「オマエさんに渡したいものがあるんだ」
甘ったるい香りがはびこるバレンタインも終わり、カルデアはいつもの空気を取り戻した中、ナポレオンは深夜女のマイルームを訪れた。部屋の主である女は無機物を思わせるような表情で男を真正面から見る。かといって感情がないかというとそうでもなく後ろに回された手はもじもじと手すさびをしていた。
「渡したいもの、なんでしょうか」
「あー、そのなんだ。ついさっきまでバレンタインで盛り上がっていただろ? 前オマエさんからそのトリュフ貰ったからそのお返しだ」
あ、そういえばと女ははっと思い出した後かぁっと顔を沸騰させた。バレンタインの日、彼にチョコを贈ったときにあった甘ったるい出来事、交わりが彼女の脳裏をよぎる。
「……ああのその! あの時は……あの時は本当に、その……」
「美味しかったぜ? ショコラもオマエさんも甘くてとろとろで……」
「これ以上は、言わないでください……。貴方からの贈り物、きちんと受け取れなくなってしまうので……」
によによと男は女の顔を覗き見るが、女はさらに顔を赤らめて俯いた。ふるふるとしている厚い唇から吐息と甘い声が共に漏れ出している。贈り物、の言葉を聞いた男は自分がこれからすることを思い出して改めて彼女にきちんと向き直った。
「すまんすまん。で、そのお返しだがまぁ、いつも缶詰贈ってきたが少し趣向を変えてだな……具体的にはこれだ」
と、男はジャケットの内ポケットから一つの小さな箱を取り出す。そしてえんじ色にNのエンブレムが施された布張りのケースを女の目の前に恭しく跪いた上で差し出した。まるで騎士を思わせるような佇まい、射貫くような青い瞳。思わず彼女は手の後ろでの手すさびを止めて手を前に移動させる。
それを確認したナポレオンはゆっくりと蓋を開ける。そこにあったのは白いクッションに収められている白銀の指輪だった。シンプルな円が静かに、箱の中で上品にきらめいている。
「……あ、ゆ、指輪だ。綺麗……ありがとうございます……」
そういって彼女はその指輪を手に取ろうとしたが男の方から待ったがかかる。そしてナポレオンは笑顔で、そして真剣な声色でお姫様に告げた。
「メートル、いいやマ・シェリ。手袋を取って左手を出してくれないか?」
瞬間、小さく息をのむ音が静かな部屋に響く。指輪、左手。この二つだけで導かれることは唯一つ。それを彼女は瞬時に理解したが故に、息をのんだ。
「あ……う、ウィ」
おずおずと手袋を取って細い左手を男の前に差し出した。男は暫くその手をまじまじと見つめるがすぐにその女の手を取って細く白い薬指にゆっくりと、指輪を嵌めさせる。きらきらとしたそれが、静かにここに或るということを示すように女の左手の薬指にて輝いた。
「あ、はまった……私の、私の薬指に……指輪が、こ、これってあの……」
「オレはずっと、今回の召喚においてはオマエさんを婚約者と定めているだろう? その証が無かったからこの機会に作ってみたんだ」
優しく大切にするように女の手を撫でてやる。女は思わず膝から崩れ落ちるようにしゃがみ込み、ゆっくりと言葉を声に出していく。
「あ、あの……これは、現実ですか? 夢のようにとても、心地よくて……信じられないのです」
「現実さ。この指輪も、これから味わう感触も、オレの言葉も全て現実だ」
そしてナポレオンはそっと女の手に口づけを落とす。大きな唇が女の柔肌に触れた。
「あ、貴方……アーチャー……」
女はただ男の口づけを受け入れる。そして何処かほぐれたような声で男に告げた。
「ありがとうございます……。この指輪、大切にします」
「ああ、大切にしてくれ」
そして今度は唇同士が重なり合う。その言葉を封じ込めるように。
「ところで、この指輪もし私の薬指に合わなかったらどうするつもりだったんですか?」
「一応それに備えてチェーンも持ってきていたのだが……その必要はなかったらしい。勘で作ったが合ったようで何よりだ」
「あと、作ったってどうやって……」
「皇帝特権というやつだ。基本使わんがメートルの喜ぶ顔が見たくてなぁ」
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