ネージュ

 がたんごとん、がたんごとん。画面の向こうで機関車が走る。
 外は列車の走行音以外の音はなく、静寂に包まれている。
 それと対照的に白い雪の中走る列車の中の子供たちは各々騒いでいる。
 一種の境界はその車体。まるで封鎖するかのように、その車体は黒い。
 子供にとっての夢の国へ、列車はかけていく。かけていく。

◆◆◆

「……信じること、ですか」
 マイルームにて、あの時と同じように蒼とナポレオンは映画を見ていた。一日暇だから何か見ようという話になって、彼女が恐る恐る差し出したのが今見ている映画であった。基本的に悲劇を選択する彼女が珍しく、ファミリー向けのファンタジー映画を選んだなと男は思ったので聞いてみたら
「たまにはこういうのも見たくなる」
 と述べていたのでなるほどと思い、映画のお付き合いを決めたのである。
 そして映画も終盤になり、少年は『信じる』ということを覚えた。幻想的な背景、心躍る音楽、そしてクライマックスに至るまでの過程。クリスマスということもあってか子どもたちは突然やってきた非日常に歓喜するも少年は疑い深くなったが、色々な冒険を経て信じることを覚えたのである。
 たった一夜の冒険と出会い。夢のようで夢じゃない出来事。当然画面の中で起こったことであるがそれは確かに視聴している二人にも何かしらの影響を与えている。
「ああ、そうだな……信じるものは救われるとはちと違うが……でも信じてみるのも悪いことじゃあないと思うぜ」
 ぽんぽん、と男は女の肩を叩く。ついこの間のことが彼女の脳裏によぎった。
 ―――雨の中の懺悔、信じたくても信じられない彼女自身の弱さ。それを受け止めた男の存在。
 映画のように明るくもロマンティックでもないが、傷として残った記憶は彼女に知らないぬくもりを与えていた。
「そう、信じたいです」
「だよなぁ。オマエさんの場合ちと色々とあるが……まあ大丈夫だろうよ。オレは決して、裏切らないと約束する」
「本当に?」
「本当だ、ほら」
 そして、映画はエンドロールへと移り変わる。名残の朝と共に軽快な音楽が鳴り響く。また、クリスマスが来ないかなと女は小さく歌うように呟いた。

◆◆◆

 映画は終わり、二人は客席兼ベッドの上でまどろむことにした。せっかくだから、と女は右手を差し出して無骨な男の手に触れようとする。しかし、もう少し、もう少しのところで触れることはない、否、できなかった。
「―――ひぅ」
 実のところ、映画を見ようと切り出したのは蒼だった。一緒にいるという時間を共有したい、別視点からの感想が聞いてみたい。これはやってはならないことなのかもしれないが―――手をつなぎたい。他にも目的はあったが、主なものはこれら三つだった。
 しかし久しぶりにファミリー映画に夢中になったからか手を繋ぐということはすっかり頭から抜け落ちて、雪の魔術にかかっていた。浸っていたのである。
 せっかく恋人同士になったのに、自分から手を繋いでみたいのに、自分なりに考えた恋人らしいことはこれだけで、そのたった一つをやろうとしているがどうも彼女にできそうにない。
 ―――なぜ、隣の彼はたやすくできるのだろう。
 彼女は内面にて荒れ狂う波を抑えて、恐る恐る手を彼の上に重ねようとする。それでもまだ、どこかためらいがあって重ねられない。誰かに進んで触れることはあまりなかったためか男の手のそばにて彼女の細い手が止まっていた。
 しかし、そのためらいのときはすぐに終わる。彼の大きな左手が、彼女の手に重なった。
「まったく、どこまでも可愛らしいなオマエさんは。静かに恥じらう姿も素敵だ」
 ひぅ、といつものように女の声が鳴る。
「わ、わからないんですよ……恋愛とかこういうの、本当に初めてで恋人らしいことといえばこれしか……浮かばなくて……」
「……でもオマエさんは映画とか小説とかよく見たり読んだりするだろう? その中からしたいこととかは……」
「……史劇か悲劇が多いので、あんまり……。恋愛ものはあまりみないですね……」
「……オーララ、そういうことか……。つまりオマエさんは正真正銘の初心ということか」
「ちょっと、いやかなり気にしてるんですよ私……。長らく誰かに愛されることはないだろうと思っていたので……」
「いや、いいんだ。現時点でオマエさんは最高の恋とか愛に溺れてるじゃないか」
 な? と伊達男は青く澄んだ目を彼女に向ける。瞬間、彼女の息をのむ音がした。
「まあ、愛はいいものだといいたいところだが……まずは少しずつ慣れさせるところから始めような、マドモアゼル」
「……ウィ、ムッシュ」
 赤く染まった彼女の顔が、彼に向けられる。そして次はオレの番だと言わんばかりにロマンス映画の上映会が始まったのはまた別の話。

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