ヴァルール

 バーの持主の鑑定力並びに目利き能力が優れていることを示す美術品がカウンター越しに並べられている。それらに描かれている人々が見守る中、三人の男たちが会話をしていた。
「いや、メートルには自信を持ってほしいとオレは思うわけなんだよ」
「なるほどなるほど、オジサンもそう思ってたところだよ。彼女は昔からそう……というか素で優れている面があるというのに誇ろうとしないからねぇ」
「ヘクトールもそう思っていたのか! さすが……彼女が最初に召喚したというかトロイア戦争の英雄というわけだ!」
「いやいやいや、ずっと一緒にいるナポレオンが詳しいでしょ? それにオジサンはただ長くいるだけだって」
「ふむ……ところでヘクトール君とナポレオン君、どうしてここにいるわけだネ?」
 深夜、もはやナポレオンが通い詰めているカルデア内のバー『ル・ソー』にて司令官と教授はカウンター越しに会話をしていた。議題はナポレオンが恋慕の情を寄せている備品のことであり、どうすれば自己肯定感があがるかということであった。
「いやぁマスターの故郷のことわざに『三人寄ればなんとやら』といいますし?」
「文殊の智慧だネ、それは。ああヘクトール君のところでいうアポロンの神託のようなものサ」
「そうそれそれ。とまぁあそこまできっちりきまってるようなものじゃないだろうけど」
「それとオッサンはあれだろ? 犯罪界のなんだかと言われてるんだろう? それならそっち方面で不可能という文字は……」
「犯罪界のナポレオンだヨ! まあ不可能なんてことはないけど……よりにもよってあのホームズがそう呼んだらしいけどさ……」
「でもセントヘレナには流されずライヘンバッハに……」
「もういい黙って飲め!」
 ドン、と目の前に透明の液体が入ったショットグラスが差し出される。二人の男はそれを黙って飲み干した。しかし―――
「ウォッカじゃなくて水じゃねーか! おっさん!」
「そうだよね水だよねぇこれ」
「残念だったネ! これから悪だくみするのに酔ってちゃ話にならないからネ!」
 それもそうか、と二人は納得しあらためて真剣な面持ちになる。
 それに伴い、バーのBGMのベースが心なしか強くなる。
「んじゃあ、始めようか。彼女の自己肯定感をあげるための企みを」
「最初オジサンからでいいかい? 彼女は昔から……というかカルデアにやって来てからは本当に自分自身を傷つけるような言動をしてるんだよねぇ。何かしら褒めても『上には上がいるんで』とか『あ、別にどうってことないです』と無感情のままそういっているのよ」
「ふむふむ、で、それから?」
「一応蒼は元々歴史とかそういったのが好きでよく調べている姿はよく見ていたなぁ。それ関係でもめた時に仲裁には入るけどそれを切り口に他のサーヴァントに話しかけるという姿はオジサンあんまり見たことはないけど」
「でも誇りはしない……と。フム、成程」
「それと……ここでいっていいのかね、まぁどこかおびえていたりとかオジサンが話聞こうとしたら猛ダッシュで逃げられたことは何度もあったなぁ」
「ヘクトール君、それ聞き方が……」
「でも成功したことはあった。でも悪いけどこれは話せない。彼女と漏らさないということを約束したからねぇ」
 バーに沈黙が流れる。衝撃的な発言をしたヘクトールに蜘蛛の目と青い目が突き刺さる。あ、とヘクトールは漏らし咳ばらいをしたのち言った。
「本当だ。何度も何度も念押しされちゃあ流石に秘密を漏らすのはオレとしても守らなきゃあいけないから」
「あー……つまり何も知らないとアンタがオレに云ったのは……」
「そういうことだ」
 え? え? とバーテンダーが頭上に疑問符を浮かべていると、ナポレオンが補足するように言う。
「いや前にちょっと蒼のことで相談してたんでな……その時彼がなんも知らないと云ってたんだ」
「あーなるほど……つまりかなり腰を据えて長くやる他ないと見た……ナポレオン君、君が持ってる情報はあるかネ?」
 ちらり、とモリアーティは男を見やる。ああ、とナポレオンは思考を巡らせた後、彼女と今まであったことと盗み見た手記について話そうとしたがやめた。とりあえず、ふんわりとオブラートに包んで話そうかと考えたが輝ける兜の男が切り出した。
「お前さん、もしかしたら彼女に関する何かを知ってるけど話すことができないという感じかい?」
「―――端的にいえばそうだ。一度彼女の手記を盗み見たが内容については話すことは出来ない。既に盗み見た時点でいうことじゃないのかもしれんが……内容を話すことについては彼女への明確な裏切りになりかねんからだ」
 ほう、と教授兼バーテンダーは相槌を打ち、自分の持っている情報を提示する。
「そうかそうか……それほどまずい内容とみたか。まあこちらから出せるということは『自分を嘲る言葉は無限に出てくる』ということかね。前にそういうことがあったがそこのナポレオン君がそとに連れ出したからネェ……途中までしか聞けなかったが」
「あれ聞こえていたのか……すまんなおっさん」
「いや、いいんだ。それに小声でよく聞こえてたし」
「蒼もここに入っていたのか……。いやそれはそれとして彼女もまたここの常連なら聞かれていてもおかしくないかい?」
「それについては心配ご無用だよヘクトール君! 常連の花の魔術師殿が『ハッピーエンドが見られる手伝いなら喜んで!』と云って色々細工をしてくれたからネ!」
「……マーリン本当すごいな……」
 夜は更けていき、さらに議論は白熱する。貸し切り状態のバーの中で、男たちは如何に彼女を救うべきかを話し合いつつ飲んだ。

