ゆっくりと意識が浮上していく感覚がする。何かに引き上げられるような温もりが手にあった。浸かるとずきずきとどこか全身が痛むような感じから無理やりにでも腕が引っ張られるようだと女は思った。
「――――――――――――」
誰かが女を呼ぶ声がした。だがその声がする先に手を伸ばそうともその手を伸ばす力は足りなかった。
「――――のむ、――覚ま――――」
少しだけ声が言葉となっていくのが女の耳に聞こえてくる。どこか安心できるような低い声。自然と、腕を伸ばすだけの力が少し戻った気がした。
「なあ、―な―いでくれ、聞――る―――を」
「俺の、俺の――――、頼――ら逝――」
ふと、暖かい何かが女の頬を撫でた気がした。それが何処か心地よくて一滴が目から零れ落ちた気がした。
「――――――――?」
誰かが女の名らしきものを読んだ気がした。嗚呼、と女は心の中で嘆息し、恐る恐る声のする方へ手を伸ばした。そしてゆっくりと、その声の正体を見るために瞼を開けた。
◆◆◆
「……」
女が目覚めた時に待っていたのは今にも泣きだしそうな男の顔だった。いつもは涙を見せることは天地がひっくり返ろうともあり得ない男が右目を潤わせ、声を震わせている。そしてその男の先には見覚えのある天井。すぐに女は自分は今寝台に寝かされているということを思い知った。少し動こうとすると左肩がずきりと痛むのを覚えた。
「ああ、心配、したぞ」
そして男は女の細い手をしっかりと握った。女はゆっくり男の方を見て、自分が今どうなっているのかというのを確かめようとするも、今直に感じられている温もりが思いのほか心地よかったのかじっと握られている手を見た。
「げ、ん、じょう、さま」
「大丈夫だ、今は何も言うな……」
ふう、と夏侯惇は女の手を少し撫でてやる。いつもであれば気持ちよさそうに身じろぐ女が今、ただ虚を見るような目でただ為すがままにされていた。その光景が今回の一件の深刻さを物語っている。
「お前は、あの戦の最中で……矢に射られた。その鏃に、毒が……塗られていたのだ」
「……そうでしたか」
ぽつり、と女は何事もなかったかのように呟いた。夏侯惇はまるで本当に彼女がそこにいるのかというのを確かめるように握った手にそっと口づける。
「嗚呼、本当に、いるな……」
「元譲様、私はここにいます」
か細い声で女は男の言葉に答える。そしてそっと女は今ある力で彼に微笑んで見せる。
「あまり無理はするな……」
「無理はしておりません。元譲様がそれで楽になれるというのなら――」
「それが無理をしているということだ!」
突如、男は今までのような優しい声色からいつものような張りのある声へと戻る。まるで戦場でもないのにここがまさに戦場であるかと思わせるような声。女はびくり、と顔を強張らせ手を引っ込めた。その様子をみて夏侯惇は咳ばらいをして申し訳なさそうに眉をハの字にした。
「頼むから、死なれるな。これは……命令ではなく、ただ、男としての俺の……頼みだ」
男はただ、縋るように女の頬を撫でる。女はゆっくりと男の武骨な手に頬ずりした。
「……分かりました。ですがどうか、何があろうとも私を貴方様の傍に置いて頂けませんか?」
女は朧気に縋るように男に乞い願った。それは従者故の責務だけではなく、ただ恋人としてであった。そして女はゆっくりと男の手に自分の手を重ねる。まるで自分の寝台に愛する人を引き込むように。
「ああ、もとよりそうするつもりだ」
そっと夏侯惇は愛しい恋人の唇に触れるだけの口づけを落とす。そしてどこか名残惜しそうに男は手を離してその部屋を後にした。
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