ないものねだり

「……どうした、お前にしては珍しくぼうっとしてるな」
「――っ! いえ、すみません、元譲様……」
「いや、いい。責めたわけではない」
 日が西方へと傾く時、立ったままぼんやりと彼方を眺めていた女は背後からやってきた主の声に応じて意識を取り戻した。いつものように下を俯こうとしたが、「顔を上げろ」と言われたためすぐそれに従った。
「何を、見ていたんだ?」
 抉るような低く、優しい声が女の耳を撫でる。
「……笑いませんか?」
 おどおどと、女は振り返り男に乞うように呟いた。
「笑うはずがないだろう、安心しろ」
 男はそれを裏付けるように大きな手で女の細い肩を叩いた。女は安心したのか、ほんの少しだけ微笑んだ。
「よかった……。実は、その、子供たちを見てました」
「……子どもか。どうした、まさか……」
「そういうわけではありません。欲しいとかできたとかそういうことじゃないんです」
「では、一体」
「……想像してたんです。もし、私があの子たちのように誰かの助けがあるような子供時代を過ごしてたらということを」
 ―――夏侯惇はその時、かつて彼女が語ってくれたことを思い出した。かつての彼女には、手の届く範囲に助けを求められるような存在がいなかったこと。手の届く範囲にいる人たちによって蔑ろにされていたことを。その中に彼女の両親も含まれているということを。
「もしも、の話か」
「ええ、決して届かないどころか叶わない話です。子供を見るたびによく思ってしまうんですよ。その子供たちの中にはそうじゃない子もいるかもしれないというのに」
 ね、おかしいでしょ? と屈託のない笑顔で女は言った。その笑顔ですらまるで夏侯惇にとっては触れると崩れそうなものに見えて、内部からいますぐにでも壊れてしまいそうに見えてしまった。
「そのもしもの話が本当になってたら、お前はどうなっているんだ?」
「きっと、誰かに助けを求めたりするのが容易くなったでしょう、甘えることが出来たかもしれませんね」
 すらりとつっかえもなく『もしも』の話を女は言葉に出した。男はそれほど女がそれを熱望していたのかもしれないと思った。
「―――まあ、でも従者が主君に助けを求めたり甘えたりすることなんて、あってはならないことでしょうけど」
「俺が、許そう」
 夏侯惇は女を逃がさないと言わんばかりにひしと強く抱きしめた。既に空には星が輝き始めている頃だった。
「お前は、俺の従者であると同時に俺の、俺の恋人だ。お前が助けを求めたりしなければどうして俺がお前を護れようか……」
「……元譲様、であれば私は恋人である貴方に迷惑を」
「迷惑とは、思わん。愛しいお前を護れるのであれば、な」
 嗚呼、と女は僅かに声を漏らして男の背中に腕を回した。
「もし、よければ私に―――甘え方とか助けの求め方とか、教えていただけませんか?」
「嗚呼、少しそのあたりは不得手だが……俺でよければ、教えよう」
「……よかった……」
 そして二人の影は一つに重なる。何かを確かめるように、二人はその口を何度も重ねた。

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