「―――あ」
自然に目が覚めたときに見た時計は四時を指していた。この部屋に限らず今の時間帯のノウム・カルデアは静か過ぎていてかえって不気味だ。何かが予告なしに現れそうで、ほんの少しだけ怖い。また寝てしまおうかと少し考えたが朝の朝礼に遅れそうになるのはごめんなのでそのまま起きてしまうことにした。薄明かりの照明のなか髪を整え顔を洗い、服を着替えて仕上げに眼鏡。鏡の前で身支度チェックを終えた後、私はそのまま図書館へと向かおうとしたが背後から誰かに手をまわされて、ぎゅっと抱きしめられてしまった。
「おはよう、随分と早いなぁマドモアゼル」
「―――あの、その、なぽれおん、さん」
顔に熱が集まっていく。こんなに早く起きようともすぐ熱くなってしまうらしい。大きな手が私の肌に食い込んでいて、別の人の熱が直に伝わっていっている。低い彼の声は私の耳元の近くで響いていて、心をどくどくさせている。もうすぐ夜明けだというのにこんな気持ちになってしまっていいのだろうか? そんなことを気にも留めず彼は私のことを抱きしめ続けている。離す気配は未だにない。
「どうした?」
「その、もう活動開始しようかなーと……」
「そうか、でもオマエさんはここ最近ずっと睡眠不足じゃないか。この前はふらふらして倒れちまっただろう?」
「……まさに、正論ですね」
ショートスリーパーであった彼に言われてしまうなんて。それほどまで傍から見れば私は夜更かししていたのだろう。足を引っ張らないように魔術の鍛錬とか調べものとかしていたがそれがどうやら体の毒になっていたらしい。現に、この前の本棚整理の時には―――とんでもない事故に、なってしまった。あんな重大インシデントは二度とあっては、なら――いや、あってもいいのかもしれない。
「でも私はいかね――」
「ここで、夜を明かすのも悪くないぜ? メートル」
思ったよりサーヴァントの力は強く、彼の腕の力には逆らえなかった。脱出は叶わず今度はベッドの上に逆もどり。眼鏡に何かあってはならないということは把握していたからか眼鏡は傍らのテーブルに置かれてしまった。折角整えた髪型が乱され、コートもその辺に投げ捨てられる。
「あぅ」
「これで、よしと」
気が付いたら私は彼の腕の中にいた。しかも丁寧に布団までかけられている。どうやら彼は本当にほんの少しだけ私を寝かしつけたいだけらしい。太い指が私の頬を撫でていてそのたびに水面が跳ねるような感じがした。無言で、しかも晴れた空のような瞳がじっと見つめてくるものだからことさら彼が近くにいるという現実を実感してしまう。煙の匂いに交じって爽やかな香りも漂っている。彼がここにいるという証だ。もうすぐ朝なのに夜のようにただれた時を過ごしたいと願ってしまう私が生まれてきそう。
「あ、あの」
「……ここ、柔らかそうだな」
ほほを撫でていた指が、私の下唇に移動する。ふにふにとなんてことのないように触っていているけどその刺激すら今の私にとっては鋭敏に突き刺さってしまっている。変なことを口走る前に、やめてほしい、とどめを刺してほしい。変わらずの緩んだ彼の笑顔が至近距離にある。軍服のままの彼がそこにいる。
「きちんと指で触れるのはあんまりないからなぁ。かわいらしいそのぽってりとした唇、いつ見ても食っちまいたくなる」
「あまくないし、おいしくないから……」
「本当に試してみるかい?」
「……Oui」
小さく答えを口にする。それを確認するや否や彼の大きな口が私の唇にかぶりついてきた。べろりと大きな舌が私の口の中を舐めている。何度も何度もしっかり味わうかのように角度を変えつつちゅっちゅと吸ったり食べたり、貪っている。夢中に食べている彼の顔はまさしく夜のときのそれと同じようでいて、本当に私のことを残さず食らい尽くしそうだった。
「―――ん、C’ est bon……」
おいしい、小さくて低い声がそう告げている。口づけの合間にそんなことをいう余裕が彼にはあるらしい。どれだけ余裕があるの。
「あ、はぁ……んっ、あぅ」
「ん、うまい、ああ、あまいな――……本当に」
んぱぁ、と唇が解放される。私の唇を味わっていた彼は満足したのか舌で彼自身の唇を舐めとり、お礼と言わんばかりに触れるだけの口づけをした。
「メルシー、やっぱり蒼の唇は最高だな」
「あ、う、えーと、そ、そうでしたか……」
「そうだ、そして誇るべきだぜ? 何しろ柔らかくて、甘くておいしいからな。愛する女の唇はいつ何時味わってもいいものだ。果実のように、な」
逞しい熱が優しく私を包む。好きな人の言葉に安心してしまったのか目がとろりとなる感じがした。それに気づいたのか彼の言葉も幾分か優しく穏やかなそれに変わっていく。情熱的な手つきはなくなる代わりに何かをなだめるような触り方に変わっていった。
「……やっぱり眠かったんだな。時間になったら起こすからそれまでゆっくり休め」
「あ、はい……」
目を閉じて視界を遮断する。体の末端から力が抜けていくのをイメージする。そして私は意識を手放ししばしの眠りへと移行した。
そして、愛する人の口づけで再び起動して甘い騒動が起きてしまったがそれはまた別の話。
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