「後片付けが終わったから出ていいぞ」
時計の針が11時を指したころ、スティーブンさんは私がいる書斎のドアを開けた。エプロンをまだしているということは既にホームパーティは終わって片付けを今しがた終わらせてきたらしい。本当は私も彼のお手伝いをしようと申し出たのだが彼の方から「自分でやるから」と何度も云ったので私は大人しく彼に命じられるまま本を読んで時間をつぶしていた。崩落前の紐育の地図にハムレット、何かしらの参考書に聖書まで。きっと色々なことを知っているんだろうなぁすごいなぁと感心しながら彼にあらかじめ読んではいけない本をのけつつ手あたり次第に読んではいた……が、時間が経つにつれてうつらうつらと眠気が私に忍び寄ってきていたのもまた事実。涎垂らして蔵書に傷つけたくなかったのでありがたい。
とりあえず頷いて彼に促されるまま部屋を出る。新しい空気が入ってきたからか少しだけ眠気は取れた。
「ありがとうございます。それとその、本当に一人で大丈夫だったんですか?」
「ん? 大丈夫だよ。よく1人で片付けしているし。だいたいホームパーティ始まる前にヴェデッドさんを帰しているからなぁ」
「ヴェデッドさん……あのローストビーフが美味しいお手伝いさんですね? あの、よくしてもらってますというか……その……」
「いいんだ。彼女からよく君の様子は聞いているよ。家事のこととか飲み込みが早くて手伝ってもらってたりして申し訳ないってさ」
「あ……申し訳ありません。その、家事手伝いさんのお仕事とかやっぱり……」
「いや、いいってさ。来られない時があるから助かるって言ってたぞ彼女」
ヴェデッドさん。スティーブンさんの元で色々とお手伝いしてくれる異界人さん。最初に出会った時は少々面喰らったけどなんかこう、彼が留守にしているときに色々と会話したり彼女の家事の様子を見ていたりするうちに自分だけ何かのんびりするのも悪い気がしたので何か出来ることはないかと聞いてみた結果、少しづつ私は彼女に色々と教わりつつ家事などの手伝いもするようになった。仕事を奪うことになるのではとこの前恐る恐る彼女に聞いてみたら「とんでもありません、私には子供がいるのですがその我が子たちが病気の時とかはどうしても来られないので助かります」と答えが返ってきた。やはりこういうことが出来る人は一人でも多くいた方がいいのだろうか。彼女と彼の迷惑にならないよう、精進しよう。
「そう、でしたか。ありがとうございます」
「うんうん、それでいいんだ。ああそれと……もうこんな遅い時間だから君はそろそろ寝なさい」
「わかり、ました」
スティーブンさんに促されつつベッドの上に寝かせられる。最初は床でいいと彼に言ったのだが「床はだめだ」とすごくさわやかな笑顔で云われたので妥協案として、このソファで寝ることにされた。とはいえ悪夢ばかり見るのであまり眠りたくはないが寝ないと体にガタが来てここの主に怒られるので寝るしかない。
「おやすみ、今宵」
毛布をかぶせられ、子供にするように私の頭をなでる。暖かい掌が私の額をなでた。眼鏡をはずし、ケースにしまう。
足音が遠ざかり、スティーブンさんが何処かの部屋へと消えていく。このままスマートフォンとともに夜を過ごそうかと思ったが、ここしばらくそんなに寝ていないので思ったより眠気は強く、毛布の中が暖かくなっていくにつれ瞼を閉じる時間が長くなる。
暗い部屋の明かり、窓の外はカーテンで閉ざされて何も見えない。
くらい、くらい。まるで前にいた場所と同じくらい暗い。
なにも、かんがえたくない。強引に自分の脳のスイッチをオフにするように、いしきする。
そし――て、こわい夢をみないように祈りながら――瞼を閉じた。
◆
黄昏の教室。薄暗い倉庫。
いつもの地獄が、そこにある。
生贄は私。ささげる目的は「平穏のため」
そうなった理由はごみ箱の中。
