ロマン

 自分自身の生涯をロマン――仏国語で小説に例えた人がいるらしい。確かに小説という媒体に自分自身が何をしてきたかというのを自分自身で読み解くこともできるし、それに俯瞰視することもできる。自分自身で小説を書いたとしても別目線に落とし込まなければ、誤植に気づくことが困難だ。それを確かめる意味でも自分自身の生涯を小説に例えるのは悪くないと思える。
 ただ、この持論は間違いなく生涯をロマンと例えたであろう人物本人(厳密には違う)にいうと「いや違う、きっとあれだ。上がったり下がったりして非常になんだ、ドラマチックだったんだろうよ!」と笑いながら云われることが目に見えているので自分の胸の内にしまっておくことにした。
 しかし、自分自身の生涯というより今までしてきたことを小説とまではいかないが日記に記してみたはいいが―――かなり、酷いものだということが分かった。我ながらかなり、面倒な女であることがわかったし、自分自身の傷を理由に色々と面倒なことを起こしてきたし、正直、何故彼が私を選んだのか疑問でしかない。ただ、傷を癒すだけの力は既になくて、トラウマに反応して誰も信じられなくなるのも何も不思議ではない。そして自分自身にはなにも、優れたところはない。そして何より、まだ醜い嫉妬心という名の泥を抱えてしまっているのだ。
「あは―――」
 誰にも縋れない女の作り方を記したほうの手記はしわくちゃになっていた。でもきっと、私の泥は知られてないでしょう。泥という名の懺悔録は、また別のところに書いたのですから。
「だめだ、こりゃ」
 自分自身の傷は彼に開示された。恐ろしいほどの甘さと優しさで彼は私に接するだろう。ずっと彼といるからか『毒』になじみつつある私がいる。信じたいからこそ、怖い。でも私は、あの日信じると決めたんだ。であればきっと私の泥も―――
「だめ、これは、開示できない」
 ―――カルデアのマスターから聞いた顛末。ノウム・カルデアにて彼と北欧異聞帯の女王の間にあったひと悶着。彼はあの北欧のことを持ち込まず、燃え尽きたけどあの子のことは胸の中に残っているけど女王様はずっと、ずっと覚えている。どちらが悪いという話ではなく、ただそういうことがあっただけ。それでも言いようのない嫉妬心が、怒りがずっと渦巻いていて私を『人の形をした怪物』たらしめている。例え続きをやるつもりはないと彼は言っていおうとも、彼女の名前を呼ぶたびに風穴が空く感覚がするならば―――。ジョセフィーヌの名を聞いた時と同じ感覚になるのなら―――。    ジョセフィーヌのことに関しては彼を構成する要素の一つであり、一種の象徴のようなものなんで私としては別に構わないが、それよりも私はあの子がとても羨ましく思えてしまった。彼女の境遇を鑑みればそういうことを云えたものではないのかもしれないが。
 素直に『私だけ見て』と云えることが出来れば、あるいは割り切ってしまえばよかったのかもしれない。ただ前者は彼の性分を鑑みるに言っても無駄だろうし一種の習性のようなものだからこそ、言えるはずがない。後者に関してはどうも無理だ。過去と現在と未来はつながっているからこそ割り切れることはない。歴史の流れのように。
彼と結ばれても、私の泥は肥大し続けている。このままだと私は、だめになるかもしれない。彼に打ち明けるなんてとんでもない。ずっと抱えて生きていこう。抱えて苦しいまま都合のいい夢を見ていよう。これが、私への罰。見苦しい感情を抱いている私への罰なのだから。
(蒼の手記より引用)

◆◆◆

「……成程、成程」
 ロマンス映画鑑賞会。前日の夜に見た映画はご機嫌で、雨の中踊る紳士が印象的だった。そういったハッピーエンドの映画とは打って変わって今日見ているのはどうあがいても絶望な無声映画。東洋から英国に渡った若者は父親から虐待された娘を保護して大切にしている。
合間合間に入る説明の英文はいつも見慣れている書体が違う故か読みにくく、最終的には読むのをあきらめた。ただ動作と表情だけで今はどういうところかというのは分かる。
「しかし、何故……彼らはこんなにも……」
「―――どうあがいても、そうなる定めだったのかもしれません」
「そうだとしても、いたたまれんな……」
 しかし東洋の若者が外出中に、娘の父親がやってきてしまう。父親は娘を連れ戻して酷く、彼女を責め立てるが彼女はショックでこと切れてしまった。ああ、と父親が茫然したところで銃弾が、父親の体を貫いた。銃の持主は若者で、彼は娘を自分の家に連れてきた後自分自身を撃った。
かくして花は散り、一つの愛の物語は幕を閉じる。
「……」
「終わり、ましたね」
 気まずい。非常に気まずい。そりゃあやっとあの少女は救われるものかと思ったがそうでもなくただ無情な結末になったのだから。彼に「オマエさんの好きなロマンス映画を知りたい」と言われたので一番好きなものを云った結果だ。自業自得、こういうことならもうちょっと幸せなロマンス映画を―――だめだ、どうも毒や陰鬱な展開がないと、こういうのは見られそうにない。
「ああ、とても、儚くて、不条理な世界だった……というか本当にすまん。あまり詳しくないと言っていながらオレが無理に迫ったから……」
「いえ、いいんです。私の好みが非常に特殊なだけですから」
「確かあれか、幸せな世界が見られないだっけか?」
「……はい。なんかこう色々突き付けられるから、見られないのです」
「まあ、色々あったからなぁ。オマエさんは」
 ぽんぽんと私の肩がたたかれる。払いのけそうになったその手も今となってはずっと触れていてほしいものだ。
「まあ、いいや。それよりこうまた別なものを見るか? ロマンスとは違う……映画を」
「そうですね……じゃあアレを見ましょう。こういう時のために一本用意していたんです」
「おっ、いいねぇ。じゃあそれを見るか!」
「……ゾンビものですが大丈夫ですかね? 盗んだロンドンバスで走り出すシーンありますが」
「よしそれを見よう。一緒に見よう! ポップコーンをお供にしてみよう!」
 ディスクを交換して別の映画をセットする。その間彼はポップコーンを取りに食堂へと向かっていった。
 そして彼と一緒に老人とゾンビの戦いを笑いつつ手に汗握りつつ見てポップコーンを頬張ったのはまた別の話。

◆◆◆

「……あぐぅ」
 映画鑑賞会が終わった後、一人マイルームにて縮こまる。愛する人と過ごした時間。一緒に悲しんだり笑いあったりしたひと時。流石にデートは難しいかもしれないけど一緒に何かを楽しむのは十分、ステキなことであるはずだ。
この一時だけ、愛する人の隣を独り占めできる。落ち着いていられる時間。自分自身の泥はまだ口から出ることはなくまだ抑えられていることを実感できる時間。
「―――ああ」
 だめだ、どうあがいても悪い方向へと向かっていってしまう。高校の教科書で読んだ古典の話を思い出す。思いが強すぎるあまり生霊となって酷いことをした話が頭によぎってしまった。
「だめ、だめだから。絶対に、害をなしちゃだめだから」
 絶対に、そんなことをしちゃだめだと自分自身を戒める。そんなことをするくらいなら、自殺するしかない。遺書も書かずにぷつりと終わらせるしかない。
ふと、自分の左腕に目をやる。自分自身を罰しようか、こんな醜い思いを人知れず肥大させた罪を裁こうか。
「―――やっちゃ、だめ。悲しむから、あの人が」
 自分自身の左腕を強く抑える。ただ私は、自分自身の怪物性が治まるのをじっと待つしかなかった。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!