藍染明星

 何事にも始まりがあれば終わりがある。それはこの旅も同じことであり、今いる場所から私は歩みださなければならない。それはつまり愛する人との別れを意味する。ようやく彼の支えでやっと足に力が入りそうになったのに、第七の異聞帯の切除が終わり、異星の神陣営との決着が着いたら今度こそ、彼とお別れだ。やっと色々あって彼の求婚を受け入れることが出来たというのに私ときたら、未だに人の好意を疑う癖が抜けきらず、そして劣等感並びにあの子に対する嫉妬心が背後にひたりと張り付いている。彼と一緒にいることが出来る時間は少ないというのにそのネガティブ思考を直すということは出来ずにいた。そして、それが出来ない私が大嫌いだ。
 出来ないならやればいい、という人もいるかもしれないが私の場合本当にできるだけの精神がない。残っていないのだ。試みようとしても既に私の心は壊れているのか、前向きになれるだけの力は残っておらずいわば「体力をつけるだけの体力がない」状態だ。言い訳じみているということはわかっているが私にとってそれは現実だ。上向き志向するだけの精神力はなく、むしろしたところで「そうなるわけがない」と結論付けるのが関の山。しかし愛する人の甘い言葉自体はとても嬉しくて、私は彼に愛されているとか婚約者として認識されているという事実を向けられるたびに思いあがった末にあらぬ妄想を繰り広げるくらいには回復している、らしい。それでも人の言うごく普通のメンタル水準には程遠く、早く精神的に歩むことが出来るようにしなければと私は私を説教していた。

◆◆◆

藍染明星/

「……それで、青色は貴方の目、ということですか」
「オマエさんがそういったじゃないか。覚えていないかい?」
「あー……思い出しました……。いった、うん。言いました……」
 或るシミュレーターにて、私は或る時代ある場所にて彼と野宿をしていた。レイシフト先でもキャンプが出来るように今回はその技術を確かめるための訓練で、森林の中にテントを張り、簡易的な調理をして、安全に寝るということをしていた。定期的にやっているからいいものの、私は元来インドアの人間故に未だにそのキャンプ設営をするだけで体力の半分を持っていかれた。
 現在時刻は夜明け前。あまりにもきつい肉体労働をしていたからか私は布団にくるまっているにも関わらず眠れずにいる。そして傍らには寝ずの番を元々する予定だったナポレオンがいた。
「せめてこう、こうなる前に他の人からキャンプ技術教わればよかった……。ペペロンチーノさんやカドックさん詳しそうでしたし」
「Aチームか、オマエさんのいう」
「ペペロンチーノさんは世界を飛び回っていた上に他のAチームの人に教えていたと聞きますし、カドックさんは対獣魔術を使っているのでなんとなくそういうの詳しそうだなーって思いまして」
「話す機会はあったかい?」
「廊下ですれ違うだけですね。忙しそうでしたし如何せんマリスビリー所長絡みでもありましたし……そもそも私のようなものが話しかけてよかったのかすら分かりません」
 事実、キリシュタリア・ヴォーダイムをはじめとするAチームの人と関わりあうということはなかった。本当に話しかける暇もなかったうえに、どこかへだたりというか、そういうものを私が勝手に感じていたことに加えて私が口頭でのコミュニケーションが致命的に苦手というのがあった。故に私は、書類以上のクリプターのことを実際に異聞帯の先々にて会うまでは知らなかったことになる。
「まぁ仕方ないよな。それぞれにやるべきことはあるというし、そのクリプターもオマエさんもカルデアの職員らもやるべきことをやっていた。そうだな」
「まぁ、はい」
「それより……オマエさんは寝ろ。オレが言えることじゃあないが寝ろ」
「寝られないんですよ。寝る体力すら残されていないのです」
「難儀だなこりゃ」
「まぁ全部私が悪いんですけどね。色々怠った私の責任です」
 ふ、と藍の夜空を見上げながら呟いてみる。事実私がこうなっているのも全て私自身の怠惰から来るものであり、また罪であり罰である。自分の心からくる罪は苦しみで贖わなければならない。ただそれだけのこと。獣除けのための焚火はぱちぱちと燃えていて私の心の内を炙り出そうとしている。
「私が、頑張っていればこんなことにならずに済んだのに」
「あー……蒼、ちょっといいかい?」
 私の横にいる彼がおもむろに語り始める。焔の影に照らされている横顔がとてもきれいだった。まるで――北欧異聞帯にての散り際を連想させるほどに。
「どうしました?」
「オマエさんはまず頑張ることより休むことが先だろう?」
「……すみません、回復が遅くて」
「あーいや、そういうのじゃなくてな……無理に回復しようとしてもオマエさんの場合は重傷だろ? なら余計無理はするな。オマエさんが辛くなるだけだ」
「早く回復しろ、とは言わないんですね」
「左腕見たらいえねぇよ。それに回復も何も結局は体力が必要だしな」
「喋ると癒す。どちらのこと言ってるのですか?」
「? ……あー、なるほどな。喋るの方だ」
 火の粉が舞っていて、その光を基に会話をする。今まで私の身にあったことを唯一知っているからか、彼は決して心無いことを口にはしないものの本当に言葉通りのことを思っているのか不安になる。きっと「止まるな、どの方向にでもいいから進め」とこういう時は言うものと認識していたので「休め」と言ったことには少しだけ驚いた。
「話を戻します。その、こんなにも陰気でそれを直そうと努めない私がいるんですよ? 変わりたいのに変わろうとしてないというのに、そしてその理由付けで過去にあったことを使っているのかもしれませんよ?」
「前に学校でいじめられた云々のことかい? あれを言い訳と認識できるほどオレは疑っちゃいない。それにあの夜泣きながら『知られたくなかった』と告白しているのを目の当たりにしてるんだ。今のオレは、目の前で泣いている女を放ってはおけないんだよ」
 す、と抱き寄せられた後に肩に手をまわされた。暖かい炎と温もりが私の体を覆っている。優しい言葉が傷口に染みてとても痛い。
「自分のことを怠惰だとか怠け者とオマエさんが自分のことを嘲っていることは容易に想像はつく。でもな、オマエさんは十分に頑張っているさ。もっと頑張れとかそういう心無いこと言えねぇよ」
「……すいません。ありがとうございます」
 ふ、と見上げると東の空に明星が見えた。数々の星の中にひときわ輝いている金星が私たちを睥睨している。思わずきれい、と感嘆を吐くと彼が耳元で「蒼の方が、綺麗だ」と囁いたので思わず縮こまってしまった。
「……すみません、藍色の空とのコントラストが綺麗で、思わず」
「虹の色の一つに染まってる空との組み合わせがかい?」
「ええ……でも明けというか個人的にはヴェスパー……宵の明星の方が好きなんですがね」
 また朝が来ることよりも、静かな夜の方が好みな私にとっては夜を告げる星が心地いい。そうか、とだけ呟いたナポレオンはとんとんと子供を眠らせるように私の肩を叩き続けた。
「……ありがとうございます。やっと、眠れそうです」
「よかったな、そりゃ。暫くしたら起こすからそれまで眠っておけ」
「――はい」
 そして私は泡が消えるかのようにして眠りにつく。もっと、もっとという浅ましい欲を強引に押さえつけたまま。

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