グラヴィティ・ショーマン

「……はい? サーカス?」
「ええ! しばらくこの街にいるから是非見ていってちょうだいな!」
 駅前の広場にて金髪の女の子から手渡された招待券。その長い紙には「le cirque de Napoléon」の文字。時間指定はなし。そして簡易的に描かれた地図がある。
「……あ、ありがとうございます」
 ふむ、サーカスかと手渡された女が首を傾げる。期間内でいつでも有効と書いてあるので暇なときにいつか見に行こうかと言うことで女はそのチケットをスマートフォンケースの隙間にしまい込んで大学に向かっていった。

◆◆◆

「……頭痛い」
 とぼとぼと女は帰路につく。ウォークマンに入っている曲をシャッフル再生しながら駅までのビル街を歩んでいく。姦しい音声を苦手とする女は頭痛を和らげるために低い音をずっと聞いていた。
「どうして、いや……後ろでぺちゃくちゃしゃべんなし……初対面同然で恋バナ振るとかさ……」
 今日あったいやなことを回想しつつ必死に頭痛を和らげようとする。イヤホンからはこの世を憂う歌詞が絶えず流れていた。
「……っああ、どうして」
 かくなるうえは、と女はスマートフォンを取り出すと朝女の子からもらったチケットが少しだけ皺のついた状態で顔をのぞかせていた。赤と黄色がメインとなっているそれはご機嫌なレイアウトで彼女を見つめている。チケットを渡した女の子、三人娘がジャグリングしている写真、紫の女調教師、時計を持つピエロ、ライオン頭の男、巨大なゾウ、淡い藤の髪のアシスタント、そして……ひときわ目を引いたのは団長の写真だった。ガタイのいい体を惜しむことなく出している。そして赤いひげともみあげに青空のような瞳。何故かその姿が瞬時にその女の脳裏に焼き付いた。
「……あ」
 ウォークマンの電源を落としてチケットにある地図をグーグルマップにて検索する。合成音声の案内のもとまっすぐ広場へと向かっていく。すぐにそこにたどり着くことが出来た。
「ここかぁ」
 そこはとても人で賑わっていた。ざわざわ、がやがやとしているが女は頭痛が再発しないこと並びに知り合いに合わないことを祈りつつチケットを人に見せてテント内へと入っていった。

◆◆◆

「わー……」
 テントの中は非日常だった。普段目にしないような照明、ふらふらと揺れる空中ブランコ。まだ公演は行われていないがそれでも観客たちの期待を昂ぶらせるには十分だった。きらきら、ギラギラと輝くそれはお星さまのよう。照明と内装に圧倒された女はそこから目をそらすように折角だからと買ったパンフレットを読み始めた。
「……愉快な仲間たちによるサーカス、日本上陸……コルシカ発の大道芸、パリ、ノルウェー、モスクワ、ベルリン、マサチューセッツ、ニューヨークなどなど世界を沸かせた一団が日本へと……協賛・ギルダレイグループ……」
 あぁ、と女は感嘆を漏らしつつ最後列の片隅で読み込んでいるさなか、目に焼き付いた男のページへとたどり着いた。何故か、何故かその男を見るたびに写真越しとはいえとくんと何かがうずく。これは何かと女が思案する暇はなく、照明は一気に暗くなった。
 歓声がわく、照明が再び付き、一気に観客の視線が中央へと集まっていく。そこにいたのは紛れもなく、あのチケットの写真にいた集団だった。ただ団長がいない。彼ら彼女らは胸を張り、高らかにこの世の喜びすべてを称える歌を歌い上げ、思い思いの芸をした。ライオン頭の男による火の輪くぐり、自由に舞い踊る三人娘、バレエ人形のように軽やかに舞う金髪の少女、前足を上げるゾウ、時計を宙にあげてのジャグリングをするピエロ……まだオープニングでありながらもダイナミックでそれはまるで、映画のようだった。
 口をぽかんとあけて女はただただ圧倒された。眼の前には非日常そのものが繰り広げられている。ただ女はその光景に釘付けになっていた。そして……女はその中で見逃さなかった。否、見つけてしまった。勢いよく団長が馬に乗って現れる姿を。
「さぁさぁご覧じろ! 虹のごとくきらびやかな刹那のひとときを!」
 それはまるで、教科書に載っていた絵のようだった。白馬にまたがり、その馬の前足をあげさせる。乗っている男はステッキの先を宙に指して観客席の方へ顔を向けた。違うことといえば、被っている帽子が二角帽ではなくシルクハットであること、そして赤い布をまとっていないことくらいだった。
「――ああ、まるで」
 ナポレオンのアルプス越えみたいだ。女は思わず声を漏らす。瞬間、女は男の顔を見た。まるで心からこの状況を楽しんでいる顔、再び女は感嘆を吐く。そして、青い目に吸い込まれた。

◆◆◆

「そういやあの子、オレのことを見ていたかい?」
「まーた惚れたのか? 団長殿。とうとう客にも手を……」
「そんなに見境なしじゃないぜ? スカサハ・スカディ殿。ただそういう気がしただけの話さ」
「いやぁそうですかそうですか。まぁどちらにせよこのチクタク君の出番は……」
「や、やめてくださいメフィストさん! そのチクタク君は本番でしか使っちゃだめなものです!」
「どちらにせよ、そういうことは手順を踏むべきだと思うなー」
「そのつもりだ、そのつもりだ!」

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