背中には消しカスと罵詈雑言が投げつけられるがいつものこと。
「やめてください」と言っても声は届かず、
それでいて、私の存在はなかったことにされていた。
私が泣きながら、自分の席に座っている。誰も気にすることはなく、最初から私がいないように日常を送っている。
「ねぇ、何か聞こえなかった?」
「気のせいだから早く帰ろうよ」
よくあること、よくあること。
こんなことを云われるのは私がなじめなかったから。
「君、聞こえなかったの? 邪魔だって」
「耳鼻科行った方がいいよ君」
こんなことを云われるのは、なじめなかった私が悪いから。
団体の何かしらの行動で仲間外れにされるのは、私がもともと仲間じゃなかったから。
「これが好きなの? ばかじゃないの?」
「君が好きなものより私が好きなものの方が偉いの」
はい、そうです。みなさまのいうとおりです。
だからわたしはじゃまものあつかいされてとうぜんです。はぶられてとうぜんなんです。
ですからどうか、これいじょうひどいあつかいをしないでください。
どこにいっても、わたしはそうですから
でも、かなりいたいです。
こんなのは、もう――たく――さ で――
◆
「―――」
目が覚めた時は、午前二時。いつもの悪夢が、また始まっていたらしい。
「どうし、て」
忘れたくても忘れてくれない。最初のころは起きた後でしばらく泣いていたがもう慣れたのか涙すら流れなくなった。
しかし大崩落の時の夢やここに来る前の事より、日本でのことを夢でよく見るなんてそれほどまでに色々と印象に残っているらしい。
こんな悪夢を見た後ですぐまた眠るなんてことは出来ない。とりあえず起き上がり適当にカーテンの隙間から夜景でも見ようかとしたその時だった。
「……今宵?」
聞き覚えのある声が後ろから響く。ゆっくりと振り向いたら寝間着姿のスティーブンさんがいた。
「起こして、ごめんよ」
「いえ、あまり寝付けなくて起きただけです」
「いつもそうだな、君は。悪い夢でも見て起きてしまったんだろう?」
そう喋りながら彼はキッチンに入り、何かをカップに注いだ後レンジにかける。まるですべてお見通しであるかのようにふるまい、それでいて私を責めるような様子はない。
「……バレてしまいましたか」
「いや、君よくうなされているからなぁ。それにいつも眠そうにしているから悪夢を見たくなくて起きているのだろうとは察しがつくさ」
レンジの音がなり、そこからスティーブンさんは一つカップを差し出した。ふと見ると大きな何かを彼は片手で持っている。
「まあ、悪夢の内容まではいわなくていい。そこで僕は提案をしにきた」
「提案って……」
「夜更かしのお誘いだ。二つほど映画を見ようかと思ってね。とはいえ僕が入っている映像サブスクサービスの中にあるやつだけになるけど……」
「……え」
そういって彼はコーヒーを差し出し、目の前のテーブルにいつの間にか買ってあったキャラメルポップコーンを置いた。どうやら拒否権というものはないらしい。
「み、見ます。私でよければ」
「ありがとう。まずは君が見たいものを云ってくれ。すぐに検索する」
「では、私は――」
そして夜更かし映画鑑賞会は始まる。とうに眠気のない私達は、手に汗握り、そしてポップコーンを咀嚼しつつ朝まで楽しんだ。
◆
「いやしかし、君……マジでキャリーを選ぶとは……」
「大好きなんですよ。何故か安心するんですよねアレ」
「安心ってものじゃないだろう……。いや確かにあの音楽はよく聞くから安心はできるがアレはなかなか……心を抉るよなぁ」
「ところでスティーブンさんが選んだナイトミュージアム、初めて見ました。ナポレオンがきちんとフランス訛りの英語になっていてすごいですね……」
「……そこかよ、まあ、うん、でもまあ喜んでもらえてよかった」
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