――someday,somewhere
桜の木の下には死体が埋まっている、という話がある。確かメートルの故郷の小説家が書いたものらしく、どうして桜の木は美しいのかという疑問に対し、きっと死体が埋められているからだ、そうでないとあんなに美しくなるはずがないという自分で答えを見出してしまった男の話だ。綺麗なバラにはとげがあるというように、美しいものの裏側にはおぞましいもの、恐ろしいものがあるという認識はきっと世界共通なのだろう。
しかし本当にそうならば――人の血を吸って綺麗な紅になっているはずだ。桜の花びらはほのかな薄紅色で、内側から滲み出ているなにかで美しくなっている。何かが犠牲になっているということはない。そもそも、潔いまでに花ははらはらと散っていくことからもとよりこの世に執着などないのだろう。
そしてそのあり方は――メートルに似ていた。この世に執着はなく、彼女自身が持ち合わせているものから滲み出る美しさ。きっと彼女に向かって言うと「私は、私自身の醜い感情を常に地面に埋めてます」というのだろうが、仮にそうだとしても「美しい」ということには変わりない。
「アーチャー」
今、目の前に女がいる。桜が散る木の下には愛する女がいる。「一緒に、来てほしい」と懸命に絞り出された声に誘われたのが切欠で、何も聞かずについていったらなんという美しい桜の木が花を咲かせている並木道にオレは出くわしたのだった。オーララ、こんなに雪のように散らせる暖かくて、儚くて、それでいてこの場面を切り取っていたくなるほどの美しさ。そして、許されないとしてもずっとこの場にメートルといたくなるほど、綺麗だった。
「メートル、どうしたんだい」
「……我儘に付き合ってくれて、ありがとうございます」
「構わんさ、フィアンセからのデートのお誘いならいくらでものるぜ」
ひらひらと、薄紅色の花びらたちが降り積もる。目の前の彼女にぴたり、ひらりとくっついていく。
「そう、ですか。その、実はあこがれだったんです」
「……憧れ、かぁ。その憧れってなんだい?」
メートルが上の方を見上げて口ずさむように言う。その顔は今まで見た中でもとても穏やかで、春の陽だまりのようだった。まるで、その場に溶け込みそうなくらいに。
「こうして、桜が咲く中で好きな人とデートすることが、です」
メートルはそう言いながら顔を赤らめる。それはまるであの花のような紅色で、この春の温もりのように優しげで、それでいて――花吹雪が舞ったらさらわれてしまいそうなくらいに不安を煽らせる。
「そうか、実はオレも、こうして婚約者と美しいものを共有できることが出来て幸せだ」
「……本当に?」
「ああ、本当さ」
一歩、一歩とメートルに歩み寄る。手に触れようと思えば触れられるほど近かったが、互いの息がかかるくらいにまで歩み寄る。
「できることならずっと、オマエさんと美しいものに限らずいろいろなものを共有したいさ」
そう、ですかと言いながらメートルは上げた顔を戻してオレの方に向きなおった。晴れやかな笑顔、鈴のような声色。それが全て春というものにさらわれてしまいそうで、ふとした瞬間に目の前から消えてしまいそうで――気づいたらメートルの腕をつかんで、抱き寄せていた。
「あなた、あーちゃー」
消え入りそうな声色でメートルは言う。その声すら逃がしたくなくて、オレは腕に力を入れて抱きしめる。
「――オレにとっての美しいものは、メートル、オマエさんだ」
ありのままの事実を口にする。それを聞いたメートルは何か言おうとしたがこもっていてよく聞こえない。きっといつものように自分を卑下することを言っているのだろう。それでも、オレにとっての美しいものに関する事実は変わらない。
「だから、今ここで消えてくれるな」
ぽつりと聞いたら怒りそうな願いを口にした。服の胸のあたりが染みている。
――どうして、あなたは
少しだけメートルの声が聞こえてくる。桜は相変わらずひらひらと舞い散っていた。
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