる。
いつぐらつくか分からないが、それでも招待状回収までは持って欲しい。持たせなければならない。足を踏み出す準備、了。ぐらつきがまた来る前にやることを終わらせよう。
「いくぞ、ベラスニェーカ。二手に分かれて身の安全が取れたら――――」
「なあ、行かせると思うかぁい? お二人さぁんよぉ」
足を踏み込もうとした直前、どん、と閃光が足を踏み鳴らす。
その音と同時に音ががちゃがちゃ回りが騒がしくなりはじめた。彼らの手には白銀の刃に黒鉄の筒、個性を発動したと思われる人もいる。共通しているのは、私たちに向ける視線が鋭利であることだ。
「……そうなるよなぁ」
「どっちみちお前の連れが死球しようとしまいと既にこうすることは決めていたのでね、悪く思うなヒーロー」
じりじりと、参加者たちが近づいてくる。
もうどうしようもないくらいに皆気が立っていて、いつ暴発するか秒読みといったところだろう。
イレイザーさんと視線が重なる。空気が張り詰めて、右腕がすう、と冷えていく。
閃光が手を上げて私たちに向かって指を指す。反射的に目を瞑ったその後、また光が走った。
「諸君、乱闘の時間だ。ペーパームーンが告げる―――総出でペーパームーンを焼き尽くせ!」
高らかに男は宣言する。瞼を開けると同時に――一球を閃光の顔面に直撃させた。
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