4-1 Narco

 スマートフォンに流れてきた情報の濁流から一つ拾い上げる。源泉は「週刊ニーナ」
 拾い上げた人の数はどうやら多いようで何が書いてあるのやらとひとまず目を通すことにしてみた。
 そこに書かれていたのは以前私とイレイザー先輩が捕縛した敵の背景について。サイレントキネマがサイレント『シネ』マになった動機。記者がどうにかして収監された彼とやりとりして浮かび上がった事実。
『言葉で、夢で人を救っていたがいやになった』
『自分を巣食っていたのはトラウマだった。言葉ですべてを否定されたから』
『だからその反対のことをしようとしたが私が助けた人物が、それをした人だったのだ』
『それで飯を食う人を救った途端、自分は本当にこれでいいのかわからなくなってしまった』
 そしてニーナの記者はこう占める。『彼はヒーロー失格だ。くだらない理由で自分の使命を放棄したのだから』と。
 ―――ああ、なんて、残酷。
 少し前に相対した神のごとき個性持ちが、このようなことを抱いていたとは。
 私は彼についてもっと調べるべきなのかもしれない。少しだけさらに深くネットの海に潜り、翌日に支障のない程度まで青白い画面を凝視することにしようかと頭の中でぐるぐると思案する中記事は底へとたどり着く。そこにはこの記事の名を書いた人間があった。

 

 

 記者:佐倉 蘭

 

 

 ――したのなまえだけ、あのひととおなじだ。

 瞬間、彼女のあざけるような笑みが再生される。なぜか彼のことは調べねばならないという使命感が生まれ落ちた。
 無理やりスマートフォンの電源を切る。気づいたら、目から液体があふれ出したので一晩中処理に終われることになるだろうとぼんやりと思ってしまった。

 

第四章 紙月庭園 – Freaks gaze the polaris

 

 

 処理が終わったころにはすでに太陽が顔を出していた。目は重く意識には薄い靄が掛かっているがそれを強引に払うべく自分に平手打ちを何度もする。鋭い痛みは目を醒ますには十分だ。
 スマートフォンを起動して強引にシャットダウンしていた間のことを確かめるが特段、何もない。ただ週刊ニーナの記事に同級生と同じ名前が明記されていたこと以外は。ただの同姓同名の可能性もある。そう無理やり言い聞かせて心を無理やり落ち着かせた。
「もう、大丈夫」
 記事のページを閉じてパワーバーを咥えようとしたその時だった。規則正しい通知音がスマートフォンから流れ出す。送り主の相手は、イレイザーヘッド。慌ててHNのアプリを起動させてメッセージを確認するとそこにはペーパームーン主宰のパーティーの招待状を入手した。今夜開かれるから普段着で、かつ装備品を持参して今すぐ指定した場所に来いとの旨が書かれていた。
 ……やはり、イレイザーさんは凄い。私も早くああならないと。大きめのバッグに『装備品』を詰め込み、最後に不織布のマスクをつける。そして慣れないヒールを履いて躓きそうになりながらマンションのドアを開けた。

 

 

 

 指定した場所には既にイレイザーさんと警察の人が待機していた。私とイレイザーさんが揃ったのを確認した後、すぐ着替えるよう言われ先日購入した『装備品』という名のパーティー用の服とメイクを手短に済ませる。もっとも扇子でかくしてしまうため最小限に抑えた……が、唇だけは目立たないような色でとにかく塗った。

 その後、精密な打ち合わせ。先日確保されたサイレントシネマに招待状送ろうとした別の敵を或るヒーローが確保したことによりある招待状の存在が明らかとなった。それにより連続闇堕ち事件の根源ペーパームーンにつながる可能性のあるパーティの日時並びに場所が判明したらしい。私たちはようやく連続ヒーロー闇落ち事件の犯人を連行できるかもしれない。ようやく潜入作戦の決行へと移ることができる。
 今回の目的はあくまで情報入手のみ。協力者がいないかの証拠などが手に入れば上々といったところだろう。

「これによるとパーティーが開かれるのは17時。今は15時だから……交通手段や検査等鑑みると早めに行った方がいいでしょう」

「それもそうですが、これは間違いなく侵入者をあぶりだす罠の可能性もあります。……どうも参加する当日はカフェイン取るなという指示が引っかかる。ベラ、何か思い当たる節はあるか」

「カフェイン、ですか……」

 招待状に書かれたことば。カフェイン。カフェインで何かしら支障が及ぶもの――くも。

「……その、本当に浮かんだことでも構わないでしょうか」

「ああ」

「――私の同級生に、蜘蛛絡みの個性もちの人がいまして、コーヒーは人の飲みもんじゃないという人がいました」

「蜘蛛? 蜘蛛ってあの、糸出して飛ぶあの蜘蛛?」

「映画のように飛びはしませんが、実際カフェインを取ることで酩酊して糸を組めなくなるというのは本で読んだことはあります」

「つまりあれか、俺たちが飲むことで具合を悪くして裏切り者の類を発見する可能性もあるということか。ともかく慎重に行くに変わりないな」

「おそらく……は。あの、これで大丈夫ですか?」

「十分だ。思い当たる節でもあるのとないのとでは全然違うからな」

 交通手段の準備が整いました、と警察の人が声をかける。いよいよ、私たちは敵のホーム同然の場所へと乗り込む。

「さて、いくぞ」

「―――はい」

 脳を切り替えて、乗り物の中へ。繊細な生地にしわができないよう慎重に乗り込んで――無言で、招待状に書かれている場所へと向かった。


◆ 

 

 乗物から降りた私たちを迎えた会場は、白亜の城だった。物言わぬ岩を砕いてできたそれは敵に連なるものを集めている。

 顔を隠すもの隠さない者、姿も様々であり混沌がこの世にあらわれたような、そんな感じだ。その中に、私たちは今から飛び込む。「いいか、ここから先は俺がいいというまで手を離すな。ベラスニェーカ」

 そういった途端、イレイザーさんはいきなり私の手を掴んできた。

 大きな手のぬくもりが、絹の向こうから伝わってくる。絡み合った指はもつれて離れてくれそうにない。本当に、今から手を握っているひとといくのか、私は。

「は、はい」

 上ずった声で返事をする。それを確認した彼は無言で頷いて受付方面へとずんずん歩いていく。振りほどかれないように速足で歩くが長い裾をヒールで踏みそうになった。

「あ――」

 なんとか重心をどうにかして、持ち直す。一気に注目を集めてしまう事態は避けることが出来たが振り向いたイレイザーさんの視線が、ささる。

「ベラ……いや、牡丹」

 結ばれた手が、一気に引き寄せられる。

 大きな力にひっぱられて気づけばイレイザーさんの三白眼が間近に、あった。

「大丈夫か」

「―――は、はい。慣れておくべきでした。このヒール……ごめんなさい」

「……いや、俺も実はこのフォーマルなのはあんまりな。いかんせん動きにくい」

 ほら、となにごともなかったような顔でイレイザーさんはゆっくり目に歩き出す。少しだけあたまがぼんやりしてしまったがすぐに脳のチャンネルを切り替えた。

 その後、イレイザーさんは招待状を握っていない方の手で持ち係の人に見せる。係の人による品定めをするような視線が向けられた後、招待状は回収され草花の装飾が絢爛豪華な敵陣への扉が重々しく開いた。

 

 

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