◆◆◆

「……さて」
 そろそろ夜が明けるといって別れた後、彼は夜の廊下で考える。まず分かったことといえば相変わらず彼女の呪を解くには長い時間が必要なだけ。昔からいるヘクトールの話からすればそれは明白で、彼がいる時からああなのであればかなり難しいことであることが分かった。ずっと自分自身を呪って生き続けていたのならあの傷もできるのは容易に想像ができる。自傷については彼らに話していない。おそらくヘクトールが『話せない』といったのはこれに関することだろうっと彼は仮定した。
 途中、医者に聞いてみるのはどうかとなったがそもそも彼女自身人に話すかという点と、仮に話したとしてもその相手が誰なのか、そもそも前任者から受け継いだデータを持つアスクレピオスが開示をするかどうかという点で余程のことがない限りなしになった。
「なんとかして安心させねぇと……な」
 幸い彼自身は愛する人とよく関わっている状態だ。最近は態度の軟化が少しだけみられるらしく、カルデアに入りたての頃をよく知るヘクトールからは「でも昔よりだいぶ柔らかくなったよ、彼女。そうじゃないと映画に誘わないから」と云っていたのでナポレオン自身、状況はまあよくなっていると思えたのである。
「出来るだけ早く、確実に……だな」
 そして彼女の部屋へと入る。未だ彼女は安らかに眠っていてそれはまるで人形のようだった。
「オレはオマエさんが好きだ。オマエさんもオレが好きなのだろう? 全てすべて云っちまえば―――楽になる」
 男が彼女の額に祝福を与えるように口づけを落とす。そしてすう、と霊体化して彼女が起きるのを見届けた。
「ああ、朝が来てしまった。早く私だけ朝が来なくなったらいいのに」
 ぽつりと女が朝いちばんに呟く。思わず男は実体化して前からひしと抱きしめた。
「夜の闇もいいけど、案外光もいいもんだぜ」
「聞かれてしまいましたか。霊体化して聞いていたんですか?」
「その通りだ、メートル」
「私には、光は眩しすぎてあまり好きじゃないんです。夜の方が……心地いいんですよ」
「まあ、そうだろうけど暗闇ばかりだと何も見えねぇだろ? それに―――」
 がしり、と彼は左腕を掴む。小さな悲鳴が女ののどから鳴った。
「―――助けてほしいのなら、きちんと言ってくれ。助けを求める方法が分からないならオレを頼れ」
 ああ、と女が狼狽える。何かを言いかけて、言葉に出力することが出来ないようだった。
「まあ、オマエさんのことだ。善良で不器用であるからこそ蒼は素直になるべきなんだ。でもそれが……できないのだろう?」
 こくり、と女の首が縦に振られる。男の眼からは彼女はどういった表情を浮かべているか分からないが、手元に雫がぽたりぽたりと落ちているのだけはわかった。
「大丈夫だ、ゆっくりゆっくり時間をかけていこうや。何を打ち明けられようともオレは蒼を嫌わないし一緒にどうすべきか考える」
 あぐあぐ、と女が声にならない声をあげた。男はそっと彼女を解放した後、持っていたハンカチをそっと差し出した。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!