3-6

「――あ」
 目覚めた先は、また同じような天井だった。いつもの中央病院であることは確か。顔に触れようとしても包帯だらけ。視界はぼやけていて世界をすりガラス越しで見ているよう。
 無理やり自分の体を起こしてみる。いたるところには包帯だらけ。それほどまで病院に運び込まれる前の私はひどい目に合ったらしい。その証拠に私の顔は、厳重にガーゼとか包帯とかでまかれている。
「私……そうだ、うん、殴られてたんだ」
 ぼんやりと運ばれる前にあったことを整理する。帰る前にさらわれて、いじめっ子の誘いを断って、珍しくわがまま言ったり反抗したりして……いつも通り殴られた。違うことと云えば彼に助けを求めたこと。常に端末のGPSをオンにして正解だったのかもしれないが、彼の手を煩わせてしまったという事実に対して心がかなり、軋んでしまった。ただの道具ごときが、自発的に助けを求めて使用者に迷惑をかけたのだから。しかし、あの時助けてくれたという事実は謎の感情を与えた。上向きになれるようで、甘くて、よくわからない。誰かに何かされたということがあまりなかったからかきっとそう思っているのだろう。
「自衛手段、持った方がいいのかな」
 手に銃があれば、スティーブンさんのように何かしらの技があれば。彼に迷惑をかけずに済んだのかもしれない。それか――私があの時弱って死んでしまったのなら彼は私のことを考えずに済んだのかもしれない。そう思った途端私の左腕がうずいた。
「――あ」
 左手を無理やり押さえつける。よく日本の漫画や小説で見るような特別な力があるわけでもない。ただの傷跡が痛んでいる。
「……」
 手元に鋭利なものはない。ああ、今はまだ死ぬことすら許されていないらしい。
 そして私はすりガラス越しの世界を見る。今日はライブラの人たちは見舞いに来ていない。皆忙しいのだろう。
 電子書籍でも……と思ったが眼鏡なしでは何も見えるはずがないのでベッドの中にもぐりこむ。なにもできないなんて、こんなにも無力だ。
 
 ◆

「――やあ」
 時刻が四時を回ったころ、彼はやってきた。黒い髪にグレーのスーツ。特徴的な低い声はおそらくスティーブンさんだろう。
「あ、スティーブン、さん?」
「そう、この調子だと体の方は大丈夫そうだな。さっき医者から聞いたけどもうすぐ退院らしいな」
「ええ、まぁ」
 ほら、お見舞いの品だと云って彼は箱を差し出した。開けてごらんと云ったのでゆっくりと箱を開いてみる。
「あ、これ、治せたのですか?」
「ああ。君とっては大切なものなんだろう?」
「あ、あの、その、色々ありがとうございます!」
 まさか、メガネが治って戻ってくるなんて。すぐに眼鏡をかけて周りを見渡してみる。すりガラスからきちんとはっきり見えて、スティーブンさんがにこにこ微笑んでいる様子もきちんとわかった。
「あー……、その、それと……あの、本当に、申し訳ありません。その、私のような……あと色々情報とかもきちんと云えれば……」
「大丈夫。君が色々言えない理由もアレでなんとなく察したよ」
「ごめんなさい……もっと私がこう、色々な面で強かったら……」
「あー、今宵、それは結果論だ。あとから色々言うのはまぁ簡単だが……ともかく、無事帰ることができて僕としてはよかったと思っているよ」
 そういってスティーブンさんは私の右手に触れる。分厚い包帯でもわかるくらいには、暖かい。
 何かをいつくしむ様に彼は私の右手をさすり、子供に向かって宥めたりするような眼を向けている。また、わからない感情が浮上していく。今この瞬間を切り取って……否、ずっと覚えていたい。忘れたいことばかりなのに、なぜかこれだけは覚えていたいのだ。初めて向けられたやさしさのようなものだから? わからない。なにも、わからない。
「まあこれからのことは、退院してから話し合おう。皆心配してたぞ。それじゃ」
 ほら、と彼はそう言って一通の封筒を私に手渡した後、病室から去っていっく。
 手元には封筒。それを丁寧に開けてみる。そこには各々から寄せられた一言メッセージが一通の便せんに綴られていた。
「――」
 暫くその便せんを見つめる。大切に大切にそれを封筒にしまった後、他の人たちの邪魔にならないよう声を上げずに私はむせび泣いた。

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