「おめでとう、雪洞君。まさか君が雄英に受かるなんてね。しかもヒーロー科ときた」
――はい、先生方のおかげです。ありがとうございました。
「いいの? 牡丹ちゃん。ヒーロー目指すってことは……貴方にちょっかいかけてた人たちを助けることになるかもしれないのよ」
――はい、既にそう認識しています。
「は? 雪洞さんどうしたの? まさかあの時得体のしれない毒物にそそのかされたの? 脳内で捻りだしたヒーローに頭やられたの?」
――違います。確かに彼は、彼は――実在するんです。するん、です。
「雪洞さんは――本当にそれでいいのかい? 確かに前例こそ存在するが――君は彼とは違うんだ。しばらく先輩ヒーローの元で経験を積んだほうがいい」
――大丈夫です。はい、大丈夫、です。私にとってこの選択は――合理的であると信じています。
「……わかった、でも一つだけ。きちんと周りを頼りなさい。牡丹」
――はい、先生。いざというときには……きちんと頼ります。
◇
数年後
「こちらベラスニェーカ、敵確保いたしました。場所は――」
人工の光が煌めく影の路地裏にて、いつも通り四肢を圧縮した雪で敵を拘束する。下手に動き出さないよう監視しながら手短にスマートフォンで警察へと通報した。何か敵が許しを乞おうとする言葉を発しているがおそらく同情を誘って逃げ出そうとするのだろう。
「――静かに。そしてきちんと社会的に罪を償ってください」
「いやだね、だいたいお前誰だよ、正規のヒーローじゃないやつに言われたかぁないね!」
「知らないのであれば、それで構いません。ついでにいうと私はきちんとした正規のヒーローです」
ポケットからストラップでつないだ免許証を突き出す。それに納得したのか確保された敵はうなだれた。
「……道理で、知らんわけだわ。お前新入りだしそもそもお前のことメディアで見ないし。あれか、熱烈なイレイザーのファンってか?」
「イレイザー……イレイザーヘッドのことですか……?」
「……ヒーローマニアなヒーローかよお前は……。まぁいいや。お前は、彼のファンかって聞いてるんだ」
「……それは……」
声が詰まる。
ファンかどうかは、考えたことがない。ただ彼が私の胸の内にいただけの話。しかしそれは――話せない。
「……質問を質問で返しますが、何故あなたは彼のことを知っているのですか」
「何度も捕まった。それだけだ」
さあ、答えろと敵はあざ笑うような目で見つめてくる。
「―――それ、は」
「早く答えろ。すでに奴らがきている」
彼から目を背けずに耳を澄ませる。大人数の足音に加え何やら器具を運ぶ音がすぐ近くに迫っていた。
「警察です。確保された敵を引き取りにきました」
「ありがとうございます。では――よろしくお願いします」
助かった。
その後はつつがなく警察に確保した敵を引き渡す。何事もなく、いつも通り敵は正式に拘束され彼らに連行されていった。
「せいぜい祈ろうぜぇ! イレイザーヘッドが堕ちないことをよぉ!」
彼の叫びを聞かなかったフリをして、敵を見送る。そして叫びの内容に心の中で反論した。
――彼が堕ちることなんて、決してないもの。
敵の引き渡しが終わり夜警へと戻る。
ビジョンからは最近目立っている突発性敵について大々的に報じる一方で静かに「ナレーションヒーロー・サイレントキネマ」の失踪を報じている。数週間前から彼との連絡が取れていないという事実と最近東京を賑わせている連続ヒーロー闇堕ち事件に巻き込まれたのではなどという専門家の見解、そしてその連続ヒーロー闇落ち事件の主犯と思しき敵『ペーパームーン』に関する情報提供を求める公共CMがそれに続いて流された。
サポートアイテムのマスクからは深呼吸する乾いた音が鳴っている。空にはあの日と同じような月が浮かんでいてまるで舞台装置のよう。日頃の敵退治と深夜の巡回で大体の建物の位置と通路は覚えつつあり、いつ敵と会敵しようとも1年経たないうちにすぐ確保できるようになった。
ただ――あの日のような黒い影と出会うことはなかった。彼目当てに鳴羽田に来たわけではないが、それでも無意識のうちに思ってしまう。イレイザーヘッドのことを一目だけでも見たい、と。しかし彼に関する情報はあまり出回らずきっと静かにヒーロー活動をしているのだろうと希望的観測をするしかなかった。
いつものように狭い道を泳ぐ。いつも通りの街の中で――一瞬だけ一際不自然に輝くものを見つけた。
「――閃光弾? こんな街中で⁉」
どう考えてもあの光り方は堅気のものではない。光源へと一直線に走り出す。できる限り静かに素早く、近道をたどる。
迷路のような道の果て。閃光が発生したと思しき場所に近づくにつれて何かしら明瞭な声が聞こえてくる。何かを解説しているようで――何かを嘲笑うかのような調子でなにか言っている。
「ヒーローといえども所詮は人。それは地下深く潜るヒーローといえども例外でぁございやせん」
夕方の演芸で聞いたことのあるような――活弁士を思わせる口調と声色。気づかれないよう建物の陰から様子を窺う。
そこには――白と黒の男が対峙していた。白い男は手の指で画面を作り、その穴から一人の男を見ているようだ。そして黒い男は――忘れるはずもない。黄色の檻のようなゴーグルに、無精ひげ、うねうねとしたような灰色の布を首に巻いていた。
「ゆえに――強い光じゃあさすがのイレイザーヘッドであろうとも私を見ることは叶いません!」
白の男が叫ぶ。画面の中の世界を解説するかのように。
しかしそれよりも―――彼が、あぶない。彼はゴーグル越しに目を抑えている。その光景を見たときにはすでに私の足は、一歩踏み出していた。
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